HEADACHE GIRL | 君を殺しても

君を殺しても

THE NOSTRADAMNZ Lucifer K nemoto

とりいそぎルシファーです。 

お誕生日会に来てくださった皆様、お祝いの言葉をくださった皆様、まことにありがとうございました。 

初めてエレキギターを手にして20年目の8月ということで、ぼくにとっては一生涯忘れられそうにない夏に既になっています。 
あの頃、ぼくはラルクのarkとrayばかり聴いていました。音楽はタイムマシンとしての作用もあると思っていて、聴くと記憶を蘇らせる不思議な力があります。 
ぼくらやマツタケワークスの楽曲が、20年後の皆様にとって、2019年の夏にタイムスリップする力を得るなら、とても喜ばしいことだと思います。

 もちろんぼくにとっても、マツタケワークスの「弱いひとたち」は名盤で、とくに今回カバーさせていただいた「頭痛ちゃん」は、ぼくの中で夏を感じる曲なのだけど、20年後に聴いたらきっと2019年の8月を思い出させてくれる宝物のような歌になりました。 
これまた不思議なことに、その曲が無かったはずの頃の記憶を蘇らせる楽曲もあるのです。 
奇しくも、大人になりゆく途中の物語。 

高校2年生の頃、ぼくはひとつ学年が上の女性に恋をしました。 

うちの高校では夏休み前にやる体育祭で、目立ちたい派の有志が応援団と称して毎年創作ダンスをやるのが通例になっていて、青春パンクを地でいっていたぼくは、エネルギーを爆発させたくて、もちろん1年生のときから毎回参加していました。 
2年生のときは白組になりました。 
ダンスは3年生が考えてきて、全学年で練習するスタイル。
 他学年の生徒と結構深めに交流する機会が多々ありました。 

その中に、いつもふてくされたような表情で、つまんなそうにしている女の先輩がいました。名前はあきみさん(仮名)といいました。

 あきみさんは、黒髪で前髪ぱっつんで、いつも奇抜な感じのヘアゴムで髪を二つに結んでいて、短い三つ編みにしてたり、たまに後頭部でひとつにしていたり、学校の体操着やジャージでもなんとなく青文字系って感じの雰囲気でした。 
夏でも真っ白な雪のような肌をしていて、とても細身で、目はぱっちり、くりくりとしているのに、いつも半目で口をとんがらせたような、だるそうでつまんなそうな表情をしていて、隅っこの木陰にしゃがんでいる、そんなイメージ。 
とりわけ積極的に言葉を交わすわけでもないのだけど、ぼくは単純に、純然たる高校生男子の目線で、かわいい子だな、と思っていました。

 ダンスは同学年の男女でペアになります。 
ぼくのペアは、たまたま学年でもめちゃくちゃ可愛いと評判の女子になり、周囲からはとても羨ましがられたのだけど、ぼくはペアの子はあんまりどうでもよくて。 
あきみさんのペアが、ふんわりしたかわいい系の男の先輩で、ぼくはその先輩も優しくてとても好きだったのだけど、あきみさんと並んだ姿を見た皆が「あの2人めっちゃかわいいよね!ベストカップル!」と言っているのを聞いて、なんとなく胸が嫌な方向にそわそわしていたのです。 

なんだねかんだねで、放課後毎日たくさん練習して、本番は我々白組が優勝を飾って、先輩たちはみんな泣いていて、よかったよかった!という感じでした。 

で、ちょっと離れた山奥にあるコテージを借りて、みんなで打ち上げお泊まり会をやりました。みんな、飲みかたもわからないお酒をコンビニで買い込んで、先生にも親にも内緒のどんちゃん騒ぎをしました。 
これも毎年恒例行事だったり。 

言うても進学校なので、そんな環境でもふしだらなことはしないのです。 

まあ本当は二階の部屋はそこそこいちゃこらしてる奴らもいたらしいけれど、ぼくは一階の良い子のみんなと怖い話をしていました。 
その輪の中に、あきみさんもいました。
 ぼくは、ビートルズのレコードを逆再生するとポールマッカートニーの死を示唆するフレーズが入ってるとか、アビーロードのジャケのポールだけ裸足なのは。。とか、なぜかビートルズにまつわる都市伝説を語りました。

