ロシア語学習者の日記 -2ページ目

ロシア語学習者の日記

60歳からの育ち直し。「歳だから」に負けない日々是学習

7月7日 体重61.3キロ。できたこと、翻訳、ゴーゴリ狂人日記、シャドーイング(40分)+同通練習(10分)音読、日露翻訳手記を翻訳、難解なロシア語のリスニングを今秋から加えることにした。ポッドキャスト朝食準備時のみ。この日、ロシア人の友人から電話あり、ちょっと自分でも驚いたが、考えないと出てこなかったロシア語がスラスラと口をついて、出てくる。二週間の音読とシャドーイングはそれなりに効果を現したということだろうか。凄いぞ!

 

7月8日 体重61.3変わらず。できたことがこの日は少ない。どうしても夫のお相手に時間が獲られる。翻訳を一ページしたのみ。歩く目標は達成。最近、腰の痛みがひどい。

 

7月9日、体重が増えた。昨日食べ過ぎたな。素麺を啜り過ぎた。露和翻訳をした。ゴーゴリ狂人日記。だんだん、文体に慣れてきた。手記のロシア語への翻訳。歩いた。朝食時のポッドキャストを聞いた(40分) 本を読んだ。

 

7月10日 体重61・Ⅰに戻す。それ以外の記録を全くしていない。疲れたのか。何をしたのか思い出せない。

 

7月11日 体重は60.8キロ、露和翻訳、シャドーイング+同通もできた。音読もした。手記の翻訳和露。ポッドキャスト朝夕聴く。

 

7月12日体重は横ばい。音読難しさを感じる。けっこうつっかえるのは、使い慣れない単語があって、アクセント位置が身についていないからだ。音読しながらも、内容を考えながら読む。和露翻訳もしたが、この日は授業があって、疲労感がかなりあった。ポッドキャストを聞く気がしなかった。

 

7月13日 体重がまた増えた。記録を全くしていない。この日は朝のレッスンと、午後から、ゴーゴリ狂人日記の読書会だった。

疲れが出ている。三週目にして、すでに三日坊主癖が出たか。やっとやっと、こなしている感じだ。多分、欲張りすぎているのだろうという気がしてきた。ポッドキャストを漫然と聞くのはいいのだが、多分、シャドーイングと音読の時間が長すぎるのだと思う。翻訳をするのはとても面白い。

挑戦第二週いい感じだ。

 

6月30日 できたこと。露和翻訳はゴーゴリの狂人日記。以前の生徒さんが、「先生とロシア文学を読みたい」と言ってきたので、二人でゴーゴリを読もうと約束、癖のある文章に苦戦する。シャドーイングをポッドキャストで。一部10分くらいを同通練習にあてた。ロシア語の音読。本は先週と同じであるが、ページを変えての挑戦。難しい。つっかえる。また、フェイスブックの投稿を翻訳した。散歩。朝食準備時にポッドキャストを50分ほど。我が家では、夫が店で弁当を食べるので、朝のうちに昼食をつくってしまうから、昼食準備はない。朝食と夕食準備の貴重な隙間時間をロシア語を聞く努力。ロシア語シャワーを浴びていたら、何か変わってくるだろうか。時々、曖昧だったロシア語文法の確認ができたり、語彙を分かりやすく説明してくれるのを聞いて、納得したり。関心持てる話題を提供してくれるので、このポッドキャストはお勧めだ。

 

7月1日 できたこと。翻訳1ページ、ゴーゴリの狂人日記。ロシア語でファイスブックを書いた。歩いた。この日はほとんど何もできなかった。夫が休みの日で、付き合いもあるから。ちょっと自己嫌悪だが。仕方ない。

 

7月2日 できたこと。露和翻訳は狂人日記。シャドーイング+同通練習をした。音読。フェイスブック記事を翻訳。歩いた。自分の手記のロシア語への翻訳をした。ポッドキャストを聞くのは忘れてしまった。反省しきり。

 

7月3日 できたこと。露和翻訳、狂人日記を翻訳。なかなかの難文なので、青空文庫の訳を参照するも原文からの凄い意訳であまり参考にならない。シャドーイングと同通練習。ロシア語本の音読。歩いた。ポッドキャストをまた忘れてしまった。なんだろう、疲れだろうか。趣味読書はした。

 

7月4日 この日からダイエットも目指し、体重を記録。61.4キロだった。できたこと、和露翻訳。シャドーイング(30分)+同通練習(10分)手記のロシア語訳をした。朝食準備にポッドキャストを聞いた。読書はせず。

 

7月5日 できたこと、和露翻訳・狂人日記いよいよ明日勉強会なので、少しでも多く翻訳しておかなくては。シャドーイング(40分)同通練習10分 音読5ページ。手記の翻訳。朝食準備時のパッドキャスト40分。この日は2コマの授業をして、時間がないなかまあまあやったほうかな。

 

7月6日 できたこと。翻訳1ページ、シャドーイングのみ。音読5ページ。手記の翻訳。ここ数日は、フェイスブックの投稿の翻訳をしなくなった。ポッドキャストは朝夕と聞いた。この日は午前にレッスンを一つ、午後から読書会をした。土日はロシア語に染まっている。いや、毎日か・・。

 

樺沢紫苑の「アウトプット大全」を読んで、決意。今日から一日の学習ノルマを作って、実践していく。午前中になにか3つ、午後に三つ、そして隙間時間をどう使うか、趣味の時間も作る。表はこんな感じだ。ロシア語の力がどれだけ伸びるのか、一年後の自分を頭に描き、実践していく。

 

体重

 

 

 

 

 

 

 

AM2

翻訳1ページ

 

 

 

 

 

 

 

AM3

シャドーイング

 

 

 

 

 

 

 

AM4

音読5ページ

 

 

 

 

 

 

 

PM1

日露翻訳1枚

 

 

 

 

 

 

 

PM2

ロシア語でブログ

 

 

 

 

 

 

 

毎日

散歩(3千歩)

 

 

 

 

 

 

 

スキマ1

ポッドキャスト聞く

 

 

 

 

 

 

 

スキマ2

夜ごはんポッドキャスト聞く

 

 

 

 

 

 

 

趣味

読書

 

 

 

 

 

 

 

 

6月23日 初日。できたこと。以前からちょこちょこと訳している小説があり、出版を夢見て翻訳している。一日一ページずつ翻訳することにした。シャドーイング、12か国語を操る青年をユーチューブでみた。ロシア語もなかなかにうまい。彼がお勧めしていたロシア語学習ユーチューバーのRussian with Maxが分かりやすいので、彼のポッドキャストをシャドーイングすることにした。大体1話が40分くらい。長丁場だから疲れるが、口を回す訓練になる。彼のポッドキャストは朝食夕食づくりで台所に立っている時に聞くことにした。散歩もした。読書もする。大好きな赤毛のアンの新訳。

 

6月24日 できたこと。小説の露和翻訳1㌻、ポッドキャストをシャドーイング、散歩、朝食用意の際にポッドキャストを聞いた。夕飯準備時にポッドキャスト。趣味の読書(赤毛のアン)

 

6月25日 できたこと。音読5ページ・尊敬する先輩が訳したロシア語の本の音読。アカデミックなロシア語に驚嘆。小説の露和翻訳。主人公の子供らしさが痛々しい。ポッドキャストをシャドーイング。分かりやすいを売りにしているポッドキャストなので、シャドーイングしやすい。フェイスブックの投稿を翻訳して、再投稿。自分の書いた手記をロシア語に翻訳。散歩。夕飯準備時にポッドキャストを聞いた。

 

6月26日 できたこと、音読。昨日と同じところを音読。難しい言葉につっかえる。小説露和翻訳。シャドーイング。ポッドキャストを朝版準備時に台所で聞く、分かりやすい。趣味の読書。

 

6月27日 できたこと。音読、滑らかに読めるようになってくるのが心地よい。小説の露和翻訳、さほど難しい単語もなく、スラスラと訳せる。訳す際に、音読するように心がける。自分の手記をロシア語に翻訳、感情をロシア語に表現するのは難しい。フェイスブック投稿記事をロシア語に翻訳。ロシア人の友人に読んでもらえるのはモチベーションになる。散歩。朝食、夕食準備時にポッドキャストを聞く。それぞれ、40分ずつくらい。読書。

6月28日 音読5ページますますスピードをあげて音読ができる。小説の翻訳露和。シャドーイングを40分間。手記の翻訳和露。駅から職場まで多少歩いた。朝食準備時のポッドキャスト40分。この日は土曜なので、2コマの授業をこなす。時間が少ないなか、ノルマをけっこう達成できている。土曜は帰宅が遅くなるので、夕飯づくりはしない。よって、ポッドキャストを聞かなかった。

 

6月29日 できたこと。露和翻訳・小説。シャドーイング、ポッドキャストを朝食準備時に聞いた。夕食時には忘れてしまった。もったいない。貴重な隙間時間なのに、ぼーっとしてしまっていた。この日は、最近授業を受けてくれる人の作文を添削してあげた。この人は、完全に独学でロシア語を勉強したという人で、2級試験を目指している。大体、独学でなんとかなるのは、4級くらいだから、驚異的な人だ。

