随分と走らされた。元々足の速い男であったが、天冥術を使われたことにより、見失わないように追走するのがやっとだ。すっかり人通りも減り、周りは老朽化した建物ばかり。更に郊外の場所にある旧市街まで連れてこられてしまった。
偽銀髪鬼は大きな屋敷に逃げ込んだ。恐らく貴族がかつて住んでいたのだろうが、庭の草木は無秩序に伸び、窓ガラスは所々割れ、壁も崩れた部分がある。夜の肝試しにはもってこいだ。
大きな玄関ドアを開いて中へと入る。正面に大階段を見据える広いホール。蜘蛛の巣が張った燭台しかないこの場所では、高い天井付近の窓ガラスから入り込むわずかな陽の光だけが頼りとなる。
周囲を見回してみたが、偽銀髪鬼の姿はない。気配も感じられない為、他の部屋に入り込んだと分かる。
2階へと上がっていくつか部屋を調べた。そのうち、大きな天蓋付きのベッドがある部屋に入った。レースが多用されたピンク色のそのベッドや、棚の上に並べられたぬいぐるみ。子供部屋だったのだろう。レイは部屋の中央へと歩いた。すると、死角となっていた棚の陰から刹那の光と共に1本の青い矢が飛んでくる。しかし、右肩を後ろへ引くように体の向きを変えると、その青い矢が背後の扉に突き刺さる。それは木を削って作られたものではなく、明らかに水の元素術によって形成された氷の矢だった。
レイはすぐさま鬼斬丸を召喚し、棚の陰に隠れていた術士の喉元にその切先を突きつけた。
「ひぃっ! こ、降参だっ!」
間違いない。偽銀髪鬼だ。
「殺気が丸出しなんだよ。お前には訊きたいことがある。まずは、何で俺になりすましてやがる?」
「……魔術の腕慣らしだよ。バウンティーハンターならある程度人殺しをやっても罪にならねぇからな。俺は下手糞だから、あんたに化けりゃ相手が驚いて抵抗しない分、便利だったんだよ」
「その割には天冥術と元素術を両方使えてんじゃねぇか」
「そりゃあこいつのおかげだ」偽銀髪鬼がポケットに手を突っ込む。
「妙な真似したら首が飛ぶ」
「何もしねぇよ」
取り出されたのは拳ほどの大きさをした石――アニマ輝石だった。
「ただの契約石――にしちゃデカいな」
「こいつは≪スペシャル≫でな。これを持ってりゃ、下手糞の俺でも簡単に魔術が使えちまうのさ。しかも、精霊との契約なしでだ」
何を馬鹿な事を――とは思えなかった。クラウと何か関係があるのか。しかし、クラウはこのようなアニマ輝石すら使わずに魔術を使っている。
「こいつからはアルシスでもアニマを引き出せんだ。おかげでこんなこともできる」アニマ輝石が強く輝き出す。刹那、偽銀髪鬼の髪が黒へと変わった。「外見を変化させる古代の天冥術だ。俺の腕じゃ髪の色を変えるんで精一杯だけどな」
古代の天冥術だと? こんな石から精霊の供給量以上のアニマを引き出せるというのか。そのような話は聞いたことがない。しかし、その効果は自分の目でしっかりと確認できている。
「なぁ、もういいだろ? 全部話したんだから今回は見逃してくれよ!」
「お前、そんなもんどこで――」
刹那、ピキッという音がした。何かにひびが入った音だ。それは、アニマ輝石の異常を知らせるものでもあった。ひびの部分から今まで以上に強い光が溢れ出てくる。赤黒い光。まともではない。
レイは咄嗟に離れた。直感だ。幾多の死線を潜り抜けたレイの直感が離れろと警告している。
「おい、それを窓の外に捨てろ!」
ひびと光はたちまち大きくなっていく。偽銀髪鬼は想定していない出来事に腰を抜かし、外に投げ捨てるどころか床にへたり込んでしまっている。
レイが舌打ちをして投げ捨てに行こうとした瞬間、粉々に砕け、手にしていた偽銀髪鬼の全身に光がまとわりつくようにして変化する。そして、すぐに偽銀髪鬼の肉体に異変が起き始めた。
「た、助けてくれぇっ!」
手足がみるみる細くなり、手の先端は鎌のような形に、足は長く2か所の関節を持ったように曲がり、服を突き破って両脇の腹から2本の腕が新たに生えてくる。背中は風船を背負うように大きく膨れ、頭髪の抜け落ちた頭部は6つの眼を現す。それはもはや≪ノミの魔物≫と言って差し支えないであろう異形の姿であった。
