2020年12月末に配信終了となった『携帯サイト新耳袋』。
11年間に亘り連載していた短編、『かっぱの妖怪べりまっち』は、第563回で終了となりました。
当時の掲載作を週1編ずつこちらのサイトへ転載しています。
増殖する小僧妖怪「桐一兵衛」(きりいちべい)の話
駅前のお肉屋さんで働くマイさんは、町の美人コンテストで優勝したこともある素敵なお姉さんだ。
店のお惣菜コーナーにある揚げたて牛肉コロッケはマイさんの手作りで、夕方を待たずに売り切れてしまう人気ぶり。かっぱもよく走って買いに行くのだが、空振りに終わったのも一度や二度ではない。
しかし、その度におしゃべりしたり、内緒で焼き鳥を1串もらったりして、すっかりマイさんと仲良しになった。
そんなマイさんに、最近、悪い虫が付いた。
町外れに住むバツイチの中年男だ。
時代遅れの二枚目で、鼻の下を伸ばしながら毎日コロッケを買いにお店に通い、ついにはマイさんの心をつかんでしまった。
この中年男には複数の女性の影がチラチラしていることを知っている町のみんなは、疑うことを知らないマイさんと中年男の恋の成り行きに気を揉んだ。
野暮だと思いながら、かっぱもかなり揉んでいた。
しかし、一番、イライラしていたのは肉屋のおじさん、つまりマイさんのお父さんだろう。
中年男がコロッケを買いに来るたび、店の中から様子を伺いながらおじさんは肉切り包丁をバンバン振り回していた。
ある日、かっぱがいつものようにお店に行くと、おじさんが一人でコロッケを揚げている。マイさんは?と尋ねると、中年男との交際を反対したら怒って出て行ってしまったそうだ。
コロッケを揚げるフライヤーにおじさんの涙が落ちて、ジュージューと油が跳ねる。
こうなったら、かっぱがひとはだ脱ぐしかない。
肉屋のおじさんにかっぱの計画を打ち明け、マイさんの心に揺さぶりを掛ける作戦に出た。それでも好き、と言うなら仕方ない、おじさんは決意を胸に肉切り包丁を握りしめた。
決行日、マイさんはいつものようにコロッケを揚げ、中年男はそれを買いにやって来た。
店の裏でスタンバイしていたかっぱは、連れてきた子供を指さし、
「この子を約束通りふたつに切ってください」とおじさんに頼んだ。
さすがに躊躇しながらも、エイヤっとおじさんは包丁を振り上げる。不思議、切られた子供はふたりになった。さらにエイヤっ、エイヤっ、そのたびに子供がどんどん増えていく。
「お父さんは店の外に来ているよ!」とかっぱが声を掛けたとたん、子供たちは「お父ちゃんに抱かされ!」と叫びながら、中年男に突進して行った。
この子供、実は『桐一兵衛』(きりいちべえ)という小僧妖怪で、斬られると倍々に増え、父親と思った男性を追い掛ける特徴があるのだ。
突然現れた子供たちに、お父ちゃんお父ちゃんとしがみつかれて驚いた中年男は、すっかり我を忘れてしまった。
マキの子か?それともミハルの子か?いやもう少し大きいはずだから、ナオミの息子だな、などと口走っていたが、続々出てくる『桐一兵衛』たちに押し倒されてついには、ガキドモ!どこかに行け!と『桐一兵衛』を蹴飛ばし投げ飛ばし始めた。
頃合いを見て、かっぱがニワトリの真似をしてコケコッコーと叫ぶと『桐一兵衛』たちは、朝になったから帰ろうと言い、一瞬にして消えた。
その一部始終を見ていたマイさんの恋心もまた、『桐一兵衛』と共に消えたのだった。
中年男はいつのまにか町から姿を消した。
以来、肉屋のおじさんはマイさんに内緒で、かっぱにコロッケをひとつおまけしてくれるようになった。