 

6月30日 できたこと。露和翻訳はゴーゴリの狂人日記。以前の生徒さんが、「先生とロシア文学を読みたい」と言ってきたので、二人でゴーゴリを読もうと約束、癖のある文章に苦戦する。シャドーイングをポッドキャストで。一部10分くらいを同通練習にあてた。ロシア語の音読。本は先週と同じであるが、ページを変えての挑戦。難しい。つっかえる。また、フェイスブックの投稿を翻訳した。散歩。朝食準備時にポッドキャストを50分ほど。我が家では、夫が店で弁当を食べるので、朝のうちに昼食をつくってしまうから、昼食準備はない。朝食と夕食準備の貴重な隙間時間をロシア語を聞く努力。ロシア語シャワーを浴びていたら、何か変わってくるだろうか。時々、曖昧だったロシア語文法の確認ができたり、語彙を分かりやすく説明してくれるのを聞いて、納得したり。関心持てる話題を提供してくれるので、このポッドキャストはお勧めだ。

 イワン・ブーニンはノーベル賞作家です。ロシア出身ではありますが、フランスに亡命し、その後もロシア語で作品を書き続けていました。没後70年を経過したので、著作権は侵害していないと思うので、訳文を掲載します。この作品は私が生徒さん達と読了講座をした際に訳したものなのですが、雰囲気がとても好きな短編です。若い日々に焦がれるほど愛した女性と結婚することもなくずっと恋人同士でいた男性が主人公です。年月が経ち、狂おしく愛した女性も自分も年をとり、お互いの役割は変わっていった。最後の逢瀬で思い出が次々と男の脳裏に浮かぶ。二人はもう会うこともないのでしょうが、新しい人生に男も女も踏み出していくというようなお話です。情景が思い浮かぶような描写が素晴らしいです。(私がそれを表現できているとも限りませんが)拙訳ですが、是非、ご一読ください。

 

”最後の逢瀬“  

 

I

月の輝く秋のその夜は、寒く湿った風が吹いていた。ストレーシュネフは馬に鞍をつけるように使用人に命じた。

月光が、青く煙る一本の線のように、細長い窓を通して暗い馬小屋の中に差し込んでいた。その光は、馬の目を宝石のように煌めかせている。使用人は、馬に鞍橋の高い重みのある鞍をかけると、手綱を引き馬小屋から馬を連れ出して、尾をねじって結んだ。馬はおとなしかった。ただ、腹帯がつけられたのを感じたのだろう、肋骨のあたりを膨らませ、深く息を吐いた。馬の腹帯はボロボロだった。使用人は、留め金に腹帯をかろうじて通すと、それを歯でようよう引っ張り出した。

 尾の短い虚勢馬は鞍をつけられ、前より少し粋になった。馬を家の昇降口まで連れて行き、使用人は手綱を朽ちた柱に巻き付けて去っていった。馬は、長いこと柱を黄色い歯で齧りちぎろうとしていた。時おり、不満げに、嘶き、うなり声をあげた。馬のそばの水たまりには、緑がかった色を映した欠けた月が浮かんでいて、木のまばらな庭には透きとおった霧が降りていた。

ストレーシュネフが、鞭を手にして、昇降口に出てきた。鉤鼻で、後ろにそらした頭は小さく、やせて肩幅が広く背の高いその男は、茶色の上着につつんだ身のこなしが機敏で、細いウエストを銀の飾りのついたベルトで締め付け、てっぺんが赤いコサック帽をかぶっている。だが、月明りで見えたのは、生気がなく、風雪にさらされた相貌だった。ごわつき縮れた白髪交じりの顎鬚を蓄えており、首は筋張っていた。また、長いブーツは古びており、上着の裾には、野うさぎの血が随分前に固まって、黒いシミになりこびりついたままだった。

昇降口の暗い窓の通風口が開いた。

「アンドリューシャ、どこに行くの?」

「俺は、もう子供じゃないんだよ、母さん」と、ストレーシュネフは、しかめ面で言うと、手綱をとった。

通気口が閉まった。だが、家のドアがバタンと音をたてた。革靴でとんとんと音をたて、敷居の外側に出てきたのは、パーベル・ストレーシュネフだ。目が腫れて、むくんだ顔の男で、白髪をオールバックになでつけている。下着の上に古ぼけた夏用外套を羽織り、ほろ酔い加減で、いつものように饒舌だ。

「どこに行く、アンドレイ?」 嗄れ声で尋ねた。「ベーラ・アレクセーヴナによろしく伝えてくれよ、いつも心から尊敬しているとな」

「父さんが、誰かに敬意を払うなんてできるのか?」ストレーシュネフは応え、続けた。「それに、なんでいつも他人のことに首を突っ込むんだよ?」

「すまん、すまん!」パーベルは言った、「約束の逢引きに駆けつける若者よ!」

ストレーシュネフは歯を食いしばって、馬にまたがろうとしたが、彼の足が鐙に触れたとたんに、馬は活気づき、重い足運びでその場で回りはじめた。タイミングを計り、ストレーシュネフはさっと馬の背中にのぼり、軋み始めた鞍骨に腰をおろした。馬は頭をもちあげ、蹄で水たまりの月を蹴散らして、元気な側対歩で発進した。

 

II

そぼ濡れた月夜の野原にはあぜ道でヨモギが白く浮き上がっていた。不意に、しかし、静かに、羽の大きなふくろうがあぜ道から飛びあがった。すると、馬は断続的ないななきをあげ、跳び退いた。道は小さな森の中へと続く。そこは死んだように、雫に濡れ、月に照らされ寒々としていた。月は濡れたように輝き、落葉した裸木の間に見えかくれした。裸の枝が月の濡れた輝きと融け合い、やがて光の中に吸い込まれていった。ハコヤナギの樹皮が苦い匂いを放ち、峡谷には朽ちた葉の匂いがしていた。低地への坂道は白い霧にけむり、底なし沼のようだった。馬は、白い息を吐きながら、霜が下りてガラス細工のように煌めく低木の間を、かろうじて、縫う様に通り抜けた。蹄が小枝をぱりぱりと踏み割り、その音は遠く、山の斜面に広がる高い林の上で響いていた。突然、馬が耳をそばだてた。低地に明るい煙が立ちのぼると、肩幅が広く喉太で、しかし、足の細長い2匹の狼が姿を現した。ストレーシュネフが近寄よるまで微動だにしなかったが、突然跳びあがり、不器用にギャロップをして、山へ帰っていった。狼が駆けて行った先には、靄が白く立ち込め、草原が虹色に輝いていた。

「もし、彼女がもう一日居てくれたら……」と、ストレーシュネフは口にし、頭をそらし、月を見上げた。

銀色に光る霧の荒野の上に月が輝いていた。もの悲しくも美しい秋!

馬は、鞍骨をきしませ、力み、腹からうなり声をあげながら、流れにえぐられた窪み沿いに、高木の生い茂る密林へ向かってのぼっていった。すると、突然、足を滑らせ、どさりと地べたに倒れそうになった。ストレーシュネフは怒りで顔を歪め、力いっぱい、馬の頭を鞭でたたいた。

「う~!この老いぼれ!」、恨みがましい叫びは森中に響いた。

森の向こうには野原が広がっていた。刈り取られた後のソバ畑を覆う暗がりの向こうの斜面には粗末な田舎屋敷が立っている。なにかの付属の建物や藁葺の家もあった。月夜に照らされたその建物群はなんとも悲しげだった!ストレーシュネフは立ち止まった。もう遅い、もう遅いと感じられた。周囲のすべてが静まり返っていた。中庭に入っていくと、その家は暗かった。手綱を放り出し、ストレーシュネフは鞍から飛び降りた。馬はおとなしく頭をさげてそこに停まった。玄関の昇降口には、年老いた狩猟犬が、前足に鼻づらをのせて身を丸くしていた。

犬は動きもせず、ただ、眉をあげて、一瞥しただけだった。それでも犬はあいさつ代わりに尻尾を一回地面にうちつけた。ストレーシュネフが木陰に入ると、農家の物置からくみ取り便所の臭いが漂ってきた。玄関には薄明かりが灯り、冷たい結露がガラスを金色に輝かせていた。暗い廊下から、明るい色の薄い上着をはおった小さな女が静かに走り出てきた。ストレーシュネフは身をかがめた。女は、男のやせた首を、むき出しの腕で素早く固く抱きしめた。嬉しそうに、小さな泣き声をたて、彼の上着のごわついたラシャに頭を押しつけると、彼女の、子供のように高鳴る胸の鼓動が聞こえた。胸の十字架が触れる。それは、黄金の十字架で、祖母の形見であり、女の最後の財産だった。