 ぼくの話がつまらなさすぎたのか、ひとりまたひとりとみんな寝ていってしまい、最後にひとりだけ、まんまるで透き通った、でも死んだような眼をくりくりさせながら、ぼくの話をうんうん?それで?と聴いてくれていたのがあきみさんでした。 

そこから、ぼくとあきみさんはふたりでいろんな話をしました。 
2ちゃんの都市伝説の話、オウム真理教の話、猟奇殺人の話、椎名林檎さんの話、戸川純さんの話、セックスピストルズとパンクファッションの話、コジコジの話、お互いの話、見てすごく綺麗だと思った景色の話。 
あとからあとから話題が連なって、何時間も全く話がとぎれませんでした。

 気がついたら、夜が明けてきて、少しだけ明るくなってきました。 
そのとき、改めて顔がはっきり見えて、ぼくはその透明な瞳に吸い込まれるように、黙って見入ってしまいました。 

それに気付いたあきみさんが「え、どうしたの…? ちょっと…笑」と、はにかんで笑いながら眼を逸らして横を向いたとき、初めてあきみさんの生きた表情を見た気がして、その刹那、ぼくは恋をしました。 

ずっと話題がとぎれなかったコテージは、そのとき初めて静寂につつまれて、潰れて寝ているみんなの寝息だけがスヤスヤグーグーと鳴っていました。 

「ねもとくん、わたしミンティアが食べたいんだけど、コンビニとかあるかな」

「ちょっと下ったところにコンビニがありますよ、行きますか?ぼくも甘いものが食べたいです」 

「そんなパンクって感じなのに甘党なんだね笑 じゃあ、一緒に行ってくれる?」

 「いきますいきます!いきましょう!ところでミンティアって何ですか?」 

そうして、ミンティアがフリスクに似た清涼菓子で、フリスクより安価で、フレーバーがあきみさんの好みのシトラスミントがあるんだって説明を受けながら、ぼくらはコテージを出て、舗装された静かでゆるやかな下り坂の山道を、ガードレールに沿って歩きはじめました。 

さっきまであんなに話が続いていたのに、ガードレールの内側は狭くて横に並べないせいか、会話はなくなって、なんとなく気まずいような雰囲気になっていました。 
ぼくが前を歩いて、あきみさんの足音がする真後ろに聞き耳を立てながら、後ろから見てかっこよく見えるように少しだけ意識しながら、ラバーソールで歩きました。 

ふと、後ろの足音が消えているのに気づいて、ぼくははっとして振り返りました。 
あきみさんは、ガードレールの外側を向いてしゃがんでいて、目を見開いてまっすぐ遠くを見たまま、ぼろぼろ泣いていました。 
ぼくはびっくりして駆け寄って、体調が悪いのか、何か虫とかに刺されたのか、怪我でもしたのかと訊きました。 
あきみさんは、たじろぐぼくを見て、ぶふふっ!と吹き出して笑いました。 

「ごめんね?笑 ちがうの!ねえみて、きれいじゃない?」 

そう言って、彼女が白くて細い腕を伸ばして、指差した先には、朝日が昇って、空がオレンジと紫と青の、透き通ったグラデーションと、深緑が折り重なった景色がありました。 

あまりにも綺麗で、ぼくは恐怖感にも近い感じを覚えました。 

「なんかさ、こんなにも綺麗な朝焼けってある?!と思ったら、涙とまんなくなっちゃって笑 引くよね?ごめんね??」 

「いやいや、わかります!すごく綺麗です!」

 といいつつ、ぼくは正直、わかってなかった。 
たしかに、めちゃくちゃ綺麗だけれど、どちらかというと、この景色をみて涙を流すような、その感受性のほうに感動していました。 

「ありがとう笑 ごめんね?いこっか!」

 ぼくらはまた、黙って歩きだして、セブンイレブンでフィナンシエとミンティアと水を2本を買って、今度は登り坂になった道を、行きよりもゆっくり歩き出しました。 
今度は、ぼくが後ろから、ピンクと白のボーダーのロンTに、ブルーデニムのオーバーオールを着た後ろ姿を眺めながら歩きました。 

ちょうど、さっき朝焼けをみた場所で、あきみさんは景色を見ながらふたたび立ち止まりました。少しの間で、空のグラデーションが消えて、夏の朝のまぶしい青になっていました。 

