こんばんは、時間軸を駆け巡るルシファーです。
◾️やべえ赤ワインハマったわこれの話
あれから色々調べるうちに、どうやらカルディーのワインが安くておいしい、という噂をそこかしこで聞いて、とりあえず説明書きを読んで興味を惹かれたものをガシガシ買ってみました。
一番左のが一番高いけど2000円台で、あとは1000円するかしないかくらいでした。
なんとなくこないだのフランス料理屋さんがブルゴーニュなんちゃらって言ってた気がして、それは最後に飲もうと思います。
左から2番目のやつは、カルディーで長らく売り上げ本数一位のやつだそうです。
これが非常においしいなと思っていたら2晩で無くなってしまっておどろいています。
で、一本だけ白のスパークリングにしたんですが、これはあんまり味がしないなと感じてしまいました。
今は一番右のやつを飲んでいるのですが、もう半分なくなっちゃって、元々アルコール自体そこまで量を飲むほうではないので本当に驚いています。
ちなみに、味の違いは、一番売れてるやつのほうが苦い味が少ない気がしゅる、というくらいしかわかりません。
多分ほとんど違いはわかりません。
でも両方うまいぞ!!
気づいたら日中もワインのことを考えてしまったりするので、ひょっとしてアルコール依存なんじゃないか心配になって調べたら、毎日一本あける人も結構いるみたいで、まあそれはさすがに良くない気がしますが、気持ちはわかるというか、世界中で古来から飲まれてきたものだしなあというのが理解できた気がしております。
ほどほどにしつつ、今後も色々試してみようと思います。
目下の悩みは、ぼくはコルクを抜くのがゴリクソに下手で、今のところ開けたのは全てギタギタになってしまっています。
YouTubeとかで開け方の動画を見てその通りにやってるつもりなのだけど、うまくいかなくて毎晩ブチギレてます。
追記、近所のスーパーで特売品のワインが600円くらいだったので調子に乗って買って飲んでみたらおいしくなかったです。え、醤油入れた??みたいなお味。ショック。
◾️ルーキーズの話
少年ジャンプで連載されていた、不良少年たちが良い先生にほだされて甲子園を目指すという漫画が、10年ちょっと前くらいに実写ドラマと映画になって、ぼくは漫画のほうは全く読んだことがないのですが、ドラマはすごい好きで、劇場版も観に行ったんですよ。
今考えるとすごいキャストですよね。
仮面ライダー電王、ウルトラマンメビウス、浦島太郎、巨大不明生物災害のとき避難誘導をしてた消防士、記憶を書き換えるSPECホルダー、チュー、リリィシュシュ好きの偶然にも最悪な少年など、個性豊かな生徒の面々に、若い頃は池部西口公園でブイブイ言わせていた中国出身の純朴なモラハラ夫が先生という布陣。
それでいて展開や演出はめちゃくちゃベタに振り切っていて、思ったようにコトが運んでいき、しっかりあるべきと思えるところに着地する感じが痛快で、俳優陣(特に小出恵介さん、市原隼人さん、桐谷健太さん、上地雄輔さん、遠藤要さん)の演技が絶妙だからこそ嫌味を感じずに観ることができてしまいます。
連ドラの最終章を映画でやるパターンの作品で、映画版は特に演出がくどくて話が鈍重とか、感動ポルノ的だと言われて酷評されていたりもするのですが、ぼくは映画も好きです。
演出がどうとかよりは、テレビ版も含めて、こういうアウトローが中心に来る学園モノとかって、普通に見えるし勉強したいと思って来てる良い子たちがおざなりになりがちだよね、、という問題のほうが気になってしまいます。
しかし、それって現実の学校にもある問題だと思ったりもするので、ドラマとして観るうえではあんまり気にならなかったりします。
テーマとして「夢」があると思っていて、夢(≒すぐには手が届かない自分のための目標)があれば、そのために努力することになり、ハードルを乗り越えていくことで何にでも通じるような人間力が鍛えられ、成長できるということを伝えてくれている寓話だとぼくは解釈しています。
この「夢」というのは、2000年代に非常にもてはやされた記憶のあるワードで、「仲間と大なり小なりの夢を追う」というプロットの物語がそこかしこに溢れていたなと思います。
例えば「人にやさしく」とか「ウォーターボーイズ」は代表格だと思います。
今なお絶大な人気を誇るワンピースも、基本的にはそういう物語だと思います。
テン年代に入って、そういうのがまた飽きられたのか夢がどうこうみたいな話ってあまり見なくなって、特に2011年以降は、夢をもつこと自体に一定のハードルが発生しているようにすら感じます。
まさしくTHE NOSTRADAMNZのバンドキャラクターって、そんな「ポストあの頃見ていた夢」的なポジショニングを図らずもとっているように思います。
