『携帯サイト新耳袋』終了に伴い、当サイトへ次々と引越し中の短編「かっぱの妖怪べりまっち」ですが、
転載完了までにあと数年はかかりそうな気配なので、早めに読んでいただきたいと判断した作品を選り抜きとして紹介して行こうと思います。
〜新耳コラム第520話より〜
化け物より恐ろしいものとは「手の目」の話
すんません、このあたりにあると思うんですが。
深夜の港町でそう呼びかけられた。
振り返るとボロボロの着物姿のお坊さんが街灯の下に立っている。
見ると盲人のようだが、杖も使わずスルスルとこちらに歩いてきた。
このあたりに、大きな賭博場があるはずなんやけど、どこでしょうか。
かっぱが、そんなの知らない、確かに横浜にウワサはあるがでたらめだ、と答えると、お坊さんはがっかりしたのか、道端の縁石に座り込んだ。
なんだか悪いことをしたような気がして、お坊さん、こんな夜中に賭博場なんて危ないよと隣に腰掛けた。
すると顔をあげ、私はこんなものですと自分の手のひらをかっぱに見せるお坊さん。
そこには大きな目玉がついていた。
思わず、うわーとのけぞったが、キラキラした目玉が可愛らしかったので、怖いというより、宝物でも見せられた気分だった。
私は「手の目」という化けでして、いつどこに行ったとしても危ないことなぞありゃしません、と手の目玉がにこりと笑った。
自分は賭け事の好きな男でした。
一度は仏の道に進んだものの、博打はやめられなくて。
勝ちたいばかりに手目(イカサマ)を使ったのがバレてしまい、殴る蹴る、ついには命を落としました。
気がついてみたらこの通り、手に目が付いた化け物です、シャレにもなりません。
化け物に生まれ変わってからも相変わらず手慰みの毎日です。
だがね、こうなってしまうと物は食わない、要る物もない、金はもう不要です。
勝った金は撒く、負けたらあっさり引き上げるで、その世界ではすっかり顔になりました。脅しかけてくるような奴は骨引っこ抜いて皮だけにしてやるので、少しは恐れられてもいます。
あれから幾度も時代が変わりましたが、あきれることに博打というものはなくなりませんなあ。そう言って、お坊さんは自虐的にケラケラと笑った。
少し先の通りを横切る人影のほうに顔を向けた「手の目」は、ほら、金の亡者が歩いて行く、賭場に向かうんでしょう、と腰をあげた。
ほな、行ってきます。
自分が一番恐ろしいのは博打です、それに比べたら化け物なんて可愛らしいもんだ。
そう言い残して、お坊さんはスルスルと暗い街に消えた。