「綺麗ですね!ちょっとしか経ってないのに、さっきと全然色が変わっちゃいましたね」

 「そのとおり!ねもとくんはアーティストだから、ちゃんと気がつくんだね?素晴らしいよ。みんな、ただ空が青くて綺麗ってことに、気づいてくれないから」 

「そうですかね。気づいてもわざわざ言わないだけかもしれません。あっでも言わなかったらなかったこととおんなじになっちゃうか」 

ぼくはそう言いながら、いろはすのフタをピキピキッと空けて、水を飲みました。
そのとき、あきみさんが驚いたような顔でこっちを見ていることに気づいたけれど、渇いた喉が勝手に水を受け入れてしまって、どうしたんですか?が口から出せませんでした。 
それに気づいていたのかそうでないのか、あきみさんが口をひらきました。 

「そっか、何を思っていても、言わなかったら自分以外にはなかったことと同じになっちゃうんだね。だから言うけど、わたしね、ずーっと前からねもとくんのこと知ってて、ずーっと見てたんだよ」

 ぼくは水を少し吹き出してむせました。 
あきみさんはマイメロのハンカチを貸してくれました。 

 「大丈夫?笑 ごめんね、また引いちゃうよね笑 あのね、ねもとくんが入学してきた頃かな?全校集会かなんかで、ねもとくんがお友達と話しながら笑ってる顔が見えて、なんか、その瞬間にすごい衝撃を受けたの。うわ、こんなかっこいいひといるの?!って笑その一瞬だけで、もうこんなにかっこいい人は自分の人生では現れないだろうなって思ったよ」 

びっくりしすぎて、返す言葉がなくて、やっとの思いでぼくは アリガトウゴザイマス と口を動かした。 

「覚えてるかわかんないけど、ねもとくんかっこいいって話してるとき、ねもとくんが友達と教室からバーンて出てきて、うわ聞かれた!!!と思って、それでもうだめだと思ってたんだけど、今日話した限りたぶん覚えてないよね?笑 」 

そう言いながら、あきみさんはくるっと振り返って歩きだしました。 

「え、や、ぜんぜんそんなこと覚えてなかったです。。」 

「そっか!良かった!ストーカーとかじゃないから安心して!」 

そのとき、あきみさんがどんな顔をしていたのかはわかりません。 
でも、それ以上なんと言ったらいいかわからないまま、ぼくはあきみさんのうなじのあたりを見つめながら、後ろを歩きはじめました。

その間、何度もぼくは赤いタータンチェックのボンテージパンツの右ポケットに入れたガラケーの存在を右手で確かめながら、メールアドレスを聞こうか聞くまいか悩みながら歩きました。 

そうこうしているうちに、いつのまにかコテージの敷地の入り口まで来てしまって、眠そうに帰り支度をする皆と鉢合わせました。

2人で出かけていたことがバレて、眠そうにしていた皆の目がざわつきはじめました。 

応援団の団長を務めていた、ひょうきんな先輩が言いました。 

「ふたりでどこいっちゃってたんだよ!ねもと!お前歌舞伎町の女王(椎名林檎が好きだったあきみさんのこと)をどうするつもりだったんだよ!」

「いやいやいやいや!何もしてないですって!!」 

ぼくはたじろぎつつ応えました。 
みんなが、どっと湧きました。
あきみさんは、顔を赤らめながらも、怒っているような、涙ぐんでいるような目で「やめて」と呟いたあと、口をとがらせて黙っていました。 
少なくともプラスの感情ではない表情でした。 
ぼくはそれを見て、恥ずかしさと怒りと罪悪感が混じった、複雑な想いを抱きました。
 団長はぼくではなくあきみさんのほうを見て、苦いものを食べたときのような、少しだけばつの悪そうな顔をしたあとすぐに、

「じゃあみんなおつかれー!!気をつけて帰って!事故だけは起こすなよー!」 

と呼びかけました。 
みんなはバラバラと帰路につきはじめて、ぼくは、友達のビッグスクーターの後ろに乗せてもらって帰るので、ヘルメットをかぶって、後ろにまたがりました。 
なんとなくあきみさんに謝りたくて姿を探しました。 
彼女がコテージの玄関先で、ヴィヴィアンの赤いカバンの中身をガサゴソと確認している姿が少し遠くに見えたけれど、友達がビッグスクーターのエンジンをふかしはじめたので、ちょっと待って、が言えないまま、そのままボボボボボと音を立ててぼくらはコテージを出てしまいました。 

