じぶん一人で回避型愛着障害をなおす方法 を読んで
他人に大切に扱われていない時は、自分が自分自身を大切に扱っていない時
他人にひどいことを言われた時は、自分が自分自身に酷い言葉を投げかけていて、
自分を受け入れていない時
じぶんだけは味方でいる
不利な状況でも認めてくれたり、良いところを見つけてくれる人、味方になってくれる人が増えていく
成熟していないうちは、自分にないものを求める
本当は足りないものなどなくて、みんな必要なものは全部持って生まれてきている
変えられないものばかりに目を向け、ほんの少し動かすだけで変えられるものには目を向けられない
身近に当たり前に存在しているものほど見えないし分からない
存在していても認識していなければないのと同じ
あるのが分からない
だから、ないものとして外に探しに行く
そんなことがあるように感じた
なぜ見えないのか
真実を覆い隠すのは、エゴや歪んだ認知だったりする
本当の自分から離れていると自己肯定感が低くなり、同時にエゴや見栄、虚栄心が強くなる
すると、判断基準が「自分はどうしたいのか」「自分はどう思っているのか」よりも他者視線で「自分はどう思われているのか」「社会的な評価」が基準になる
恥ずかしながら、職場でミスを繰り返しトラブルにつながることをしてしまう。
引き寄せたのかと思うタイミングでミスをしたりすることがあった
離れたいという気持ちが強まっている時に起こることかもしれない
「木を見て森を見ていない」
ネガティブに見えることでも、環境を変えることで改善できることもある
向いていないことを「努力」で補った分は、その後も「努力」で補わなければならない
私は努力が大嫌いだけど、努力しないとできないことができるようにならない
昔から「努力しなさい」と言われてきた
そのたびに拒否反応があった
努力はやりたくないことを頑張る時だという
やりたくないことは努力しないとできるようにならない
一番いいのは、他の人からは努力しているように見えても、本人にはそのように感じていないこと
「好きでやっているだけ」「やりたいことをやっているだけ」
そんな風に答えてみたい
必要なもの必要なタイミングでやってくる
「この瞬間」には私に必要なものはすべてが揃っている
中心地から外れていると困難な状況になり、努力が必要になる
上手くいかないことがあっても余計なことをせず、小さく動く方がいい
努力することが多いのは、向いていないことに一生懸命になっているから
不得意なことを克服するのも良いかもしれないけど、私には苦痛でしかない
努力した後は反動で無気力になってしまう
本当にやりたいことにエネルギーが注げない
気持ちを切り替れば、悪く思われたことも良い方に転換すれば帳消しになる
一番良くないのは、いつまでも引きずること
しあわせでいることを選択すればいい