「明日までいられるの?」早口のささやき声で彼女は聞いた。「ねえ、信じられないくらい幸せよ!」

「ベーラ、馬をつないでくるよ。」とストレーシュネフは、彼女を腕から離して言った。

「ああ、明日まで、明日までいるよ」と言った。

『まったく、日毎に、激していくんだな!タバコばかり吸って!あの深情けはなんだろう!』と思った。

ベーラの顔は柔らかく、白粉でビロードのように滑らかだった。彼女は、そっと、自分の首筋に、彼の唇を這わせた。そして、柔らかい唇で、彼の唇に濃厚に口づけた。露わな胸元に十字架が輝いていた。彼女は薄い肌着を身に着けていた。それは、大事な時のためにとっておいたたった一枚の虎の子だった。

「わかっていたんだ」と、若かった頃の彼女を思い出そうとしながら、ストレーシュネフは思った。

「15年前にちゃんとわかっていたさ、少しも迷うことなく、彼女との逢瀬だけに人生の15年を捧げるってことをね」

III

夜明け前、寝台近くの床には蝋燭が灯っていた。ストレーシュネフは、ゆるいズボンをはいたまま脇あきシャツの前をはだけていた。小さなかぎ鼻顔を重々しく薄明かりに向けて、頭の後ろに手を組み、仰向けで長々と寝そべっていた。ベーラは、膝に肘をついて、彼のそばに座っている。彼女の目は濡れて、赤く泣き腫らしていた。彼女はタバコをくゆらせ、ぼんやりと床をみつめて、足を組んだ。小さな足は、軽くてヒールの高いパンプスに包まれていた。彼女自身がとてもお気に入りのものだった。だが、彼女の胸の痛みは、彼女を悩ませいるのだ。

「私、貴方にすべてを捧げたわ」静かに言う彼女の唇は震え始めた。

彼女の声には限りない優しさと、子供のような苦痛が満ちていた。しかし、ストレーシュネフは目を開けて、冷たく聞き返した。

「何を捧げたんだ?」

「すべて、すべてよ。何よりも、誠を、青春を……」

「俺たちは、たいして若くもないさ」

「貴方って、なんて粗野で、鈍感なの!」ベーラは優しく言った。

「世界中の女が同じことを言うんだな。お気に入りの言葉なのさ、異口同音に言われてきた言葉さ。最初は感極まって、恍惚として言うんだ。“貴方ってなんて利口で、鋭敏なの!ってね。後になると、“粗野で、鈍感ね!ってね」

彼女は、さめざめ泣きながら、彼の言葉を聞いてなかったかのように、静かに続けた。

「私の人生、何もなくてもかまわないわ、でも、音楽だけは、好きだった、とても好きなのよ、少しでもいいから、何か成し遂げられたら……」

「ああ、音楽じゃあないだろう。パダールスキーが来たとたん……」

「ひどいわ、アンドリューシャ……私は今や、哀れな大学の雇われピアニストなのよ、一体どこで! ずっと憎んできた、忌々しいこの街のどんなところにも、私に平穏と家庭とを与えてくれる人なんて見つからなかったろうし、これから見つけられるとでも言うの? 私を愛し、大事にしてくれる人を? でも、私たちの愛の思い出だけは……」

ストレーシュネフはタバコに火を点け、ゆっくりと、言葉を区切りながら、答え始めた。

「ベーラ、俺たちは、貴族の子孫だから、単純に愛するってことができないのさ。愛は俺達には毒なんだよ。君じゃなくて、俺が、自分で自分を破滅させたってことさ。15~6年前、俺はここに毎日やってきて、君の家の玄関前で夜明かしすることも辞さなかった。あの頃の俺はまだ子供で、夢中だったし、甘ったるいばか者だったのさ……」

巻きたばこが消えた。ストレーシュネフは遠くへそれを投げ捨てた。天井を見上げ、腕を脇にぶらりとおろした。

「先祖の愛、青の背景に金紙で縁どった楕円形の先祖の肖像画……古代の家庭の庇護者達グーリイ、シモン、アヴィヴの聖像……俺たちじゃないなら、運命を定められたのは誰なんだろう? 俺は詩を書いたんだよ

君を愛して、僕は夢想者に憧れた

百年前にここで愛に溺れ

夜ごと荒れ果てた庭を歩き、

星が光ろうと、それを見ることもない愛の夢想……

ストレーシュネフはベーラをみて激しい口調になった。

「どうして逃げた?誰の為だ!自分の生まれたところから、自分の種族からなぜ逃げた?」

「俺は、恍惚として、敬愛して君のことを、妻を思うように想ってきたよ。だが、そんな運命が訪れたか?君は俺にとっての何者になったんだ?妻だとでも言うのか?若さもあった、喜びも、純粋さも、頬の赤さも、バチストの脇開きシャツも…毎日君の家にきて、君のドレスや、バチストの薄い若々しいドレスを見ていた。君の太陽に焼けて黒いむき出しの腕、祖先の血をひく浅黒い腕を愛でたんだ。そしてタタールの輝く瞳、俺を見ようとしない瞳をね! 木炭の黒髪に、君のあの頃の愚かで、驚いたような、でもうっとりするようなあの微笑みに、黄色いバラを捧げた日々。君が、他の男のことを考えながら、庭の小道を通って、俺から離れていっても、遊んでいるふりをして、クロケットの球を追っていても、バルコニーから君のお母さんの侮辱的な言葉を聞いたりすることも、俺にとっては…

「母だから。私がなにかも悪いんじゃないわ」 やっとのことでベーラは口にした。

「違う!君が最初にモスクワに行った時のことを覚えているかい?支度をしていて、ぼんやり何か歌っていただろう、俺を見ようともしないで、夢見心地に。幸せを確信していたのか?俺は、君たちを馬で送っていったんだ、澄んだ寒い夜だったよ。冬麦の若い芽が輝いていた、切り株がばら色を帯びていた、車両の開いた窓にはカーテンが引かれていた、ああ!」     

ストレーシュネフは恨みがましく、涙をためながら言った。そして、再び枕につっぷした。

「君の手から俺の手に移り香が残った、クマツヅラの香りだったよ。その移り香が手綱や、鞍、馬の汗と混じりあったんだ。俺は、いまだにその匂いを感じるんだ。薄明かりの中を大きな道を通って帰り、そして、泣いたよ。もし、すべてを、自分の人生のすべてを捧げた人間がいたとしたら、それは、俺さ!この老いぼれの飲んだくれさ!」

そして、頬や、口髭を伝わる塩辛く温かい涙を唇に感じながら、ストレーシュネフは足を寝台から投げおろすと、部屋から出て行った。

月が沈んだ。もろく白い霧が、死んだように青ざめ、草原の斜面に降りていった。その向こうには、赤紫色の朝焼けが一面に広がっていた。冷たく黒い森の中、干し草小屋の雄鶏が鳴くのが遠くに聞こえた。

ストレーシュネフは、靴も履かずに、昇降口の階段に座った。薄いシャツの下で、湿った空気が体を突き抜けるのを感じていた。

「もちろん、あの時からお互いの役回りは変わったけどな」と、彼は静かに吐き捨てるように言った。

「今となっては、もう、どうでもいいさ、終わりだ……」

 

IV

朝、寒い玄関横の控えの間で、大きな長持ちをテーブル代わりに、二人はお茶を飲んだ。サモワールが長持ちの上に置いてあった。そのサモワールは薄汚れ、錆びて緑がかり、ずっと前からくすんでいた。窓にびっしり張りついていた冷たい結露が上のほうからぽたぽたと水滴になって落ちてきた。窓の外には、厳寒の朝が光り輝き、色あせてところどころ残る緑の間に曲がった木が見えた。起きたばかりでむくんだ顔をした赤毛の女が裸足で入ってきて、言った。

「ミートリーが来ました」

「待たせておけ」と、顔もあげずに、ストレーシュネフは言った。

ベーラも顔をあげなかった。彼女の頬は一晩でこけてしまった。目の下や瞼の周りが黒ずんでいた。でも黒いドレスは彼女を若く美しくみせていた。白粉が黒髪に映え、顔はばら色に見えた。痩せてごつごつしたストレーシュネフの顔は生気を失っており、彼は頭を後ろにそらしていた。ごわごわの縮れたグレーの顎鬚の間から太いのど仏が見えていた。

 

中庭から見える空低く太陽がぎらついていた。昇降口には雪が積もり白髪をまとったようだった。雪の結晶が草の上に散らばり、中庭で散乱しているキャベツの灰青色の葉の中にも白い雪が積もっていた。

どんよりした目の男が、霜で覆われた藁が積まれた4輪馬車で昇降口にやってきた。男は、パイプを歯でくわえ、4輪馬車の周りを歩きまわって、藁を押し固めていた。男の肩のまわりに紫色の煙が漂っていた。

ベーラは、高級そうで軽いが、使い古して、流行おくれの毛皮のコートを着て、錆色の硬い繻子の花飾りがついた黒い麦藁帽子をかぶり、昇降口に出てきた。

彼女を送るために、ストレーシュネフは霜のおりた村の道を通り、大きな道に出た。4輪馬車の後をついていくと、ストレーシュネフの馬が藁に身を乗り出した。鼻づらを鞭で打つと、馬は頭を持ち上げ、苦しげに唸った。馬もストレーシュネフもゆっくりと歩みを進め、黙していた。猟犬が、ストレーシュネフの後ろにつきまとうように、屋敷から走り出てきた。低い太陽が照りつけ、空は穏やかで晴れていた。

