おばけのブログだってね、 -2ページ目

おばけのブログだってね、

The 26th Anniversary of Formation

2020年12月末に配信終了となった『携帯サイト新耳袋』。

11年間に亘り連載していた短編、『かっぱの妖怪べりまっち』は、第563回で終了となりました。

当時の掲載作を週1編ずつこちらのサイトへ転載しています。

※214~257話までオリジナル妖怪たちが登場します※

 

抜き差しならぬは許さんと尻を叩く「せっぱつまり」の話

毎週このコラムを書くのは大変だ。

机に向かうがちっとも進まず、おやつを食べてうたた寝して、何も書けずに終わる日もある。

そんなとき、かっぱには奥の手がある。

『せっぱつまり』先生に来てもらい、尻をきつめに叩いてもらうのだ。

涙が出るほど痛いが、ダラダラした気分が吹き飛んで、集中せずにはいられなくなる。

『せっぱつまり』と呼ばれるこの妖怪、傷のある額にいつも汗を浮かべ、なんとなく風格があるのは元々、武士だったからだ。

 

浪人だった『せっぱつまり』は江戸の町で寺子屋を開き、近所の子供たちに読み書きを教えていた。

教え方も上手で子供たちに人気の先生、寺子屋はいつもにぎわっていた。

しかしあるとき、ひょんなことから喧嘩に巻き込まれ、浪人先生は刀を抜かざるを得ない状況に追い込まれる。ところが刀は錆び付き、サヤから抜こうにもびくとも動かなかった。

無念の死をとげた浪人先生はやがて、額に受けた傷そのままに、寺子屋に化けて出るようになる。

「アタマもカタナも日頃の手入れを怠るな、切羽詰まって抜き差しならぬとなったら大いに恥ぞ!」とハッパを掛ける。

子供たちも化けに尻を叩かれてはのんびりしていられない。

怖いの半分、発奮半分で一生懸命、勉学に励むのであった。

『せっぱつまり』お化け先生のおかげで、この寺子屋出身の子供たちはみんな成績優秀となり世間で大いに活躍するため、噂を聞きつけてわざわざ遠くから子供を通わせる親御さんもいた。空きがないと断られてもあきらめず、千両箱を寺子屋の前に積む親も現れた。

 

当然、現代でも『せっぱつまり』先生は活躍中、有名学習塾で子供たちの尻を叩いているようだ。

叩かれた子供たちは成績をグングン伸ばし、『せっぱつまり』先生は令和の世の中でも注文を浴びている。

「切羽詰まってからでは手遅れ、勉強するなら今でしょう!」と額に汗を浮かべて叫ぶ『せっぱつまり』先生に、かっぱは今週もまたやっかいになったのである。

2020年12月末に配信終了となった『携帯サイト新耳袋』。

11年間に亘り連載していた短編、『かっぱの妖怪べりまっち』は、第563回で終了となりました。

当時の掲載作を週1編ずつこちらのサイトへ転載しています。

※214~257話までオリジナル妖怪たちが登場します※

 

交通安全を願う妖怪「スピードおばけ」の話

そこでは事故が多発していた。

長い下り坂でスピードオーバーし、その先の右カーブで曲がりきれないクルマが次々とカードレールをなぎ倒し、電柱に体当たりした。

走行不能となったクルマがレッカー車に引かれて行く。

いつの頃からか、そこを走ると小さな声が聞こえてくると噂がたった。

スピードをあげているとき、はっきりと聞こえる。

「スピード落とせ!」

小さな声はそう叫んでいた。

 

奇妙な声は事故で亡くなった幽霊なのでは?

そんな噂を耳にしてから、恐がりのかっぱはその付近に近寄らなくなった。

近所だが通る必要もない道だ。なんの不便もなかった。

しかし、バンドのワゴン車が向かう先にそのカーブがあると気づいたときにはもう遅かった。

一番先に声を上げたのは、助手席の雪おんなだった。

あそこでキラキラしているのは何かしら?

