【New Song】
— のろゐみこ (@noroimico) 2025年11月8日
『異形』
作詞作曲:
ネモトコウヘイ(THE NOSTRADAMNZ)
(@kouheiskywalker )
Guitar:ワンダー久道
(@wonderhisamichi )
🎧配信https://t.co/pBlVuzc9aO
🎥YouTubehttps://t.co/BzTtwgozjS pic.twitter.com/X1nIy7PVKf
【New Song】
— のろゐみこ (@noroimico) 2025年11月8日
『異形』
作詞作曲:
ネモトコウヘイ(THE NOSTRADAMNZ)
(@kouheiskywalker )
Guitar:ワンダー久道
(@wonderhisamichi )
🎧配信https://t.co/pBlVuzc9aO
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こんにちは、ルシファーです。
前回は、前置きとしてぼくとパンクの関係性、そして認識の変遷を語りましたね。ええ、語りましたとも。
自己決定理論すげえ…などと考えていたとき、なんとなくTHE BLUE HEARTSの「少年の詩」が思い浮かびました。
↑違法にアップされてるじゃないか!ダメだぞ?ここから聴いたらダメだぞ?!あ??!
それこそ中高生の頃にすごくよく聴いてたし、好きな歌だったのですが、歌詞はあまりピンと来ていませんでした。
主人公が良い子なのか悪い子なのか判然とせず、大人を批判的に見てる割に説教くさいこと言うよなーと思ってました。
ぼくはそれよりは「吐き気がするほどロマンチックだぜ!」だったり、「何が日本の象徴だ!何にもしねえでふざけんな!」みたいなフレーズのほうが刺さりました。
さらに、ブルーハーツというバンド自体が、パンクという文脈から見た時の立ち位置に一抹の微妙さがあったことも一因だったのでしょう。パンクスたるものブルーハーツを素直に「好き」と言ってはいけない、みたいな雰囲気があったような気もしたりしなかったりというか。
改めて歌詞を見ていきましょう。
これもう、完全に自己決定のことを歌ってると思います。
しかし、なぜそう思えるのか。
ここで、自己決定理論の構成要素をかいつまんで、ぼくなりの解釈で説明します。学術的には不正確かもしれないけど、だったら自分で本を読みたまえ。
◾️外発的動機づけ
「言われたからやる」「怒られたくないからやる」みたいに、行動の動機が自分の外にある場合、それは「外発的動機づけ」によって動いていることになります。
平たく言えば、「やらされてる」かたちになるので、"モチベ上がんないよね〜状態"になります。
面白いのは、「どう見られたいか」で身につけるものを選んだり、「お金がほしいから」で仕事をしたりするのも、外発的動機づけによるものです。
皆さんがあんなにも仕事に行きたくないのは、外発的動機づけで仕事をしてるからなのかもしれませんね。
なので、「もっと給料が良ければ頑張れる」とか「ご褒美の為にテスト勉強を頑張る」は、無理です。一時的に効果があったとしても継続しないでしょうね。
これ、きちんと意識して振り返ると誰もにある経験な気もします。
◾️内発的動機づけ
対して、こちらは「自ら進んでやる」ことです。
例えば、言葉をマスターする前くらいの小さな子供って、そのへんに放つだけでチョコマカと探検したり探索したりするじゃないですか。給料も出ないのに。ご褒美もないのに。
皆さんも、どうでもいい石とか木の枝とかで遊んでたじゃないですか。ぼくも葉っぱをちぎるだけの遊びとか、CDの裏面の反射やビー玉の透明さを眺めるだけの遊びをよくしたものです。
それでも無性にワクワクして、満たされた気分だったと思うんですよね。
あれが、内発的動機づけによって動いている状態です。覚えてますか。
けれども我々は、成長過程で様々な外的要因に出会い、「統制」を受け、だんだんやる気を失っていくわけです。
それは親や兄弟、友達や先生、校則や法律、そしてお金と資本主義、さまざまなものによって、意識無意識に制限を受け、いつしか自律性を失って「やらされてる」状態になっていきます。
(これらは他の言説でいうところの「大文字の他者」と相同なのでは?と思ってるもののそれはまた別の話)
小さな子供は学びを求めて探索行動をしますが、学校に行き始めると勉強したくなくなるあの経験が、そういうことだと思うと合点がいきます。
これも、割と誰もに経験があると思います。
◾️自律的であること
つまり、過去に子供だった我々は「内発的動機づけ」で動いていた経験があるわけで、自覚さえできれば「やらされてる毎日」から脱却することも可能なはずです。
ぼくは悩みにぶち当たったとき、自己決定理論などをかじりながら「一回全部が全部自分のせいだという前提で考える」ということをやってみました。
やってみましたら、ぼくは、自分の思う通りに生きようとすること、即ち自己実現のための行動や判断の大半を、誰かのせいにして生きてきてしまったことに気がつきました。
ぼくは、それを「優しさ」や「大人の態度」であり、「かっこいい振る舞い」だと信じて疑いませんでした。しかし本質的には、うまくいかなかった結果について、他人のせいだと考えることで、自己防衛してきたに過ぎなかったのです。なんてこった!