大きな道に出ると、百姓男が突然言った。

「お嬢さん、うちのせがれをまた夏に貴女のところに寄越しますよ、貴女のところで牧童をさせますから」

ベーラは、はにかんだ笑みを浮かべ振り返った。ストレーシュネフは帽子をとり、鞍から身を乗り出して、彼女の手をとると、長い口づけをした。彼女は彼の白髪交じりのこめかみにぴったりと唇をつけて言った。

「元気でね、愛しい人。悪く思わないで」

4輪馬車は大きな道を速歩で走った。大きな音があたりに響いた。

ストレーシュネフはUターンし、刈り取られた後の畑の中を引き返していった。金色の野原の中にはっきりと姿を浮かび上がらせ、犬が遠くから彼を追ってきた。ストレーシュネフは立ち止まり、鞭で犬に脅しをかけた。犬は立ち止まると、そこに座り込んだ。

「俺はどこに行くんだ?」あたかも犬が聞いているかのように独り言を言った。そして、ストレーシュネフが動き出したとたんに、犬は急がず、軽いだく足で、また走り出した。彼は遠い駅のことや、輝くレールのこと、煙や、南へ走り去る汽車のことを考えていた。

ストレーシュネフは、ところどころ石が散らばる草の枯れた原っぱに降りて行ったが、そこはかなり暑かった。秋の日が、青く澄んだ空を背に静かに輝いていた。草のない原っぱ、峡谷、ロシアの大草原は深い静寂に支配されている。あざみの綿毛がゆっくりと風に乗って飛んでいた。数羽のカワラヒワが綿毛の上に止まっていた。鳥たちは、時たま空を飛び、穏やかで美麗な幸福の人生を生き延びながら、日がな一日じっとしていることだろう。

1912年8月12日カプリにて

ロスチャイルドのバイオリンを深く読み込むために翻訳をしました。(自分で翻訳したものですので、翻訳著作権は侵害してないと思います)

この作品を読んで衝撃を受けました。人は人生でどれだけ後悔を吞み込んでいることでしょう。後悔しても人生は逆転しない。それを人生の終わる時にその後悔をすべて気づいてしまったらどれほど不幸でしょうか。この物語の主人公ヤコフにはマルファと言うかけがえのない妻がいたのに、顧みることがなかった。もし、もっと早く彼女の存在の大事さを認識していたらヤコフの後悔はなかったかもしれない。損だ損だとばかり考えてきた人生だったかもしれないけれど、妻との優しい生活があったら貧乏のどん底だってどんなに心は豊かに暮らせたかわからないのに。私はこの物語の主人公ヤコフのように、ああ損した、ああ駄目だった。ああ、私は何のためにと嘆いてばかりいたけれど、私にはかけがえのない人生の伴侶がいるんだ。彼と温かい生活をしていこうと思えました。ぜひ、拙訳ですが、ご一読ください。

 

 

 

ロスチャイルドのバイオリン

 

町は小さく、村よりもひどかった。住んでいるのは年寄りばかりで、めったに死なないのが忌々しくさえある。だから病院にも監獄にも棺はあまり必要なかった。一言でいうと、商売は悲惨だった。ヤコフ・イワノフが県庁所在地の棺桶屋だったなら、おそらく、彼は家を持ち、ヤコフ・マトヴェイチと呼ばれてしかるべきだったろうが、町では彼はヤコフとしか呼ばれず、通り名はなぜか、ブロンズだった。暮らし向きは貧しく、水吞百姓よろしく小さく古びた百姓家に住んでいて、家には一間しかないのだった。その一間にはヤコフとマルファがいて、ペチカ、ダブルベッド、棺、仕事台に世帯道具が詰め込まれていた。

ヤコフは上等で頑丈な棺桶をつくる。百姓や町人たちの棺桶をヤコフは自分の背丈に合わせてつくったが、一度としてしくじることはなかった。というのも、ヤコフより上背があってガタイのいい人間は何処にもいなかったからだ。それは監獄にしたって同じことだったし、ヤコフがもう齢70に達していたとしてもである。金持ちや女の棺桶は寸法を測った。その場合には鉄の物差しを使っていた。子供用の棺桶の注文を受けるのはさも嫌そうだった。ヤコフは軽蔑でもしたかのように測りもしないで直につくった。そして、毎回金を貰う時にこう言うのだ。

「正直言ってさ、つまらん仕事はしたくないのさ」

職人技以外にヤコフにちょっとした収入をもたらしているのがバイオリン演奏だった。町で結婚式が行われる時には通常ユダヤ人オーケストラが演奏した。そのオーケストラを率いているのはモイセイ・イリイチ・シャフケスだった。彼は利益の大半を自分の懐に収めていたのだが。ヤコフはバイオリンの腕がよかった、特にロシアの歌を上手く演奏したので、シャフケスは時々彼を日に50カペイカ払ってオーケストラに招いていた。客からのチップは別だった。ブロンズがオーケストラで演奏していると、すぐに汗をかき顔が上気するのである。暑かったし、むせ返るほどにんにくの匂いがした。バイオリンはキーキーと音をたて、右の耳元ではコントラバスが嗄れ声をあげ、左側ではフルートが泣いていた。フルートを吹いているのは赤毛で痩せたユダヤ人の男で赤やら青やらの血管が顔中に浮き出ているのだが、有名な金満家のロスチャイルドと同じ苗字だった。そしてこの忌々しいユダヤ人は最大限に楽しい曲さえご苦労にも悲しげなものにしてしまうのだった。なんの意味もなくヤコフはちょっとずつユダヤ人らに対して憎しみや軽蔑を持つようになっていった。特にロスチャイルドには目立ってそうだった。ヤコフは難癖をつけたり、汚い言葉で罵ったりしはじめた。一度などは殴りかけたりもした。ロスチャイルドのほうは気を悪くして、ヤコフを凶暴な目でにらみながらつぶやいた。

「もし私が貴方のバイオリンの才能に一目おいてなかったら、とっくの昔に窓の外にぶん投げていますよ」と言って泣いた。

だからブロンズがオーケストラに招かれることはそう頻繁ではなかった。ユダヤ人の中から人が見つからず、どうしても必要に迫られたときにだけ参加するといった具合だった。

ヤコフは機嫌がいいということが全くなかった。それはヤコフがいつもひどい損失を被っていたからだ。例えば、日曜と祝日に働くことは罪深いことだった。月曜は気分の重い日である。このようにして年間に200日近くは手をこまねいている日があるのだ。なんという損失か!もし誰かが町で結婚式に音楽をいれないか、あるいはシャフケスがヤコフを招かなかった場合は、これだってやっぱり損失だ。警察長官が二年も病に侵されていて衰弱してしまった。そしてヤコフはいまかいまかとその人が死ぬのを待っていた。しかしそのお偉方は県庁所在地へ治療に行き、そこで死んでしまったのだ。これも損失だ。少なくとも10ルーブルくらいは損したろう。というのも金襴を張った高い棺をつくるはずだったろうからだ。損失に関する思念は散々にヤコフを苦しめた。それは特に夜に襲ってきた。様々なつまらないことが頭を駆け巡る時などは、彼は寝床で隣にバイオリンを置いて寝た。弦に触ると、バイオリンは暗闇で音を響かせた。そうするとヤコフは少し気が楽になるのだ。

昨年の5月6日マルファが突然病みついてしまった。年老いた妻は苦しそうに息を継ぎ、水をたくさん飲んで時々ぐらついていた。しかしそれでも朝になると自分でペチカに火を起こし、水を汲みにいきさえした。そして夜になると床にふさってしまった。ヤコフは一日中バイオリンを弾いていた。全く暗くなってしまうと毎日損失を書き留めているノートを手にとり、退屈しのぎに年間の損失合計を計算し始めた。3千ルーブル以上になった。これにはヤコフは震撼してしまった。計算書を床に投げつけると足で踏みつけた。また計算書を拾い上げると指で弾いて深く張り詰めたようなため息をついた。ヤコフの顔は上気していて汗で濡れていた。もしこの損をした数千ルーブルを銀行に預けていたら、少なくとも40ルーブルは利息がついたろうにと考えた。一言で言うと、どっちを向こうが、損だらけなのだった。それ以上なにもなかった。

「ヤコフ!」とマルファが突然声をかけた。「私、死ぬわ」

ヤコフは妻をみやった。彼女の顔は熱でバラ色に火照っていた。いつもとは違って表情がはっきりとして喜んでいるような顔だった。ブロンズは青白くて弱々しく不幸そうにみえる妻の顔を見慣れていたので、今度ばかりは困惑した。彼女は実際に死にかけているようだと思われた。そして、あたかもこの百姓家から、棺桶屋から、ヤコフから永遠に逃れられるのだと喜んでいるかのように見えた。そして彼女は天井を見上げ唇をぴくぴくと動かしていた。表情は幸福げで、まさに死という名の彼女の救済者が目に映り、その救済者と言葉を交わしているのである。

