2020年12月末に配信終了となった『携帯サイト新耳袋』。
11年間に亘り連載していた短編、『かっぱの妖怪べりまっち』は、第563回で終了となりました。
当時の掲載作を週1編ずつこちらのサイトへ転載しています。
※214~257話までオリジナル妖怪たちが登場します※
夏の風物詩化け「ちりんどろん」の話
空き家が増えてきた。
主を失ったその軒先から、チリンチリンと風鈴の音が路地裏まで聞こえてくる。
涼しげで少し哀しげな美しい響きに、空き家の裏に住む高田さんはその音を聞くともなしに朝夕と耳で追いかけていた。
ある日、いよいよ空き家が取り壊されることを聞き、高田さんはあの風鈴を譲ってもらおうと思い立つ。
解体屋さんの重機が入る前日、錆び付いた門をそっと開き、夏草が生い茂る庭に回った。きっと縁側に風鈴があるはずだ。
小さな空き家の周囲をぐるりと歩いてみたが、それらしきものは見つからなかった。
秋風吹く頃、高田さんは再びあの風鈴の音を聞いた。すっかり更地となったあの空き家跡でのことだった。夕暮れの中をチリンチリンと、まるで誰かを呼ぶように響くかすかな音色に、高田さんは少し背筋が寒くなったと言う。
風鈴の化け『ちりんどろん』は、他でも目撃されている。
タカオくんは都内に中古住宅を購入した。それは築60年の平屋で、DIYの心得のある若いタカオくんは傷んだ箇所を自分で修理し、やがて平屋はこざっばりとしたオシャレな家に生まれ変わった。
夏の夜、タカオくんがダイニング兼リビングでくつろいでいると、チリンチリンと涼やかな風鈴の音が聞こえてきた。お隣かしら?とも思ったがどうも室内で鳴っているようだ。
平家の以前の持ち主であるお婆さんにそんな話をしたところ、夏だけのことだから、と笑った。
その後、夏が来るたびに姿のない風鈴の音は、小さな平屋に季節の訪れを告げている。
よしこさんは、江戸時代からこの場所に住む海苔問屋の跡継ぎ娘だ。
今でこそ家族経営だが、昔はたくさんの人を雇って景気も良く、手広く商売をしていたんだと、よしこさんのおじいちゃんは事或るごとに話して聞かせてくれた。
まだガラスが珍しかった頃、納戸の奥の木箱から年代物の風鈴を出してきて軒下に吊るすのは、いつもおじいちゃんの仕事だった。
小さい頃のよしこさんには触らせてもくれなかったそうだ。
その夏はおじいちゃんの初盆だった。
お盆の最後の日、夕暮れの日差しのなかをチリンチリンと聞き覚えのある音が家のなかに響き、家族みんながそれを聞いた。
その後、あらためて確認したが、風鈴は納戸にしまわれたままだったと言う。
この夏、あなたもどこかで『ちりんどろん』を聴いたかもね。