それは衝撃的な気づきでした。
しかし、逆に考えると、全部自分のせいだとしたら、全部自分でどうにでもできるじゃないか!ということにも同時に気付くわけです。
つまり「どうにもならないことなんてどうにでもなっていいこと」であるように、どうにでもできることについては、どうにかしたいし(will)、どうにかできるし(can)、どうにかしなければならない(must)。
そう、起業やキャリア形成でよく出てくるアレを思い起こすのです。
これを自分で設定することができれば、それは自律的であるといえるでしょう。
つまり、自律的である状態とは、外部からの干渉や指示に依存することなく、自分自身の意思で行動し、判断できる状態のことです。
◾️自由と責任
自律的であれば、だいたいの外的要因による統制からは解放され、心はほぼ自由の身となります。
但し、自由は責任とセットです。
何からも干渉されず、誰の指示でもなく、自分自身の意思で行動し、判断した結果は、誰のせいにもできない。
だから、結果がうまくいかなかったとき、誰を責めることもできないということです。
他方で、結果について誰かを責めたくなるときは、その行動は自律的なものだったわけではなく、外発的な動機によって「やらされて」いた、ということになります。
平たくいえば、あなたは何かしらの奴隷だった、ということですね。
ちなみに、奴隷として生きることって別に罪ではないと思います。「奴隷」というと嫌な響きだけれど、奴隷でいるほうが幸福度が高い人もいていい。それは善悪ではなく、個々人がどっちを望むのかだけです。
自律的に奴隷を選ぶならそれでいいと思いますが、だいたい奴隷って、自分が奴隷であることには無自覚だと思います。
ぼくは、「奴隷を選ばない代わりに、自分の選択の責任は自分でとる」人を、カッコいい!と感じます。
それこそが、「Do it yourself」の本当の意味なんだと思います。
既存の社会的圧力や権威やルールを疑い、時に必要なら「関係ねーぜ」と一蹴して、自分で自分のケツを持って生きること。それが即ち、ぼくの思う「パンク」なのだと思います。
◾️ということを踏まえると
ピンと来ていなかった「少年の詩」が、わかるようになりました。
せっかくなので細かめに見ていきます。
「パパ、ママお早ようございます 今日は何から始めよう
テーブルの上のミルクこぼしたらママの声が問こえてくるかな」
つまり、「親」の気を引くための行動をとろうとしています。いわば外発的動機づけですね。
「1.2.3.4 5つ数えてバスケットシューズがはけたよ
ドアをあけても何も見つからない
そこから遠くをながめてるだけじゃ」
生物としての成長と発達によって、主人公は足を得ました。
だけど、靴を履いてドアを開けたら、まずドアの外に出て、手元と足元を見て、自らの眼で何かを探し、掴んでみなければ、得られるものは何もないわけですね。それはそう。
でも、ぼくなんかは遠くを眺めてるだけで勝手に奇跡が訪れたり、もしくは良き人が勝手にぼくを見つけてどこかに連れてってくれるんじゃないかな、なーんて思ってました。
この歌を初めて聴いた年頃に、このことに気づいていたら、良くも悪くもまた違った人生を送っていたでしょうね。
「別にグレてる訳じゃないんだ ただこのままじゃいけないってことに気付いただけさ
そしてナイフを持って立ってた」
主人公は、外発的な動機で遠くを眺めているだけではダメだと気づいたようです。そんな若くして気づいたなんてうらやましい。
そして、内発的動機づけによって自律的に行動を始めたわけです。
しかし、社会との摩擦は必ず起こります。
時にそれは、社会からは「グレてる」ように見えるでしょう。
「僕やっぱりゆうきが足りない「ILOVE YOU」が言えない
言葉はいつでもクソッタレだけど僕だってちゃんと考えてるんだ」
はたまた、時には自分との摩擦も抱えることになります。「愛してる」を言葉にできないもどかしさに日々葛藤したりもするでしょう。
それでも、考えることをやめません。
「どうにもならない事なんてどうにでもなっていい事
先生たちは僕を不安にするけど
それほど大切な言葉はなかった」
ここはさっきも引用したのでお分かりの通りだと思います。