もう夜明けだった。窓には朝焼けが燃えていた。老妻に目をやりながらヤコフはなぜか思い出していた。一生涯で、彼が思うに、一度として妻に優しくしたことがなかった、憐れんだこともなかった、一度としてスカーフを買ってやろうとか、結婚式から何か甘いものでも持ち帰ってやろうとしたことなかったと思った。それどころか、妻に怒鳴り声をあげ、損をしたと罵り、拳骨を握って妻に殴りかかる始末だ。実際には一度も殴ったことはなかったのだが、脅したことはあり、そのたびに彼女は恐怖ですくみあがっていた。それに、お茶を飲むように勧めもしなかった。それでなくても費用がかさむからだった。だから彼女はいつもお湯を飲んでいた。そしてヤコフはどうして妻がこんなみょうちくりんな嬉しそうな様子なのか理解した。ヤコフは慄然とした。

朝になるのを待って、彼は隣人に馬を借り、マルファを病院に連れて行った。そこには患者は多くなかったのでさほど待つこともなかった。3時間ほどで済んだ。ヤコフはとても満足したのだが、今回は患者を診るのが医者ではなくて、(自分が病気だということだったが)、看護長のマクシム・ニコライチだった。この人は老いて、町中で飲んだくれで喧嘩ばかりしているが、医者よりもよくわかっていると、噂の人物だったのだ。

「こんにちは、お願いします」と、老婆を受付に連れて行きながらヤコフは言った。「すいません、ご面倒掛けます。マクシム・ニコライチ、つまらんことをすいません。うちのが病気になりまして。人生の伴侶ってやつでして。すいません、無粋な物言いで」

白髪交じりの眉毛をしかめ、頬髯をなでながら、看護長は老婆を診察しはじめた。だが、彼女のほうは腰掛に背中を曲げて座っている。やせぎすで、鼻はとがり、口をぼんやりと開けている横顔は水を飲みたがっている鳥みたいだった。

「うーん そうさな」看護長はゆっくりとつぶやくとため息をひとつ吐いた。「インフルエンザだな、それか、熱病かもな。今、町じゃあチフスが流行っているんだよ。さてさて。婆さんは、おかげさんでこれまで暮らしてこれたんだ。いくつだい?」

「70にひとつ足りない年でさあ、ニコライチ」

「そうかい!長生きしたもんだな。そろそろ覚悟のし時だな」

「そりゃ、もちろん、ごもっともなことを言いなさる。マクシム・ニコライチ。と、ヤコフは尊敬をこめてほほ笑みながら言った。「貴方のお優しさには感激するほど感謝してますよ。でもね、お言葉ですが、どんな虫けらだって命が惜しいんですよ」

「そんなどころじゃないよ」と、看護長はあたかも婆さんの生き死には彼にかかっているとでも言った口調で言った。「だからな、頭に冷たい湿布をあててやっておくれ。それとな、これが2日分の粉薬だ。それじゃあごきげんよう」

彼の顔つきからヤコフは、見込みは悪く、どんな粉薬も助けにはならないだろうと理解した。彼にもう明らかになったのは、マルファは死ぬし、それもごく近いだろう、今日明日ということなのだろう。彼は軽く看護長をひじでつつくと、ウインクをしてひそひそ声で言った。

「マクシム・ニコライチ、婆さんに吸い玉をつけるのはどうです?」

「そんな暇ないよ。婆さんを連れて帰ってくれ。さよなら」

「お慈悲です。」ヤコフは懇願した。「ご自分だってご存じでしょう、もし婆さんの腹や内臓がどれか病んでいるなら、粉薬や水薬もいいでしょうが、なんたって婆さんは風邪なんです。風邪の時真っ先にするのは、血を出すことでしょう。マクシム・ニコライチ」

看護長はもう次の患者を呼んでいた。診察室には少年を連れた女が入ってきた。

「帰った、帰った」顔をしかめて、彼はヤコフに言った。「事を面倒にするなよ」

「だったら、ヒルでもつけてくださいな、一生恩に着ますよ!」

看護長は激怒して叫んだ。

「まだ言うか!どあほうが!」

ヤコフも激怒して真っ赤になった。しかし一言もしゃべらず、マルファの手をとると、診察室から連れ出した。荷車に乗ったとたんに、彼は厳しく皮肉っぽく病院のほうを見やっていった。

「よくもあんなのを置いたもんだ、ペテン師どもを!金持ちだったら吸い玉をつけたろうに、貧乏人にはヒル一匹もけちりやがって。人でなしめ!」

家についた時、マルファは百姓家に入ると、ペチカにつかまって10分くらい立ち尽くしていた。もし横になったら、ヤコフが損のことを言い出してただ寝ていて働かないと責めだすと思ったのだ。しかしヤコフは彼女を憂いの目で見やっていて、明日が聖者ヨアンの日だし、明後日は奇跡者ニコライの日、その翌日は日曜で、次は月曜日で気の重い日だと思い出した。四日間は仕事をできない、だが、おそらく、マルファはこの4日のいずれかで死ぬだろうと思われる。つまり棺をつくるなら今日しかないのだ。彼は鉄の状差しを手に取ると、老妻の側に歩み寄り、彼女の寸法をとった。そのあとマルファは横になり、ヤコフは十字を切ると、棺を作り出した。

仕事が終わった時、ブロンズは眼鏡をかけノートに書き留めた。

「マルファ・イワーノヴァに棺 2ルーブル40カペイカ」

そしてため息をついた。老妻はずっと黙って目をつぶって横になっていた。しかし、夜になって辺りが暗くなると、彼女は老夫を呼んだ。

「ヤコフ、覚えてるかい?と、彼女は、うれし気に夫を見て、聞いた。「覚えている? 50年前に神様が私たちに金髪の子供を授けてくれたでしょう?あの頃、私たちは川岸に座って歌を歌ったね。柳の下で。辛そうに苦笑いすると、彼女は付け加えた。「娘は死んでしまった」

ヤコフは記憶を一生懸命たどった。しかしどうやっても子供のことも、柳のことも思い出すことができなかった。

「それはお前が幻をみてるんだろ」と彼は言った。

神父がやってきて、話をはじめ、そして塗油式を行った。その後、マルファはなにかぶつぶつ不明瞭なことをつぶやき、朝になると死んだ。

隣人の女達が老婆を浄め、式服を着せて棺に納めた。坊さんに余計な金を払わないために、ヤコフは自分で詩篇を読んだ。そして墓代はとられなかった。墓守がヤコフの名付け親だったからだ。4人の男が墓場まで棺を運んだが、金をとらなかった。親切心でそうしてくれたのだ。老婆の棺の後ろを貧民、狂人が二人歩いた。行きずりの人たちが信心深く十字を切ってくれた。ヤコフはとても満足だった。なぜかというと、すべては公正に、上品に安く誰にも迷惑を掛けずに済んだ。最後にマルファとお別れをして、彼は棺を手で触り思った「上等な仕事だ」

しかし、墓地からの帰り道、強い憂愁が襲った。なんだか気分がすぐれなかった。吐息が熱く重たかった。足に力がなく喉が渇いた。そうしてるといろんな思いが頭に浮かんだ。またしても、生涯でマルファを哀れに思い優しくしなかったと思い返した。彼らが同じ屋根の下に一緒にいた52年間は長い長い時間だった。しかし、彼女のことを一顧だにせず、注意を払ってこなかった。まるでネコかイヌに対するような態度だった。なのに彼女は毎日ペチカを焚き、煮焚きをしたし、水を汲み、薪を割った。同じ寝台で一緒に眠った。結婚式から酔っぱらって帰ってきた時には、毎度、大事にバイオリンを壁にかけてくれて、彼を寝かしつけてもくれた。それもいつも黙って、弱々しい、心配げな表情を浮かべてそれをしてくれていたのだ。

ヤコフに向かって、微笑みお辞儀しながらロスチャイルドがやってきた。

「私、あなたを探してたんですよ。おじさん」と彼は言った。モイセイ・イリイチからよろしくとのことです。すぐに彼のところに来てくださいとのことです。

ヤコフはそれどころではなかった。彼は泣きたかったのだ。

「あっちへ行け!」彼は言うと先へ進んだ。

「どうしてそんなこと言うんです?」ロスチャイルドは不安を抱いて、前に駆け出してきた。「モイセイ・イリイチが気を悪くしますよ。彼らはすぐに来るように頼んでるんですから」

ヤコフは彼が喘いでいて、目をしばたたかせ、そしてたくさんの赤いそばかすがたくさんあるのに嫌悪を感じた。そして彼の暗い布のつぎあてがついた緑のフロックコートと、彼の壊れそうなデリケートそうな体つきを嫌な目つきで見た。

「なんで首突っ込んでくる?ニンニク野郎」ヤコフは叫んだ。「つきまとうな!」

ユダヤ人は激怒して自分も叫んだ。

「もう少し、落ち着いてくださいよ!じゃないと塀の向こうに飛んでくことになりますよ!」

「さっさと失せろ!」ヤコフは吠え始めた。拳を握って彼にとびかかった。「汚い野郎のせいで生きるのも嫌気がさす!」

ロスチャイルドは恐怖で固まってしまい、腰を落とし、殴られるのから守ろうとするように頭の上で手を振り回した。その後飛び上がって向こうへ一目散に駆け出していった。走りながら彼は飛び上がったり、手を打ったりしていた。彼の長い痩せた背中が震えているのが見えた。

