おばけのブログだってね、 -2ページ目

おばけのブログだってね、

The 26th Anniversary of Formation

2020年12月末に配信終了となった『携帯サイト新耳袋』。

11年間に亘り連載していた短編、『かっぱの妖怪べりまっち』は、第563回で終了となりました。

当時の掲載作を週1編ずつこちらのサイトへ転載しています。

※214~257話までオリジナル妖怪たちが登場します※

 

街から街へ人生を盗んで歩く「手相盗り」の話

女の子は占いが大好きだ。

最近、かっぱの棲む町にも手相占い師が現れ、友達がさっそく行って来た。よく当たるのよ、と興奮している。

その子は、恋愛の相談でズバリと当てられた上に、数週間後にまた来なさい、と言われたそうだ。

それを聞いてかっぱもさっそく行列に並んだ。

並んでいるほとんどは女性で、友達同士できゃあきゃあ騒いでいるのもいれば、思い詰めた表情で順番を待つ人もいる。

正直言うとかっぱは悩みなんてないし、訊きたいこともなかったが、手相占いは未体験だったのであくまで興味本位である。

いよいよ順番が回ってきた。

小さな机と椅子、その向こうに座る占い師はかなり高齢のようで、深くマントをかぶったまま背中を丸くしている。向こうの顔も見えないし、こちらを見る様子もない。

「手のひらを拝見します」と言うので差し出すと、シワシワの手でかっぱの手のひらをなぞったりこすったりしていたがすぐに、あなたにんげんじゃないねと言い当てた。水かきはあるのに手のひらにシワがない、とガッカリした様子だ。

悩みもないようだから、もう帰っておくれ、と言う。

すごい!全て当たっている!

たいしたものだ、と感心しながら帰宅した。

 

さて、例の友達はあれから数回、占い師の元に通ったのだがその都度、かっぱに結果報告してきた。

毎回、実践的なアドバイスを受けて、恋愛もトントン拍子みたいだ。

ただ、最近、シワがなくなっているような気がすると言ってかっぱに手のひらを見せた。確かに、縦横に伸びるシワがどれも極端に短い。生命線など手のひらの真ん中で終わっている。

まあ、シワシワになるよりいいじゃん、とかっぱは笑った。

間もなく、友達は占い師のアドバイス通りに恋愛を成就させ、めでたく結婚にたどり着いたのだが数ヶ月後、あっけなく死んでしまった。

そのときになって、かっぱは友達の手のひらからシワが消えたことを思い出し、疑念を胸に再び、占い師を訪ねた。

相変わらずマントを深くかぶり顔は隠していたが、今日は背筋がシャキッと伸びている。

「手のひらを拝見します」と伸ばしてきた手も子供のようにつるつるだ。

間違いなくこの占い師は若返っていた。

そして前回同様、かっぱの手のひらを見て、あなたはにんげんじゃないね、奪うシワもないから帰っておくれ、とマントをひるがえして言った占い師の顔は、どうみても10代の若者だった。

 

手相から人生を少しずつ奪い取り、それを自分のエネルギーにしているこの妖怪は『手相盗り』と呼ばれているそうだ。

運命線を取られた人は、待っていたはずのドラマチックな出来事に出会うことなく、生命線を奪われた人は、長生きはできない。

 

そして街角の占い師は姿を消した。

今度はどこの街に現れるのだろう。

2020年12月末に配信終了となった『携帯サイト新耳袋』。

11年間に亘り連載していた短編、『かっぱの妖怪べりまっち』は、第563回で終了となりました。

当時の掲載作を週1編ずつこちらのサイトへ転載しています。

※214~257話までオリジナル妖怪たちが登場します※

 

食卓に手を伸ばす「つぶれじゃく」の話

かっぱは妖怪の友達とファミレスに行った。

楽しくおしゃべりをしていたが、ハッと気がつくとついさっき運ばれてきたはずの山盛りキュウリの酢漬けがグンと減っている。

友達はおしゃべりに夢中だし、おかしいなと思っていたら、テーブルの下から小さな手がそーっと伸びてきた。

かっぱが目配せをすると、しゃべっていた友達も話を止めて、手の動きを注視している。子供の指がキュウリをつかもうとするその瞬間、手首を握ってその主を引きずり出した。

出てきたのはもちろん『つぶれじゃく』。

ごちそうするから一緒に食べようと誘ったが、転がるように逃げて行った。

 