小中学校ってどう考えても奴隷訓練施設なのは通ってた国民の皆様なら感じていたと思います。
民主主義と資本主義の名の下に、我が国は奴隷制を採用しています。
教師は、立派な奴隷になるための教育を、子供たちにせっせと施し、奴隷以外の何かになる方法は、無自覚に教えようとしません。
それこそ、どうにもならないことだし、どうにでもなっていいことでしょう。
「誰の事も恨んじゃいないよ ただ大人たちにほめられるような
バカにはなりたくない
そしてナイフを持って立ってた」
奴隷にならない選択の結果を、誰のせいにもしてないんですね。
ただ、望んで奴隷になって他者に判断を委ねることでシステムに迎合するような無自覚な人間にはなりたくないと思っているようです。
つまり、自律的である状態だとわかります。
この下りが、まさしく自己決定について歌っていることを明確にしてくれています。
「少年の声は風に消されてもラララ
間違ちゃいない」
そんな自律的な自己決定や自己実現は、あくまで自分の中の話であって、社会的な評価には繋がらないかもしれません。
むしろ、誰からも見てもらえないかもしれない。
でも、それは誰かが決めた善悪や正否で価値を判断されるようなものではないでしょう。
だって、行動や判断を自分で決めて、自分でケツを持つと、誰のせいでもなく自分で望んで決めたのだから。
「そしてナイフを持って立ってた」
繰り返されるこのフレーズが何を暗示しているのか。これが一番難しいと思います。
ただ、パッと連想できるような、不良性や反社会性の象徴ではないだろうと思います。これは、おそらく引っかけです。ミスリードです。
じゃあ何なのかと考えてみると、たぶんナイフって人類が手にした最古の道具のひとつなんじゃないですかね。
ナイフは、無いよりは有るほうが圧倒的に便利だけど、使い方次第では誰かを傷つけるし、殺すこともできる。
ナイフをどう使うかが自由だとしても、その責任って、ナイフを扱う本人以外には取れないんですよね。
だから、ナイフとは自由と責任の象徴なのではないかなーと思います。
少なくともぼくは、そう考えるとこの歌の全部に合点がいきます。
「そして!
いろんな事が思い通りになったらいいのになあ」
まさしく、ナイフを手にしたことによる責任と、それによってもたらされる使い方の自由のことではないでしょうか。
ナイフの便利さの行使権と、それに伴う責任を負うことで、きっと主人公のwillとcanとmustの円はぐっと拡がって、重なりも大きくなるでしょう。
合点がいきましたね?いきましたよぼくは。
…という感じで、ぼくが歌詞にグッときてやまない他のパンクソングについても同じような目線で見てみると、色々と合点がいきました。悔しいほどに納得しました。
◾️亜無亜危異「パンクロックの奴隷」
これすごいですよね。
奴隷になりたくない人々が飛び込んだ先がパンクロックだったはずなのに、その「パンクロック」自体がルール化し、権威化し、時代性を纏い、「パンクとはこうあるべし」という外発的動機を煽る圧力に成り果てているという、痛烈すぎる皮肉。
ぼくが「由緒正しきパンクファッション」に身を包み、ピストルズやクラッシュ、ディスチャージやGBHを「勉強」して、「ファッションパンク」になったのは、まさしく無政府主義の雰囲気だけを纏ったパンクロックの奴隷であることとピッタリ一致します。
初めて聴いたとき、なんて耳の痛い話をするんだと思い、仰天しました。
奴隷をやめることって大変なんですよね。
それでも自律的でありたいか、自由と引き換えに結果の責任を持つ覚悟があるか、という問いになっているとぼくは受け取りました。
それは日本にパンクロックをもたらした張本人による問いかけだからこそ響くのだと思います。
そう問いかけることこそが、パンクロックをもたらしたことに対する彼らの責任の取り方だと思うから。
あとは「今じゃドブネズミも億万長者」が、ブルーハーツの「リンダリンダ」のヒットとクラシック化、そして元メンバーのその後を想起させるところも痛烈。
◾️GAUZE「歯を食いしばれ」
↑個人が勝手にこういうところに上げるのは本当に良くないのでちゃんと買え!!!!