さっきあきみさんと朝焼けを見た場所を通ると、一層胸が苦しくなって、ぼくは目をぎゅっと閉じて耐えるしかありませんでした。 

そのままほどなくして夏休みに入り、ぼくは夏休み中もバンドの練習や文化祭の準備でちょくちょく学校へ行っていて、その度になんとなくキョロキョロとあきみさんの姿を探したけれど、会うことはありませんでした。 

夏休みが終わって、文化祭を迎えました。  
ぼくは文化祭パーリーピーポーだったので、視聴覚室でライブをやったりしました。
 合間に友達と各クラスの出店などを回りました。3年生のクラスを回るとき、体育祭でお世話になったクラスにいきました。 

店番をしていたのは、まさかのあきみさんでした。 
ぼくは、胸が高鳴りました。 

でも、あきみさんは口を尖らせたまま、ぼくの方を見もせずに、無言で淡々と業務をこなしていて、ぼくは話しかけることすらできませんでした。 
高鳴った胸に、グサグサと刺されるような痛みを感じました。 
ぼくは、たぶん何か彼女を深く傷つけてしまって、きっと嫌われてしまったのです。 
そう思って、あきみさんの教室をあとにしました。 

そのまま、あっというまに3年生が卒業する時期になりました。 
ぼくは、まだあきみさんのことが、心のどこかに、トゲのように刺さったままでした。 

団長など3年生のパリピたちが、卒業式後に、学校の昇降口前にあるバスロータリー跡地へ特設ステージを組んで、ライブイベントを開催しました。 
ぼくはそれを手伝いにいって、ライブも観ていました。 

先輩たちは、ノンアルコールビールを箱買いして、ビールかけなんかをやって盛り上がっていました。 
ぼくは汚れたくなかったので、昇降口のほうにササっと逃げました。 
逃げた先に、あきみさんがいました。 

「あっ。。。」

「あれ?ねもとくんだよね?ひさしぶり!」 

「お久しぶりです。。」 

「みんなバカだよね笑 かわいいんだけどさ、高校生活あっというまだったな、あんまり記憶ないわ笑」

「あきみさんは、進学するんですか?」

「うん、まあ、一応ね。でもなあ、これ以上大人になりたくなくて」

「わかります、ぼくはこういうバカをずっとやって生きていきたいです。大人になるなど、信じられない!」

あきみさんは、少し笑って 

「そうだね笑 ねもとくんはどんな大人になるんだろうね。きっと素敵な大人になるよ。わたし、人を見る目には絶対の自信があるから!じゃあ、色々ありがとうね」

そう言って、さっと身体を翻して、駐輪場に向かって早足で歩き出しました。 
ぼくが、あまりにも唐突な別れ方に、えっ!と驚いて、あきみさんを追いかけようとしたそのとき、ビールかけをやっていた団長があきみさんを見つけて、

「お!おいみんな!!歌舞伎町の女王のお帰りだぞ!!頭が高い!!!!!」  

と叫びました。 
どうやらこれが、彼らとあきみさんのお決まりのノリのようで、みんなが中腰の姿勢で手を膝にあて、あきみさんに頭を下げながら笑っていました。 
ぼくは、なんとなくあきみさんが嫌な思いをするんじゃないか、また悲しそうな顔で「やめて」と言うのではないかと、ひやっとするような思いがしました。 

でも、あきみさんは振り返りながら大きな声で「ありがとーー!!」と言いながら、笑顔で手を振って去っていきました。

 ぼくは、めっちゃかわいいと思ったのと、笑顔にほっとしたのと同時に、なんだかあきみさんが大人の女性のような遠い存在にみえて、少し寂しいような気持ちにもなりました。 

それから、何年も経って、年齢ばかりが大人になりました。同級生の結婚式に呼ばれて、ぼくは二次会で乾杯の音頭を任されました。乾杯のあと、久しぶりに会った団長が話しかけてきました。

「ねもとー!変わってないなあ、久しぶり!」 

「おっ!団長じゃないですか!お久しぶりです!」

それから、団長と色んな話をしました。 
最近のこと、あれからのこと、あの頃のこと。あのときの、体育祭の話にもなりました。

「ああ、ぼくあのとき、あきみさんのこと好きになっちゃったんですけど、団長がからかうからメアド聞けないまま今に至ってるんですよ!今日とか来てないんですかね?連絡とかとってますか?」 

団長は、みるみる顔が青くなりました。 

「ねもと、おまえ、知らなかったの??」 

えっ、何をですか?? 