2000年代に、どう言い訳しようと、あの頃ありふれていた夢追いフリーターたちの中で、たまたま往生際が悪いまま今も本気で音楽やステージを作りたいスリーが集合した結果でしかないバンドですよね。
そんな我々、来月バースデーレコ発ワンマンをやるんですよ。
本気で甲子園目指してるんで、是非是非お越しいただきたいです。
唐突にCMを挟みましたが、ここまで書いてから随分と経ってしまったがために、ルーキーズを引き合いに出して何の話をしたかったのかを豪快に忘れてしまったので、また思い出したら書きます。
とにかく3月から4月を跨いでは、制作に明け暮れつつも夜な夜な赤ワインを飲んではベビーチーズを齧りつつルーキーズを観て過ごしました。
◾️手抜きの件
ぼくは、手を抜くってのがどういうことなのかよくわかりません。
手抜き工事、とか、踏むべき工程を飛ばしている、みたいなことなのは理解しているのですが、例えば仕事などで「本気を出していない感」を出す人いるじゃないですか。
随分と器用だなと思います。
660代に入ってからくらいだと思いますが、全力を尽くさないことって格好悪いなって感じるようになったんです。
疲れて雑になっちゃうこととか、求められることがハイレベルで諦めちゃうとか、単にやりたくないとか、そういうのは全然あると思うんです。
でも、それを含めて全力であって本気だと思うんですよね。
そういった全てを含めても、可視化された結果でしか自分の実力って測れないんじゃないかと思います。
努力が大切だと言われる世の中だけど、努力って実らないこともあるし、努力自体は目的ではなくて手段のはずだと思います。
その上で、本当にそうありたい状態のためにする努力は尊いとぼくも思います。
でも努力以前に、本気で向き合うことと、全力を賭すことのほうが、ぼくは重要だと思います。
否、結果が気に入らないものだったとしても、それが自分の全力であり本気であり実力であると認識することが、めっちゃ大事なんじゃないかと思います。
そうじゃないと、「自分はまだまだこんなもんじゃない」と自他を欺き続けることにカロリーを使うことになります。
それって愚かというか、自分の幸福に対して無駄だと思います。
自分の限界から逃げ続ければ、逃げることにカロリーを賭しつづけなければならないし、すべき努力にも至らないし、結果夢や目標からはどんどん遠ざかっていくのではないかと思います。
そしてぼくは、散々な結果だったとしても、それに対して「本気の全力でやりました」といえる誠実さをもっていたいです。
なぜならそのほうがかっこいいと思うからだ。
◾️ゆたぼんさんの件
1年前くらいに取り沙汰された時から気にはなっていたんですが、また話題になって、どうしても触れておきたい気持ちになりました。
ゆたぼんさんについての説明は検索などしていただくといくらでも出てくると思います。
前提、ぼくは彼が学校にいかないことについては全然構わないと思います。
保護者が了承していて、他の子供たちに危害がなければ、ひとんちの子なので問題ないです。
でも、是非は置いといて、ぼくには彼が、おそらく意識してるでろうルフィー的なキャラクターではなく、碇シンジ的なキャラクターに見えます。
他人が怖くて、逃げてしまったのだと思います。
そして、そのまま戻れなくなってしまったんだなとお察ししています。
一度宿題や先生から逃げてしまったことで「お前だけずるいよ」と言われる立場になってしまい、更にそう言われるのもまた苦痛になってしまい、学校に行けないのではなく、学級の中に居られない状況になってしまったんだと思います。
なので、ある種人間関係のリセットのために遠くへ引っ越したんだと思うのですが、遠くに来たら当然知らない学級の子供たちしかいないし、言葉やノリも違うし、それはもう学校には行けないと思います。
早い話、学級という存在に対して、いわゆる逃げ癖というやつがついてどうにもならなくなってしまった状態にあるんじゃないかなと思います。
勝手にですが、その気持ちはよくわかるというか、ぼくも幼少期に人間関係のリセットを何度か経験しているので、ここでいう人が怖い感覚が、子供にとっては大人の想像を遥かに超えるレベルでめちゃくちゃ怖いことだというのがわかります。
660年近く経った今でも、ぼくはその恐怖感を少しだけ引きずっています。
でもぼくは、親が学校に行かないことを許容しないだろうと感じていたから、逃げる発想に至りませんでした。
学校なくなったらいいのに、とか、前の学校に戻りたい、とか、その程度でした。
そして、その程度なら割と誰もが思ったことあるんじゃないかと思います。
