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君を殺しても

THE NOSTRADAMNZ Lucci

こんばんは、るっしだよ。

つれづれなるままに。

◾️本日の件
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2020/3/22(日)

寺子屋ツアー2020

~Blooming on a strange royal road~ver.大手毬

 

 [PLACE]心斎橋SUNHALL

  [OPEN/START]13:30 / 14:00 

  [TICKET]adv¥3,000 / day¥3,500 (D代別)

  [ACT]えんそく / ギャロ / ロマン急行 / 曖昧中毒 / Mr.ChickenHat Timers / THE NOSTRADAMNZ / マツタケワークス / ピノキヲ

 

 [TICKET INFO]

  詳細はこちらをご覧ください。terakoya.vc/news/470.html

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よりによって今、というのはあるし、全く迷いがないわけではないし、主催者側からも出る出ないは全然任せますよって選択の自由も与えてもらったのだけど、そのうえでやると決めたので、普段通り徹底的に良いステージにする心算で臨みます。


かといって、中止を判断されたイベントも、それはそれで正解だと思いますし、称賛されるべき勇気ある行動だと思います。

すごくリスキーだもの。


あくまでぼく個人の考えだし、詳しく書くと例の如く長くなるしそれを伝えたいわけではないので割愛するけど、ぼくはできることを普段通りに、でもできるだけ気をつける、という過ごし方を選択しています。

失うものも多々あるのだけどね。


なのでご来場くださる皆様も、ご自身にでき得る対策は万全でお願いします。

自分の生命を守るように、というのはもちろんなんだけど、拾ったりどこかに持ちこんだりしないように努めることが大事だと認識しています。

とはいえ、本来それは普段から必要なことなので、今回に限った話ではないと思うのだけど、誰もがそう思っているわけではないし、今はぼくのように考える人のほうがマイノリティーなのは間違いないと思うので、振る舞いには相応の作法が必要だとは思います。


特定の個人を責める向きもあるのだけど、みんなが自分がやろうと思える少しずつを意識しているだけで、日本はよくやっているなと思います。

国家ではなく、地域集団としての日本ね。



◾️Mr.Chickenhat timers の新譜が出た件

昨年最も絡んだであろう盟友の、初のフルアルバムが出ましたね。

ぼくはもう聴きました。

これが非常に残念ながら、超かっこいい。


少なくとも、はちゃめちゃ無鉄砲にやりちらかす感じも良しとしているTHE NOSTRADAMNZと比べると、彼らはステージでもどっしり構えているというか、音源の再現率は高いと思うんですが、音源というのはそれとはやはり違って、バンドのアンサンブルそのものが見えやすかったりするんですよね。


もはやリズムだとか音程だとかって、いくらでも機械的に修正できてしまう時代なので、そのあたりは抜きにして考えたとしても、そのバンドにしかできないサウンドキャラクターって多かれ少なかれ必ずあるものだと思います。

ただ、それがキチンとケミストリーを起こせているかが重要だとぼくは思っていて、それこそがヒトとヒトが集まってバンドをやる醍醐味だったりすると思うのです。


で、チキンハットは、サポートメンバーや楽曲を込みで、音源にも彼らにしかない化学反応があって、さらにそれがこう、スパークしてる感じがあるんですよ。

その点についてはぼくらも負けてないんだけど、うおおおおロックバンドやんけ!!!!という感覚。


今回のフルアルバムではそれがすごく出ていると思います。

絶対ブレない強固で力強いドラム3点と、同じ人が同じ身体で叩いてるとはにわかに信じがたい繊細で精巧なシンバルワーク、そこに太くて無骨だけどメロディアスなベースが絡んで、さらに左右から光のシャワーみたいな煌びやかで鋭いギターがビシビシと叩きつけられ、その真ん中で強がってがなりながらもふと振り返ると涙しているようなボーカルが、物語と情景を紡いでいて、

それでもう、そこに1つ世界が出来上がっているという。


ファジーでヒリヒリしていて、スモーキーで、尖っていて、でもポップで切なくて、しまいには純粋ですらあるような世界。


退廃と混沌の街並みの中で、荒みきったロックンロールライフを送っている男が、笑いながら中指を立てては仲間達と悪さして騒ぐのだけど、ふと空を見上げては、その美しさと純粋さにどうしようもなく涙を堪えるしかないような、そんな感情が、なんか自分のもののように感じる作品でした。


褒め過ぎたのでメンバーの皆さんはぼくに酒などを奢るべきだと思いますが、マジでオススメです!!


ちなぼくは3曲目のアンドロなんちゃらと、9曲目のナントカ橋が特に好きです。



◾️100日後に死んだワニさんについて

まんまとしてやられましたね。


ぼくはアニマル連邦派だったのだけど、朕くんからワニの存在とプロットを聞いて、どんなもんかと思ってパラパラ見てみたんですね。

30日目前後だったと思うんだけど、1日目から順を追って見て。

見るうちにワニくんの人柄の良さに好感を持ったのでフォローさせていただき、毎日楽しみにしてました。


当初はどんな死に方をするのか、おもしろおかしくも、残酷にも、ちらちらと考える程度だったけれど、あくまで作品中の、擬人化されたワニやその友達が、日常の我々とそう変わらない行動や心の動きをしている描写を見ていくうちに、どうか死んでほしくないと思うようになるんですよね。


なんか、いのちのは得てしてそういうものなのかなと思ったりしますね。

それ自体は物理現象でしかないのだけど、それに意味を見出す眼差しがあって、初めてほのかにあたたかく輝きだすようなイメージというか。

だから、残酷にもそれを敏感に察知してしまうヒトは、ひとりでは生きるのが難しい。


また、誰もが命が有限であることをわかってはいるはずなのに、その終わりが「いつか」であることで、命そのものについて気にかけることを忘れがちだったりもして。

皮肉なことに、明確に終わりが「いつ」とわかっているだけで、他愛もない毎日がほのかにあたたかく輝いていることを初めて知ったりするのです。

そして、大切な誰かのその日は、ずっと忘れない日になる。

だから、命日という言葉があって、故人がいまは居ないことと、かつては身近でかがやいていたことの間に生じるコントラストに想いを馳せては、自分のその日について、そしてそれまで大切に生きていかなければなるまい、と思い直しては、また日々に忙殺されて忘れてしまって、死んじゃおうかななんて思ったりもするんです。


冗談でも言っちゃいけないですよね。

ぼくはめっちゃ言いますね。

これからも言うと思います。アーメン。


というようなことは、おそらく作者の方の思う壺というか、そもそもの発想にその狙いがあったとすると、とんでもなく上手いなと思います。

思う壺って、ぼくのような天邪鬼の堕天使ブルーからすると、作者の狙った効果通りに心が動いてしまうことってめちゃくちゃ悔しいのです。

さらにそれが流行しているものだったりすると尚更。


ちなみに終わったあとのマーケティングについては、それ自体は全く気にならない派です。

気になるとすれば、あれが元々決まっていてそれ前提で作られたものなのか、作ったのが先で人気が出たからビジネスチャンスを見出されたのか。

後者だとしても当然の帰結だと思うし、前者だったら秀逸すぎて末恐ろしいと思いますね。

あとは、たまたま時流が、日常そのものについて考えさせられるタイミングでもあったのもすごいなと。


ぼくの中でこの作品は「この世界の片隅に」と対比して語りたいので、機会があればそのラインで書くか喋るかしたいですね。


そいでは、今日も大切に生きましょう。

明日また、ほのかに輝いていられますように。