解説など全く不要なほどに、直球どストレートです。
ぼくは、これまた17才のときに、本厚木のディスクユニオンで、これが収録された「prank ep」と呼ばれるアナログ盤を買ったのが最初でした。
凄まじい演奏と音の気迫にただ圧倒されるばかりで、歌詞にまで思索が及びませんでした。
むしろ、「我慢して頑張って働けってことかあ…」と単純に受け止めて、バイトしていたラーメン屋へ向かい、歯を食いしばりながら掃除をしたり、味玉の殻を剥いたり、割り箸を補充したり、食洗機と格闘したりしました。
今は、「すべての責任を放り出して奴隷でいたくなる」衝動に見舞われたとき、ガーゼを聴いて気合いを入れて、歯を食いしばって我慢します。
彼らの活動そのものが、DIYであり自由であり責任であり、パンクの模範だったからこそ説得力が桁違いでした。
いつも叱咤され、勇気づけられています。
◾️「RISE」
もうぼくはこの曲が好きすぎて何回紹介するんだってハナシなんですけど、好きなんだから仕方がない。
これは歌詞が英語なので、AIの助けを借りて訳したり略したりしました。
「熱い電線」のところ、原文は「hot wire」になってるので、AIの訳より、ぼく的には「電熱線」のほうがしっくりくる気がします。
つまりそれほどまでに強烈な統制によって、模範的な市民でいることを強いられた、的な?
さらに、歌っている彼(元セックス・ピストルズのボーカル)自身がパンクの権化であったことも皮肉的に重ねてるのかなーみたいなニュアンスを感じます。
英語あまりわからないので全然違ったらすみません。
徹頭徹尾、彼は「自分であれ」と言ってます。
それは「自分らしく」とか「自分探し」とも違うんじゃないかとぼくは思います。
「何にも統制されない自分であれ。自分で考え、判断し、行動しろ。お前がそうしなくても俺はそうしてきた。見てただろ? そんなお前にも、道が拓けるといいな。俺はそれを心から祈ってるよ。怒りすら、そのためのエネルギーになるのさ。」
みたいに言われてる気がします。
めちゃくちゃかっこいいよね。
セックス・ピストルズだぜ?誰もが認めるパンクの代名詞。
だけど彼はセックス・ピストルズを辞めて、パブリックイメージリミテッドを立ち上げて、文字通り誰も聴いたことがないような音楽を、自分が本当にやりたい音楽を追求してきた。お金にならなくても。
96年に再結成したとき、ハイロウズが前座だったこともこの記事的にはアツいですね。
そのときにも「再結成の理由?カネのためだ」と言い放った。皮肉たっぷりに。これは彼が言うから皮肉として成立するわけです。誰よりも自律的に自己実現をしてきた人だから。
彼が演奏する音楽が、譜面上は「パンクロック」でなかったとしても、シドヴィシャスのような破壊的な人生を送らずに奥さんの看病をきちんとやってたとしても、否、だからこそ彼の知性と人となりがぼくは好きですね。長生きしてほしいです。
以上です。
前後編に亘ってお付き合いいただき、ありがとうございました。
ちなみぼくは、ぼく自身を全く自律的とは言えないし、そうあるべきとも思わないし、それがエラいとも思いません。
ただ、「かっこいいな、たまには、大事な局面で、そうなれたらいいな」みたいなテンションです。
ぼくにもあなたにも、どうかよりよい道がひらけますように。
こんにちは、ルシファーです。
人は11才、14才、17才でハマッたものを一生好きでいるとかいないとか、そんなことを聞いたことがありますね。ぼくはある気がします。
思えば意識的に音楽を聴くようになったのが11才くらい、ぼくが好きなのが「ヘヴィメタル」というんだと自覚したのが14才頃、そして「違う、ぼくはパンクスなんだ」と思ったのが16〜17才くらいでした。
「パンク」という音楽ジャンルは知っていたし、MISFITSの「EVILIVE」にガツンとやられたのは14才のときだし、セックスピストルズの「勝手にしやがれ」を買って聴いてたのは15才頃だったけど、「パンクとは音楽ではなくカルチャーなんだ」ということは16才のときに出会った友達からの影響でやっとわかったことでした。
17才になる年のはじめに、その友達と2人で、お年玉を握りしめて行った、原宿の竹下通りの靴屋さんで、当時は今の半値近い価格で買えたジョージコックスのラバーソールを手に入れました。
振り返ればあれが、ぼくにとって、自分がパンクスになった出来事だったのだと思います。
当時は、所謂裏原ブームの末期頃だったので、ストリートファッションにはパンクの影響が色濃くありました。
丁度、ヒップホップとパンク/ハードコアが、スケートカルチャーとミクスチャーロック(今で言うニューメタル)によって繋がれていて、それがストリートカルチャーを形作っていたように思います。