聞けば、あきみさんは、18才の誕生日に亡くなったそうです。

あきみさんは早生まれで、3月末が誕生日で、あの卒業イベントのあと、進学する前の春休み中、ODをしたあと、浴槽で手首を何度も深く切って、自ら命を絶ったそうです。 

ぼくはそんな話、誰からも聞いてなかった。 

「ごめんな、俺がねもとにも連絡すれば良かった。でも俺もあの頃あきみのこと、好きだったんだ。あいつ、ずっとねもとのことかっこいいかっこいいって言ってて、俺、正直いい気分しなくて、まあおまえと会う機会も今日までなかったのもあったんだけど、、誰からも聞かなかったんなら、俺からちゃんと言うべきだったよな、申し訳ない」 

団長は顔を歪めて、涙を堪えているようでした。ぼくはぼくで、言い知れない責任感のような、罪悪感のような、よくわからない感情にとらわれながらも、不思議と冷静でした。 

なんか、現実の話じゃないみたいな気がしました。

「遺書とか、そういうのは無かったんですか?」 

「無かったんだよ。ご両親も、わからないみたい。あいつ、バカだよな。あんなに可愛いやついないと思うから、生きてたらさ、ぜってぇに、」 

何か言いかけて、とうとう団長は泣き出してしまいました。 
ぼくはそれを見て、団長が体育祭で優勝したときも同じように涙を堪えられなくて、いまと全く同じ引きつった顔をしていたことを思い出してしまって、何故か笑ってしまいました。 

「笑うなよ!ちげえよ、酒入ってるからさ!まあいいや!またな!!」 

そう言って団長はそそくさとどこかへ行ってしまいました。

ぼくは、何も考えずに手元にあったカシスオレンジを一口飲みました。 
カシスオレンジは、ただのオレンジジュースの味がしました。 
ふとグラスを横から見ると、カシスとオレンジがちゃんと混ざっていなくて、分離したままでした。 
グラスの中の、オレンジと赤紫のグラデーションが、あの日あきみさんと見た朝焼けのように見えました。 
あのときの、ぼろぼろ涙を流すあきみさんの横顔が、今眼前にあるかのように思い出されました。記憶の中のあきみさんにつられてしまって、気づくとぼくは涙が止まらなくなっていました。
さようなら、ごめんなさい、ありがとう、と、心の中で繰り返し何度も叫びました。 

あれから更に、途方もない年月が過ぎ去りました。あきみさんが何で亡くなったのかは、本当は今もわかりません。 

でも、この夏、電車の中で不意にイヤホンから流れてきた「頭痛ちゃん」を聴いて、ぼくはなんとなく、あきみさんがこの世から居なくなってしまった気持ちが、少しだけわかった気がしました。 

「わたしは大人になりません」
「わたしはこの世にいりません」 

マツタケワークスの歌詞が、あきみさんの声のように聞こえてしまって、ふと見た窓の外には、あの頃と変わらない夏の朝の青空が広がっていて、ぼくは、ぼくだけ大人になってしまったことに、忘れかけていた胸の痛みが蘇ってきて、人目を気にしながら、汗を拭うふりをして、少しだけ泣きました。 

生きていたら、彼女を幸せにしたかった。 
一緒に大人になりたかった。
たくさん話をしたかった。
いろんな景色を一緒に見たかった。
大人になったぼくの歌を、聴いてほしかった。 
そして褒めてほしかった。
褒めてくれたら、ありがとうと言いたかった。











というのは、まるっとすべてフィクションなんですけどね。 

それでもこれだけのリアルなイマジネーションをくれる楽曲は、本物の名曲だと思います。生涯忘れない名曲です。 
素敵な音楽をありがとうございます。 

ぼくらも、誰かのかけがえのない宝物になる楽曲を作れるように、これからもあーだこーだしてまいります。