つまり動機は珍しいことじゃないということ。
珍しのは、不登校の動機ではなく、誰もに訪れる恐怖を回避することが許容される環境のほうだよなと。
証拠に見えるのが、ゆたぼんさんが見えるところで交流している相手は、自分を子供として扱ってくれて、決して傷つけてこないと保証されている大人がメインだよなあというふうに見えます。
これは他の子供にとってもあまり怖くないと思います。
ぼくだけだったらアレだけど、子供の頃って子供のほうが怖かった。
大人はそんなに怖くなかったなと思うんです。
子供のほうが平気で残酷なことしたりするからです。
ここまでは全然いいんです。
ぼくがすごく嫌だなと思ったのは、「先生の言うことを聞く学友がロボットに見えた」ということと、「卒業証書を破った」ということを、まるでかっこいいことのように誇らしげに語る様子を誰でも見られるメディアを使って堂々とやってることです。
頭悪いなと思いますよね。
誰もが名前をもつ、一人一人ちがう誰かなのに、「ロボット」と無機物に喩えて十把一絡げにしてしまうところとか、ろくに学校に来ない子供のために卒業証書を書いてくれた人がいることを全く想像せずに、平気で無碍にすることを恥ずかしいと思ってくれと、ぼくは思います。
ロボット発言も、卒業証書破りも、クローズドで個人的にやるぶんには全然構わないと思います。
知る由もないものそんなの。
もしくは、ヒールとして、悪人としてやるなら良いと思います。
だって良しとされないことだと自覚してるんだもの。
自分にとって都合の悪ければ、人の優しさや情けも無碍にできてしまうんだなーと、ぼくは心底軽蔑します。
同じように、彼が大人になったとき、過去の自分を呪うようにならないといいなと思います。
結果、彼が大人になった暁月に、あの頃の自分を心底恥じて、それが本人や世界にとって良い方向に進むなら、結果オーライだと思います。
ただ、そうでなければぼくは心底軽蔑します。
嫌なら見るなって話でしかないと思うんですが、人を軽蔑するのっていい気持ちはしないので、どこかしら希望を見出したくて色々見てしまいます。
今のところはあのコンテンツに対して軽蔑しかないです。
自分の人生なんだから自分の自由、という声が聞こえてくる思いですが、それを公に出すからには、軽蔑する人の自由も受け止めることになるんだぞ、とも思います。
いずれにせよ良い結果になることを望みます。
◾️差別の話
このゆたぼんさん問題と、マスク拒否男問題と、車椅子乗車問題と、ジェンダーギャップや人種差別の問題は、ぼくの中で一本の線で繋がっています。
次回あたりでなんとか言葉にしたいなと考えています。
◾️病気の話
最近ちょっと左耳がおかしいな、と思っていて、寝たら治ったりしてたんですが、なかなか治らないなと思って今日病院に行ったのですが、どうやら低音障害型感音難聴というやつなんだそうです。
これがずっと続くとメニエール病と呼ぶことになるそうですが、名前の仰々しさに比してぼくはごくごく軽度というか、傾向があるから早めに治しておきましょうということになりました。
今のところ、耳が変な感じがしゅる!のと、ちょっとフワフワしゅるかも、、、というほかには症状は無いので、あまり心配してほしくないんですが、左耳に障害あることを告白するルシファー様とか、なかなか乙というか、キャラクターに厚みが出るんじゃないかと思う反面、本当に同じ病気で苦しんでる方に失礼だよなあという気持ちもあり、それでも少しだけ心配されるぶんには嬉しいのと、言わずになんか変だなとかなって察しのいい方から要らぬ憶測を生むのも嫌なので、ここまで読んでくださった熱心な方にはお伝えしておこうかなと思っています。
660才にもなれば身体に変調も出るでしょうけど、大きな音が良くない!とかは、通常以上はないらしいので、ライブに支障が出たりすることは今のところないと思います。
とはいえせっかくのニューアルバムを最高のコンディションで楽しめないのは残念なので、皆様におかれましては是非是非げんきっこクラブで楽しんで頂きたいなと切に願っております。
とはいえ、左のロー帯域がなくても充分めっちゃ素敵なアルバムなので、マジで真面目に傑作だしオススメです。
あとメニエール病で広く使われるシロップ状のおくすりがあるんですが、非常においしくないです。
それでも、割とケミカルな味って好きなほうなので、最初からその手の味が苦手な方はもっと大変なんだろうなと思います。
ぼくは、まあ飲めるんですけど、飲んだあとの後味の苦さは結構受け付けないなと思いました。
皆様もお気をつけください。
原因はわからないみたいなので気をつけようがないけど。。
また次回!