2020年12月末に配信終了となった『携帯サイト新耳袋』。
11年間に亘り連載していた短編、『かっぱの妖怪べりまっち』は、第563回で終了となりました。
当時の掲載作を週1編ずつこちらのサイトへ転載しています。
※214~257話までオリジナル妖怪たちが登場します※
酔っぱらい気分の美人泥棒「酒ノリ子」の話
化け物横丁の入口に、こざっぱりとした飲み屋がある。
かっぱ初のバイトはそこの皿洗いだった。
ろくろ首の姐さんが経営するこの店は化けたちが通う店だったが、お客さんの大半はそうとは知らない普通のにんげんだった。
あるとき、綺麗なお姉さんがやってきた。
お姉さんは他のお客さんとも打ち解けて、気づくとテーブルを一つにして呑んでいる。
このお姉さんが勧め上手で、さあもう一杯、さあもう一口と勧めると、誰も断れずどんどん呑んでしまう。ただ呑んでも呑んでも酔わないらしく、おかしいな美人と呑むと酔わないね、などと言いながら、かっぱちゃんビールもう一本ねと追加オーダーが入るため、ろくろ首の姐さんはニコニコだった。
綺麗なお姉さんはグラスに口を付ける程度だったが、すっかり酔って上機嫌だ。
酔わない酔わないと言ってたお客さんだが、さあ店じまいだよというと突然、ばたんと倒れ、ぐーぐーとイビキをかきだした。
ろくろ首の姐さんは、勧め上手なお姉さんをとても気にいって、お店を手伝ってくれないか?と声をかけた。
お姉さんが働くようになってお店は大繁盛だった。
お客さんはお姉さん目当てで押し掛け、お姉さんは、もっと呑め呑めとグラスを空けさせた。おかげで山と積んであったお酒のストックが底をつく日もあった。
そして閉店になるとお客さんはバタバタ倒れてイビキをかく、の繰り返しだった。
お酒を口にしなくても閉店時には酔ったように上機嫌なお姉さんを誰かが『酒ノリ子』と呼び始めた。
そのうち「先日はたくさん呑んだのに少しも酔わず、ひどい二日酔いだけが残った」と、お客さんが口を揃えて言うようになる。
ある日のこと、フロアで片付けをしていたかっぱは見てしまった。
お客さんの腰に触れていたノリ子姉さんの手のひらが、お客さんの体の中にぐんぐんめり込んでいくのを。
お客さんのほうはちっとも気づかない様子。
かっぱは慌ててろくろ首の姐さんにそのことを報告したところ、とっくに知っているわよと笑った。
『酒ノリ子』姉さんは手のひらから相手の酔っぱらい気分を吸い取る化けで、ろくろ首の姐さんは初めて会ったときに気づき、これは使える!と思ったらしい。
大人の世界は本当に怖いや。
しばらくお店の好景気は続いたが、やがてノリ子姉さん目当ての常連さんが次々とからだを壊してお店に顔を出さなくなり、売り上げがガクっと落ちた頃、『酒ノリ子』姉さんはぷいと消えてしまった。
ノリ子姉さん、きっと今でもどこかの誰かの横で、酔っぱらい気分を横取りしているんだろうな。
みんなも、いくら呑んでも酔わないときは、周囲に美人がいないか確認してね。