そのせいもあってか、テレビで見るタレントやお笑い芸人の服装もパンクアイテムが結構あったり、非パンクのミュージシャンがラバーソール履いてたり、あとは「NANA」の影響とネオヴィジュアル系の台頭で、雑誌「KERA」で紹介されるようなファッションが、特に原宿に集まる若者達の中でそこそこの割合を占めていた印象でした。
ぼくは頑なにそれらと自分は違う!!!!と息巻いていました。
雑誌はWARPとDOLLしか信じなかったし、服は古着と666とJIMSINNとSEXY DYNAMITE LONDONを着ていました。
つまり、「由緒正しきパンクファッション」に身を包んでいました。だから、そこから外れるものはNGでした。
親切にも、666が無料で発行していたカタログに、パンクファッションの懇切丁寧な解説が載っていたので、ぼくはそれを「勉強」しました。
幸いにも、例の友達や、彼の兄や、JIMSINNの店員さん、本厚木PARCOのレゲエのお店のお兄さんなど、ぼくにパンクファッションやカルチャーを教えてくれる良き「先生」方も居たのです。
すっかりぼくは、地元ではさながらパンク警察でした。「ネモトの前でパンクの話はしてはいけない」「ネモトがいるときにピストルズやクラッシュのTシャツを着てはいけない」といった空気すらありました。
当時は、ぼくのような奴のことを揶揄する「ファッションパンク」という言葉がありました。
ぼくはその、ファッションパンクだと思われたくなくて必死でした。
だからジムズインの店員さんに「若いのに色んなこと良く知ってるね!いかっつい良いパンクスになってよ!」と言われたのが嬉しくて、その言葉を胸に、独り古いパンクを聴いていました。
しかし、いつの間にかぼくは自分がファッションパンクであることに気がつきました。
そもそも進学校から現役で一応非Fランの大学に進んだぼくがパンクであるはずがありませんでした。
都内のライブハウスに出入りするようになると「本物」たちがいたし、怖くて近づけなかったし、彼らの輪に入るのもイヤでした。
だいたいパンクスなら群れてんじゃねえ!とまで思ってましたが、彼らは話すと気さくでイイ人ばかりで、ぼくは音楽としてのパンクとパンクファッションが好きなだけで、「パンクス」にはなり得なかったんだなあ、と思いつつ、気づいたら世間からは大人として扱われる年齢になっていました。
時は流れ、THE NOSTRADAMNZを結成し、シェハーンが加入しました。
ぼくとかみむらくんは、お互いのルーツの共通項として「パンク」があって、パンクがだいたいどんなものなかのかのイメージについて、言葉にせずとも双方向に重なる観念的なものがありました。ワナビーとしてパンクを選択したぼくとは逆に、かみむらくんはナチュラルに、結果的にパンクな人ですが、それでも「あの感じ」みたいな共通のイメージは確かにありました。
ちなみに同じパンク括りでも、ぼくにはどちらかというとイギリス寄りのイメージがあり、かみむらくんにはアメリカ寄りのイメージがあります。
で、シェハーンから「パンクって結局は何なの?」と問われたとき、機材車の中でちょっとした議論になったことがありました。
「あれはパンク」「あれはパンクじゃない」みたいなことを、ぼくとかみむらくんがどんどん例を出して、シェハーンが「てことはこういうこと?」と解釈してみせる、みたいなやりとりがしばらく続きました。
あーだこーだ言って、結局シェハーンにパンク何たるかが伝わりはしなかったものの、ぼくの中では「期待の裏切りや、既存のイメージや概念の破壊といった行為を、ポジティブな反応や評価に着地させること」がパンクなんだろう、という結論に至りました。
一理あるものの、どこか自分で納得できていませんでした。
納得できないから自分はファッションパンクなんだろうな、ということで片付けてしまいました。そのときは。
しかし、ここに来て「あっ、ぼくがカッコいいと思うパンクってこういうことだ!」という確信を得るに至りました。
そう、パンクを知って早600年あまり。ここに来て、ぼくはファッションパンクを卒業したっぽいのです。
それは、今年ぼくがどハマりしているエドワード・L・デシの「自己決定理論」によって導き出された答えでした。
自己決定理論のフィルターを通してパンクを見たときに、なぜぼくがパンクに惹かれたのかがとうとうわかったのです。
ここまでが前置きですが、めちゃくちゃ長くなったので後編は別で投稿します。
結論からいうと、「内発的動機づけ」ならびに「自由と責任」こそがパンクなんだ、ということなんですが、次回の後編では、ぼくの好きなパンクバンドの歌詞を引用して、それが何なのかを書き留めておきたいと思います。
◾️参考図書