『つぶれじゃく』は食卓のものを失敬する子供の妖怪だ。

ちゃぶ台の下に隠れているのでつぶれた姿になり、こう呼ばれるようになった。

食卓の守り神として大切にされてきた『つぶれじゃく』は東京など都市部に多く、この化けの棲み付いた家が食事に困ることは決してなかった。

それを知っている家人は、いつもお腹をすかせているこの妖怪のために、家族の分とは別に少量の食事を用意したのである。

 

いつも空腹でガリガリだった『つぶれじゃく』だが、飽食の近頃ではあろうことか肥満児が増えつつある。

さっき、かっぱが声掛けたのも、かなり立派な体格だった。

食事内容も昔とは違い、高カロリーなものが多い。

『つぶれじゃく』がこの先、糖尿病やコレステロール過多で苦しまないか心配だ。

ときにはそんな『つぶれじゃく』を言い訳に利用する人もいる。

「これは私のじゃない、『つぶれじゃく』のためよ」などと言いながら食後に大きな甘いケーキを注文する、そんなレディのほうが化けより一枚も二枚も上手ってことだ。

2020年12月末に配信終了となった『携帯サイト新耳袋』。

11年間に亘り連載していた短編、『かっぱの妖怪べりまっち』は、第563回で終了となりました。

当時の掲載作を週1編ずつこちらのサイトへ転載しています。

※214~257話までオリジナル妖怪たちが登場します※

 

夏の風物詩化け「ちりんどろん」の話

空き家が増えてきた。

主を失ったその軒先から、チリンチリンと風鈴の音が路地裏まで聞こえてくる。

涼しげで少し哀しげな美しい響きに、空き家の裏に住む高田さんはその音を聞くともなしに朝夕と耳で追いかけていた。

ある日、いよいよ空き家が取り壊されることを聞き、高田さんはあの風鈴を譲ってもらおうと思い立つ。

解体屋さんの重機が入る前日、錆び付いた門をそっと開き、夏草が生い茂る庭に回った。きっと縁側に風鈴があるはずだ。

小さな空き家の周囲をぐるりと歩いてみたが、それらしきものは見つからなかった。

秋風吹く頃、高田さんは再びあの風鈴の音を聞いた。すっかり更地となったあの空き家跡でのことだった。夕暮れの中をチリンチリンと、まるで誰かを呼ぶように響くかすかな音色に、高田さんは少し背筋が寒くなったと言う。

 

風鈴の化け『ちりんどろん』は、他でも目撃されている。

タカオくんは都内に中古住宅を購入した。それは築60年の平屋で、DIYの心得のある若いタカオくんは傷んだ箇所を自分で修理し、やがて平屋はこざっばりとしたオシャレな家に生まれ変わった。

夏の夜、タカオくんがダイニング兼リビングでくつろいでいると、チリンチリンと涼やかな風鈴の音が聞こえてきた。お隣かしら?とも思ったがどうも室内で鳴っているようだ。

平家の以前の持ち主であるお婆さんにそんな話をしたところ、夏だけのことだから、と笑った。

その後、夏が来るたびに姿のない風鈴の音は、小さな平屋に季節の訪れを告げている。

 

よしこさんは、江戸時代からこの場所に住む海苔問屋の跡継ぎ娘だ。

今でこそ家族経営だが、昔はたくさんの人を雇って景気も良く、手広く商売をしていたんだと、よしこさんのおじいちゃんは事或るごとに話して聞かせてくれた。

まだガラスが珍しかった頃、納戸の奥の木箱から年代物の風鈴を出してきて軒下に吊るすのは、いつもおじいちゃんの仕事だった。

小さい頃のよしこさんには触らせてもくれなかったそうだ。

その夏はおじいちゃんの初盆だった。

お盆の最後の日、夕暮れの日差しのなかをチリンチリンと聞き覚えのある音が家のなかに響き、家族みんながそれを聞いた。

その後、あらためて確認したが、風鈴は納戸にしまわれたままだったと言う。

 

この夏、あなたもどこかで『ちりんどろん』を聴いたかもね。