運転中の天狗も、ぴょこぴょこ飛び跳ねてるね、と隣でうなずいている。

そのときだ。

「スピード落とせ!」

かすかな声だったが、3人とも確かに聞いた。

正体を見極めようとクルマを停め、天狗と雪おんなは降りて行き、かっぱは後部座席でぶるぶる震えていた。

しばらくすると、外から窓をドンドン叩く人がいる。まさか幽霊じゃ?

と思ったら、天狗と雪おんながニコニコしながら立っていた。

見ると、天狗の手のひらには、小さな金属のようなものが乗っている。

それが小さな声の主、『スピードおばけ』だった。

 

『スピードおばけ』は、事故で破損したクルマの部品がお化けになったもの。

目の前で大好きなクルマが壊れていくのが我慢できず、飛ばしてくるクルマに向かって、スピード落とせと警告するようになったらしい。

なんだ。

相手がこんな小さい妖怪ならちっとも怖くないや。

すっかり安心したかっぱは、てっきり幽霊の声かと思ったよと笑うと、

「いえいえ、そこに座っている幽霊なんて事故の後、一言も口をききませんから」と『スピードおばけ』はすぐ横の石段を指差した。

かっぱはもちろん、それ以来その道は通っていない。

2020年12月末に配信終了となった『携帯サイト新耳袋』。

11年間に亘り連載していた短編、『かっぱの妖怪べりまっち』は、第563回で終了となりました。

当時の掲載作を週1編ずつこちらのサイトへ転載しています。

※214~257話までオリジナル妖怪たちが登場します※

 

干ばつが産んだ悲劇の化け「しわしわ」の話

今年もキュウリがたくさん収穫できて、かっぱは上機嫌だ。

やや小振りなからイボが尖って緑色も濃い。

椅子の上に置いたまま農作業を続け、しばらくして戻ると、そのキュウリがすっかりしなびている。

呆然としながら周囲を見渡すと、畑の中を小さな化けが笑いながら逃げて行く姿が見えた。

 

昔は日照りが続くと、作物は枯れ果て人々は死んでいった。そんなとき一番最初に犠牲になるのは小さな子供だ。

命を落とした子供たちの、お腹がすいた、水を飲みたいという思いが『しわしわ』という化けを誕生させた。

痩せ細った体で、水分をたっぷり含んだ作物に吸い付く姿が畑や果樹園で目撃されたがその姿はあまりに哀れで衝撃的だった。

しかし、秋田のかっぱばあちゃんの感想はちょっと違う。

最初はしなびた姿で登場するため気の毒に思うのだが、散々、吸い散らかした後はぷっくり膨れてヨタヨタと消えていくからやっぱり憎たらしい、と、幾度も野菜をダメにされてきたばあちゃんは目を三角にしていた。

農家にとっては嫌われ者だ。

さらに、ここ最近は水に苦労することもなく、『しわしわ』とは名ばかりになってきた。どちらかと言うと『ぷくぷく』にその姿は近い。

元々は小さい子供の化けなので、お腹が膨れれば次に考えるのはいたずらだ。

採れたてキュウリをミイラにしたのも、かっぱが驚く顔を見たかっただけ。

油断していると頭の皿の水まで吸いに来るし、先日は、豆腐小僧の豆腐を高野豆腐にしてしまった。

 

そんなある日、かっぱ農園をのぞくひとりのご婦人がいた。

見るからにお金持ちのご婦人は農園の裏山にある動物病院に愛犬を連れてきていて、待ち時間に近所をぶらぶらしているようだ。

かっぱを手招きして、何を作っているのかと訊く。

キュウリです、と答えると、ふーん、とうなづく。

ご婦人は目元にもシワひとつなく、どことなく不自然なのはプチなんとかをしているせいだろうか。

そんなことを考えながらしゃべっていたときだ。

あの『しわしわ』がご婦人の顔にそっと登っていくのが見えた。

まもなく『しわしわ』はご婦人の目尻あたりにぴたりと吸い付いた。

まずい、これはまずい。

やがてご婦人は何も気づかずに動物病院に戻って行ったので、かっぱは後のことは判らないが、プチなんとかはやり直しだろう。