少年たちはことを見て喜び、ユダヤ、ユダヤと叫びながら彼の後を追いかけた。犬たちも吠えながら彼のあとをついていった。誰かが笑い声を立て、つづいて口笛を吹いた。犬は一層大きく吠え、声を揃えていった。その後、きっと、犬がロスチャイルドに嚙みついたのだろう。絶望的で病的な叫び声が聞こえたのだから。

ヤコフは牧場をぶらついた。その後足の赴くままに町のはずれまで行った。少年たちが叫んだ。「ブロンズが行くぞ、ブロンズが行くぞ!」そこには川があった。シギがピーピーと鳴きながら飛びまわり、カモがガーガーと鳴いていた。太陽がじりじりと焦がれていて、水面に光が反射し、見ていられないほどだった。

ヤコフは河岸に沿って小道を通り過ぎていった。そして水浴場は丸々とした頬の赤いご婦人が出てくるのを見て、彼女について思った。「そら見ろ、かわうそめ」水浴場から近いところで少年達がザリガニを捕っていた。ヤコフを見ると、彼らは意地悪そうに「ブロンズ!ブロンズ!」と叫んだ。そうしているとネコヤナギのひらぺったい古木があった。木には大きな空洞があり、中にはカラスの巣があった。突然ヤコフの記憶の中で、生きているかのように、金髪の赤ん坊が大きくなった。そして、マルファが言っていたネコヤナギも現れた。そうだ、これはあのネコヤナギだ。青々とした、静かで、悲し気な。なんて古い木になったのだ、可哀そうに。

彼は木の下に座り思い出をたどった。向こう岸は灌漑牧草地になっているが、あの頃は大きな白樺林があったのだ。向こうにある水平線に見えている裸山にはすごく古い松林が青く見えていた。

川には前は、はしけが行き来していた。今では川岸はまっすぐで滑らかだった。向こう岸には一本だけ白樺が立っている。若くてほっそりとしたまるでどこかのご令嬢のようだ。川にはカモとガチョウがいるだけだった。かつてはしけが走っていたとは思えなかった。昔と違って、ガチョウが少なくなったように感じられた。ヤコフは目を閉じると、彼の想像の中で彼に向かって大きなガチョウの群れがいくつか飛んできた。 

一体どういうことだろうと全く彼には訝しい思いだった。というのもこの4~50年というもの一度もこの川にこなかったというのだろうか、いやもし、来ていたとして、川に注意が向かなかったというのか? 

この川は結構立派な川だし、魚釣りもできる。釣った魚は商人に売ってもよいし、官吏や駅のビュッフェだって買ってくれるだろう。そして銀行にその代金を預けてもいい。ボートに乗って屋敷から屋敷へ移動し、バイオリンを弾くのも一興だ。いろんな身分の人が金をくれたろう。はしけ船を曳いてもよかった。それなら棺桶をつくるより良かったろうし、それとも、ガチョウを飼っては、潰して、冬にはモスクワに行ってもよかった。きっと羽だけでも年に10ルーブルくらいにはなったろう。だが、男はぼーっと生きて、何もしなかった。

なんていう損害だ、なんてこった、こんな大損!もしも全部やってたら、魚もとって、バイオリンも弾いて、はしけ船も曳いて、がちょうをつぶしてたら、どれだけ資金をため込めたか!しかし夢にさえ思い浮かぶこともなかった。利益もなく人生が過ぎていった。なんの喜びもないまま、無為に過ぎていったんだ。ひとつまみのカギ煙草ほどの価値もなく、前途にはなにも残っていない。過去を振り返ってみれば、何もない。損以外、この恐ろしい損以外なにもない。おぞけさえ走るほどだ。

どうして人は損失や損害なしに生きることができないのだろう。白樺や松林はどうして切り倒されたのだろう。牧場はどうして遊んだままになっているんだ。どうして人々は必要もないことばかりやっているんだ。

なぜ、ヤコフは一生怒鳴ったり、吠えたり、拳を握って人を攻撃したり、妻を侮辱したりしたのだろう。何の必要があってさっきのユダヤ人を脅したり、辱めたのだろう。どうして人々はお互いに邪魔ばかりするのだろう。どれだけ損をするかわからないというのに。なんという損害か。憎しみや悪意がなかったら、人々はお互いから巨万の利益を得るだろうに。

その日の夕方と夜、彼は、赤ん坊、柳の木、魚、ガチョウの死骸や水を飲みたがっている小鳥そっくりのマルファのこと、青ざめて、哀れな顔のロスチャイルドを夢にみた。四方八方からいろんな顔が迫ってきて、損だ損だとヤコフに呟いていた。ヤコフは右に左に寝返りをうち、バイオリンを鳴らすために5回くらいは寝床から起き上がった。

朝になり力を振り絞って起き上がり病院に行った。マクシム・ニコラィチが頭に冷たい湿布を当てなさいと言って、粉薬をくれた。表情や口ぶりから言って、ヤコフはよくないのだと悟り、どんな粉薬も効かないとわかった。

家に帰り、彼は、死がもたらすものは利益しかないと納得した。もう食べなくていいし、飲まなくていい、金を払わなくていいし、人を侮辱もしなくていい。一年といわず、百年でも、千年でも墓穴に寝ているだけだから、利益は計り知れない。死ぬのは惜しくもなかったが、バイオリンを見たとたんに、心臓がしめつけられ残念な気持ちがした。棺桶にバイオリンをもっていくことはできない。バイオリンは孤児になってしまう。バイオリンもあの白樺林や松林のようになってしまう。この世のすべてが消滅した。もっと消滅してしまう! ヤコフは百姓家から出ると胸にバイオリンを押し当て敷居に腰かけた。過去を思い、損だらけの人生を思い、彼は何を弾いてるかわかりもせず、演奏し始めた。だが、悲し気で、感動的な曲になった。彼の頬を涙が伝った。彼が思いを強くするとそれにつられるようにバイオリンは悲しく鳴り響いた。

扉の掛け金が、一二度きしんだ。くぐり戸にロスチャイルドが姿を見せた。中庭を半分ほど勇敢に進んできたが、ヤコフを見ると急に立ち止まった。全身を縮こまらせ、おそらく恐怖からだろうが、指で今一時だと示したいのか、手でサインを出していた。

「こっちこい、なにもしない」とヤコフは優しく言って、自分のほうに手で招いた。「来いよ」

疑り深かそうに、恐怖の目で見やりながら、ロスチャイルドは近づいてきて2メーターくらいヤコフから距離をとって立ち止まった。

「どうか、お慈悲を。ぶたないでください」と、腰を下ろしながら言った。モイセイ・イリイチがまた行ってこいというのです。怖がらないで、ヤコフのところまでもう一度行って、ヤコフがいないとどうにもならないと言ってこいというんですよ。水曜に結婚式があるんです。シャポヴァロフが娘をいい家に嫁にだすんです。結婚式は豪勢なものになります。ウーウ。と言うと彼は目を片方細めた。

「無理だ」ヤコフは、苦しそうに息をしながら言った。「病みついたんだよ、兄弟」。

そしてまた弾き始めた。涙が目からバイオリンに落ちていった。ロスチャイルドは彼の傍らに立ち、胸のところに腕を組んで注意深く聴いていた。驚いた、理解できないといった彼の表情は、少しずつ、痛ましい、苦し気な表情に変わっていった。彼は目を白黒させた。それは苦しい有頂天を感じているとでも言ったようなものだった。そして「わー」とつぶやいた。涙がゆっくりと彼の頬に伝り、それは緑のフロックコートに滴り落ちていった。

その後ヤコフは一日中横になって寂寥を味わっていた。夜に神父がやってきて、懺悔を聞きながら、彼に特別に罪を犯した覚えはあるかと聞いた時、彼は薄れゆく記憶をたどると、またしてもマルファの顔と、犬に嚙まれた時のロスチャイルドの絶望的な叫びを思い出した。そして辛うじて聞こえる声で言った。

「バイオリンをロスチャイルドにやってください」

「よろしい」神父は答えた。

それから町では皆がロスチャイルドはどこであんなよいバイオリンを手に入れたんだと聞いた。買ったのか、盗んだのか、それとももしかしたら質草として手に入れたのか。

彼はだいぶん前にフルートをやめて今はバイオリンだけを弾いている。

弓からも、以前にフルートで奏でていたような悲し気な音が響いていた。しかし、彼が、ヤコフが敷居に座って演奏していた曲を再現すると、なにやら憂鬱な痛ましいものが醸し出される。そして聴衆は泣き、彼自身が曲の終わるころには目を白黒させ、「ワー」というのだった。この新しい曲は町でたいそう人気が出たので、ロスチャイルドは商人や官吏に休憩時間に招かれ、その曲を10回ずつ演奏させられるのであった。

 

 

 

 

今日はレッスンで生徒さんと読んだのがチェーホフの「ロスチャイルドのバイオリン」です。奥深いですね。だいぶん前にチェーホフの金言として以下の言葉に出会ったことがありました。