※
レイが1人で飛び出してしまった後、クラウはアークを呼び戻しに奥の部屋へと向かった。
「――ええ、はい。宜しくお願いします」
「アーク、レイが!」
アークが受話器を置いて振り返った。「レイさんがどうしたんですか?」
「偽銀髪鬼を見つけて、一人で追って行っちゃったの!」
アークは頭を抱えて溜め息をついた。「だから≪フリ≫じゃないって言ったのに……」
クラウはアークの腕を掴み、ホールへと誘導する。
「わたしたちも早く追わなきゃ!」
「でも、今からではどこに行ったのか――」
2人がホールに戻ってくると同時に、イクシオラ軍の制服に腕章を着けた3人の男達が店の中へと入ってきた。
「憲兵軍だ! 銀髪鬼が現れたという通報を受けて参ったが!」
店主がカウンターの中から出てきて言った。「は、はい。でもそれが……銀髪鬼が2人来まして……」
「2人だと?」
その3人とは別にまた1人憲兵が入ってきた。「中尉!」と言ったその憲兵は、銀髪鬼が旧市街にある廃墟の屋敷に逃げ込んだとの情報を伝えた。すると、憲兵達は足早に店を出て行った。
クラウは思った。先に憲兵軍に見つけられれば、絶対に面倒臭いことになると。
「早く行かなきゃ!」
※
魔物と化した偽銀髪鬼が一跳びし、レイに抱きつこうとしてくる。鬼斬丸を盾にして完全に抱き付かれることは防げたが、追突の衝撃で壁際まで押し込まれる。とんだ馬鹿力だ。ノミのような強力な足のバネは、人であった頃の脚力に由来するものなのだろう。ストローのように伸びた5本の口がレイの顔の近くで奇妙に動き、なんとも気色悪い。
魔物が4本ある鎌状の手の1本を大きく振り上げる。当たったら腕の1本など軽く飛ぶだろう。振り上げたことでレイを抑えつける力が緩んだ瞬間、レイは重心を移動させ、魔物と壁の間からすり抜ける。振り下ろされた手は部屋の壁を破砕した。さわさわと口を動かしながらレイの方へと振り返る。
次の瞬間、再びバネのような足を使って跳びかかってくる。体を動かしてこれを回避すると、まるでゴムボールのように着地しては跳んできて、それは床だけでなく壁や天井にまでわたる。360度、全方位からの突進攻撃。
しかし、所詮は本能のままに動く低級の魔物だ。跳ね返って動く軌道はゴムボールと同じ。容易に見切ることができる。
回避したレイの横を魔物が跳び抜け、着地した壁を踏み込んでレイの背中を狙う。そして、鎌状の手で切り裂こうとした刹那、振り向くと同時、更に早く振り上げられた鬼斬丸が魔物を真っ二つとした。右と左に分かたれた体がレイを挟んで通り過ぎる。肉の叩きつけられる生々しい音と共に床へ落ち、断面から出てくる血が床に広がっていく。その色は緑色をしていた。真っ二つにされてなお、3本ずつの手足がかさかさと宙を泳いでいる。
偽銀髪鬼がこのような醜い肉塊と成り果てた原因ははっきりしている。あのアニマ輝石だ。魔物化を引き起こすほどの高純度であったようだが、レイには一つ解せないことがあった。
あのアニマ輝石は自然と砕け散った。状況からみて魔術の使い過ぎによるものだろうが、魔術の使い過ぎでアニマ輝石が割れるなどという話は聞いたことがない。直接アニマ輝石のアニマを引き出せるなどということも同じだ。
最近は分からないことばかりだ。普通ではない。今、自分は確実に面倒事に巻き込まれている。改めてそう感じた。
足音が聞こえる。それも1人ではない。何人もいる。それはどんどんと大きくなり、扉の向こうからその正体が現れた。イクシオラ軍の制服に腕章――憲兵軍の連中だ。あっという間に部屋の中へ入り込み、囲まれた。
「貴様が銀髪鬼だな!? バウンティーハント法違反の疑いで逮捕する!」
最悪だ。面倒事に巻き込まれたという実感が、このわずかな時間で更に上塗りされるとは……。
次回 Ep.8 母の歌 Valkyrie of Jade
※ Ep.7までを収録したPDFファイルをUPしました。
※ Ep.7までを収録したPDFファイルをUPしました。