「なぜ人間たちはお互いに生きてゆく邪魔ばかりするのだろう。その為にどんなに損をすることか。もし憎悪や悪意がなかったら、人々はお互いに計り知れない利益をあげることができたろうに」

この短編の中にあったんですね。

主人公のヤコフは妻が死んでから、自分がとんでもない大損の人生を生きてたと思うようになる。そこで出たのが金言の言葉だ。損得勘定ばかりしてきたヤコフは人生を振り返ってみても損だったと感じるのだが、もう長くないとわかった時に、死んだらもう飲み食いしないから丸儲けだと考える。最後に大事にしてきたヴァイオリンを譲る相手は自分がひどい目に合わせた男だった。生きた証を託したのだ。人一倍憎悪と悪意を抱えて生きてたのはヤコフ自身だったが、最後に一つ善を積んだのかな。

波乱万丈じゃない人生なんてつまらない。のめり込ませてくれる人を梅は探していた。

 梅は独身のOLだ。大学を卒業してから独り暮らしをしている。平均的独身女子だ。そして、26歳に至る今日まで彼氏ができたことがない。

 梅は、美人というわけでもないが10人並みの容姿をしている。気立ても悪くないが男性から告白を受けたこともなければ、食事に誘われたこともない。いつもつるんでいるのは、同期入社の舞だ。

 隣の席からこそこそと舞が囁く。梅は、PC画面から目を離すこともなく、企画書を仕上げることと舞のくだらないお喋りの相手を両立していた。

 「ねえ、梅! 新入社員の小池君、可愛いわよね?」

 「そう? 普通でしょう? 舞ってすぐ年下の子に色目使うけど、なにがいいの?」

 「だって! 手つかずで、私色に染められるじゃない!」

 「へ~、何も悩まないで生きてきた子供の延長みたいな男のなにがいいの?」

 「梅こそ、バックボーンが複雑な男がいいとか、腹に何か飼っている男が痺れるとか、私からしたら、そんな男よほど老人か、活字の世界にしかいないと思うよ」

 「私、何も乗り越えてこなかった男なんて全然惹かれないんだもん」

 「そんな非現実的なことばっかり言っていると行き遅れになるよ」

 「全然、平気よ」

 「ねえ、加藤さんが見てるわよ。多分、梅に気がある」

 「よしてよ! ミスター平坦人生には用がないのよ」

 梅は、パチパチとキーボードを叩きながら鼻で笑った。

 梅は行き遅れるなんて気にしていない。好きでたまらない人じゃないと駄目だから。そして、梅にはいるのだ、その大好きな人が。でも、その人は現実には存在しない。それはアニメ鬼滅の刃の登場人物の一人、宇髄天元だから。

 アニメは作画が凄く綺麗で、正月休みに一気に全部視聴した。世界観にはまりにはまった。鬼に対して、単に鍛えた人間が立ち向かっていくストーリーなのだが、登場人物のそれぞれにドラマチックな人生が設定されている。鬼にさえ生きてきた背景があり勧善懲悪を超えた人間ドラマに梅は強く惹かれた。

 そして、アニメも第2シーズンに突入すると主要人物の中でも設定年齢が比較的高く、その人生観が突出したキャラクターが登場してきた。宇髄天元だ。

 その宇髄天元は元忍びだ。彼は、派手好きで一見すると軽薄そうだ。が、暗殺を稼業とする家に生まれたので幼い時から厳しい訓練を受け、普通の子供とは違う体験をしてきた。他の人とは違う人生観を持っている。

 彼自身、子供の頃から暗殺業に身を投じてきた。そして、姉も弟達も訓練や任務の過程で命を落とした。父親によって、兄弟同士で殺し合いまでさせられてきた。

 そんな悲惨な体験を背中に背負っているのに、洒落て気の利いた戯言、華やかな笑い声をたてるその男は、どんな心の葛藤を乗り越えてきたのだろうかと思うと、梅は痺れるほどかっこいいと思った。

 梅は一人暮らしを寂しく感じもしない。だって、この宇髄天元といつも一緒だから。PCの壁紙には天元がいつも微笑んでいる。PCでアニメの主題歌を鳴らしながら、PCの壁紙の彼に語りかける。日記がわりにブログを更新しているから、毎日PCを立ち上げる。つまり、毎日彼に語りかけているのだ。

 部屋のドアにも彼の立ち姿のイラストが貼ってある。部屋を出る時にはいつもその彼に向って声をかけている。

「天元! 行ってくるね! 今日は残業がないから早く帰れるわ」

―ああ、待ってるよ。

 行ってきますと言った後だって彼はいつも脳内にいる。

 今日も梅は通勤電車に揺られながら、天元と脳内会話を楽しんでいる。キャラクターを担当している声優の声は目を瞑れば耳に流れ込んでくる。

 脳内会話は梅を冒険の世界に誘う。天元に寄り添っていれば、梅は屋根にだって上れる。空だって駆けまわるのだ。

 「梅! こっちだ! さあ、飛ぶぞ! 思い切り大地を蹴るんだ!」

 「了解! すごい! 上空は冷気に覆われてる!」

 「ああ、そうさ! ド派手に気持ちいいだろう!」

 梅の仮想彼氏はいつも2次元の人だった。子供の頃の脳内の恋人は怪盗ルパンの孫だった。軽薄そうに見えて実は深い情の持ち主。ジョークがうまくて、周囲をあっという間に明るくする派手な男。そして、破天荒で洒落っ気を纏っていても、腹に抱えるものは重くて深くて、孤独な男の世界を持っている。そんな男に痺れる少女が梅だった。

 大泥棒の孫以来、夢中になったのが宇髄天元だったのだ。前は大泥棒、今度は暗殺者。本当に泥棒や人殺しだったら、梅もお近づきにはならないだろうが。

 三次元にいる男たちにこんな人物を見つけることなど不可能だろう。当然だ。フィクションなのだから。大体、こんな犯罪者たちが社会にのさばっていたら大変だ。

 しかし、生きてきた背景が作り出す美。普通の人が持っていないものを持っているということ。つまりそれは作者が思い入れてつくりこんだキャラクターだからこその美。その美学に心を惹きつけられてやまない。

あり得ないのだ。そんな人は現実にはいない。だからこそ、惹かれるのだ。

 忍びの男は2メートル近い長身と女の胴回りくらいありそうな上腕二頭筋を持つ。そして、思わず女の目を釘づけにするような美しい顔の造作。こんな人物が実際いたら、きっとカッコ良すぎてまともに見つめることなんて不可能だと梅は思うのだった。

 梅は、宇髄天元を好きになってから、2メートルくらいの背丈の20代の男ばかりが目に飛び込んできてしかたない。あの男のレプリカのような生身の人間がいたら逃がさないけどと、あり得ないことを想像しては梅は自嘲する。いや、想像が楽しいのだ。別に本当に探しているわけではない。

 街を歩いていても、視線はいつも上にある。2メートルを見上げるのだから、当たり前であろう。

 見上げると、夜空をバックに輝くネオンが目に入る。田舎町から出てきた梅にとっては都会の摩天楼は星空よりも心を惹きつける。

 だが、摩天楼の輝きが色を失う夜があった。

 ある日、会社から帰る途中だった。道玄坂を駅に向かって下りていく途中で、梅はとうとう見つけた! そう!宇髄天元にそっくりの2メートルに近い身長で、上腕二頭筋が梅のウェストくらいあって、その男の特徴である銀髪と夕陽のような赤い目まで同じ!まるで、生き写したような男だ。キメツ学園軸で身に纏っているフーディー姿だった。

 梅は雷に打たれたように立ちすくんだ。

「あれは、彼……」

 その男は、かなり目立つ。なによりあの長身だ。人混みの中で頭一つ抜けている。なのに、誰も振り返らない。

 なぜだ? 不思議すぎる! 梅は追いかけた。男は大きな歩幅でどんどん遠ざかっていく。梅は追いつくために小走りになる。

 どんどん、文化村の裏の人気のない路地へ路地へと彼にそっくりの男が歩いていく。梅は見失うまいとして必死に追いかけた。

 彼が通りを左に曲がったので、走っていって梅もそこの角を曲がった。しかし、そこには、もうその男の影も形もなかった。

 梅は辺りをくまなく探したが、まったく手がかりもなく男は消えてしまった。

 幻を見たのか……。あり得るだろうか? 似ているだけの男はこの世にいないとは言えないが、角を曲がったら消えたのだ。

 宇髄天元が好きすぎてドッペルゲンガーを見た? いや、そもそも実在しない人間のドッペルゲンガーなどいるのだろうか?

 基本的にドッペルゲンガーは自分の分身のはず……。

 梅は釈然としなかったが、今は忘れるしかないと自分に言い聞かせて帰宅した。

 ただいまと声に出してドアを開けるが誰も「お帰り」とは言ってくれない。寂しい一人暮らしだ。 

「ねえ! 今日、貴方のドッペルゲンガー見たんだけど、貴方だったの?」

 梅がパソコンの壁紙の元忍びに声をかけても、当然、壁紙は何も答えなかった。

 翌朝、ルーティーンを正しく繰り返し、梅は出勤した。朝起きて、体操をする。朝食を作る際にお弁当も詰め込む。さあ、準備万端と家を出るのだ。

 通勤電車では運よく座れたので、ふと視線を上にやると、席に座れず立っている男性達がいつもよりやけに大きく感じた。日本人の平均身長は170㎝だから、そうそう2メートルの男性はいないはずだが……。

 バスケットボールのロゴの入ったジャージを着た高校生達がいた。バスケの選手なら2メートルある人もいるだろうなと思って目が釘付けになった。

 出社すると、座席の前のパソコンを立ち上げる時間もくれないで、仲良しの舞が早速話しかけてきた。

「ちょっと~! あんたも隅におけないわね!」

「なにが? 」

「あんた、彼氏できたって全然言わないんだもん! 水くさい!」

「待って、待ってよ。なんのこと? 未だ、彼氏いない歴26年だけど?」

「昨日、2メートルくらいある男と腕組んで歩いてたじゃないよ!」

「!!! ちょっと待って、どこで?」

「道玄坂の文化村のあたりよ」

「見間違いだと思う……」

「確かにあんただった!」

「その男って、銀色の髪してた?」

「してた!」

 まさか! 宇髄天元を見かけたのは確かに道玄坂だ。そして、見失ったのはその奥の路地。でも、指一本触れてないのに腕組んで歩くわけがない。

 気になって気になって、また、会社帰りに道玄坂に行ってみた。街のネオンが今日はやけにけばけばしく感じられる。夜の街の喧騒が梅の焦燥を深めた。その日は元忍びの男を見かけることはなかった。

 帰宅して、PCを立ち上げ日記をつけた。相変わらずPCの壁紙の元忍びの男の上腕二頭筋は見事なもので、微笑む口元は梅を笑顔にする。

 ― 私は、幻を見たのだろうか? それとも世間の熱い期待に応えて忍の男は実体を持った? いやいや、あり得ない。

 梅は、妄想もいい加減にしようと思ってパジャマに着替えてベッドに入った。枕には忍びの男のイラストがプリントしてあった。

 翌日、出社して席につくと、隣の席の舞がにやにやしている。

「ねえ、お熱いわね~」

「なにが?」

「2メートルの男とセンター街の路地でチューしてたでしょう?」

「え! してないって!!」

「してたよ、高校生たちがたむろしているところで堂々とさ!」

「……」

 梅は、絶句した。昨日は見てもいないのに? どうやって実体のない男とチューできるんだ?

 してない! したいけど、してない! 会ってないんだからできるわけもない。

 掴まえないと! ミスター平坦人生の加藤さんが、「え? もう帰るの?」と目を見張るのを尻目に、終業のベルと同時に会社を飛び出した。

 この日も道元坂で宇髄天元を探し回った。

 この夜は、渋谷の街はいつも以上に騒がしかった。人出がいつもよりも多いのは、人気タレントが路上でゲリラライブを行ったからだそうだ。

 梅は、遠目に背の高い男を目認した。いた!あれだ! 脱兎のごとく走った。実体のない男がこの渋谷の街を歩いている。なんとしても謎を突き止めなくては!

 思い切り大声で、天元!と名を呼んだ。彼は一瞥した。しかし、口を開こうとしない。ただ、振り返って、見返しているだけだ。真実への欲求が梅を突き動かした。触れるのか? 実体があるのか?

 走った! が、天元も走った。あの長い脚で逃げられたら追いつけるわけもない。そして、設定的に物凄く足が速いことになっている。白いスニーカーの足が怖ろしい速さで遠ざかっていった。

 追いつけなかった。そっちへ行くともうラブホ街に入るというあたりで見失った。またしても忽然と消えたのだ。諦めて帰宅することにした。

 渋谷の街は深夜になっても眠らない。若い学生たちや、会社帰りに一杯飲んで帰るサラリーマンたちが終電に遅れまいと小走りに走るのを横目に梅も電車に滑りこむ。

 ぐったり疲れて独り暮らしの部屋に辿り着いた。カギを開け内ドアに貼ったイラストに話しかけてみた。

「ねえ? 貴方はこの世にいるの?」

 イラストは黙しているだけだった。

 翌日出社すると、舞がすぐ側に寄ってくる。今度は幾分心配そうにヒソヒソ声で言った。

「ねえ、喧嘩したの? 2メートル君と」

「え、なんで?」

「2メートル君に縋って泣いてたじゃん!」

「私が?」

「うん、あれ、梅だよ、だって、昨日来てたワンピだったもん」

「うそ……」

 もう、発狂しそうだった。これは……、もう、間違いない。天元がドッペルゲンガーなんじゃない。私だ! 私自身のドッペルゲンガーが出たんだ!

 元忍びはなぜいるんだ! 私が、彼を好きすぎて幻を作り出し、幻と仲良くするために自分のドッペルゲンガーまで生んだのか?

「ねえ、舞! 体調大丈夫?」

 急に、友達が心配になって聞いた。他人のドッペルゲンガーを2回見ると死ぬという話もある。

「大丈夫だけど?」

 ほや~んとした舞は、何処も悪そうには見えなかった。

 「あの……」

 ミスター平坦人生の加藤さんが声をかけてきた。

 「はい?」

 「顔色が優れないようだけど、僕で良ければ相談に乗るけど?」

 「いえ、大丈夫です」

 にっこり笑って退けた。舞が目くばせしてきたが、知らんふりした。

 平坦人生の人と人生を共にしたら、平坦な人生になる。波乱万丈の人生が憧れなの、ごめんなさい、加藤さん、と彼の背中に手を合わせた。

 会社の終業が待ち遠しくて時計ばかりが気になってしまう。

 やっと終業のベルがなったので、道玄坂へと急いだ。最初に彼を見かけた文化村の角に立ってみた。ただ、そこに突っ立って待った。

 元忍びの男が歩いてきた。梅は、今度は自分からは近づかない。ただ、彼を見上げた。そして、ついに目に捉えたのだ。元忍びの腕に絡みついている自分とそっくりの女を!

 自分にそっくりの女は、服装も全く同じだった。舞は、昨日はワンピ―ス姿の私を見たと言っていたが、その女は、今日の私の白いブラウスに薄紫のマーメイドスカートに白いパンプスという服装もそのまま同じだった。髪型も今日は、いつものポニーテールではなくて、カチューシャをつけて髪をおろしてきたが、それもそっくりだ。

 ドッペルゲンガーの自分は何も言わないで、ただ、じっと見ている。ドッペルゲンガーを見たら、思い切り悪口を言えとネットに書いてあった。

「あんた! なにやってんの? 私の推しとイチャイチャしてんじゃないわよ!」

 ドッペルゲンガーは何も言わない。

「私の人生を乗っとる気? あんたに私の魂は渡さないわよ!」

「……」

「この性悪女! 魂を返せ! 天元に触るな!」

 ドッペルゲンガーと元忍びは腕を絡ませたまま、何も言わず梅の側をすり抜けて遠ざかっていった。

 その場を立ち去る以外に残されたことはなかった。

 梅は帰宅して考えた。どうしよう? どうなる、私? 自分のドッペルゲンガーを見たら死ぬんだ!

 このままでは自分は死ぬ。きっと死ぬ。なんとか回避しないと。どうすればいい? 何を間違えた? 推しに肩入れしすぎた? 忍びの男が悪いのか? のめり込みすぎた相手が悪かった? なんで!!! だって、相手は生きてないのよ! 実体のない相手にのめり込んだからってドッペルゲンガーが出る? 私は病んでいるの?

 いや、死ぬわけにはいかない! 人生まだ26年しか生きてないんだから。恋人もできず、清らかな体のまま棺桶に入るなんてまっぴらだわ! 

 ああ、怪盗が仮想彼氏だった時には何事もなかったじゃない? やっぱり、忍びの男は暗殺者。私の命を取りにきたんだ!

 渡さない! 心はあんたに捧げたが、命だけは私のものだ! PCの壁紙で食えない微笑みを浮かべている忍びの男に向かってアカンベーをした。

 嫌いになってやる! 嫌いになればいいんだ。そうすれば、きっと幻は消える。そして、幻を恋い慕う己のドッペルゲンガーも消える。そう踏んで、忍びの男の微笑む姿に向かって言い放った。

「終わりにしよう!」

 梅は、持っていたありとあらゆる彼にかかわるグッズはゴミ箱に捨てた。貼ってあったイラストもドアから剥した。

 パソコンの壁紙を消去した。パソコンのディスプレイはデフォルトの何の変哲もない青い画面に戻った。きれいさっぱり脳の中からも仮想彼氏を消去した。

 その夜、夢を見た。夢の中で、元忍びの男は微笑んでいた。

 男はアニメの中に出てくる剣士の姿ではなく、まさに元の稼業の忍びの装束だった。彼は何も言わずに暗器を梅の首筋にあてた。

 翌日、いつまでたっても出社してこない梅を心配して、舞が梅の部屋にやってきた。鍵がかかっている。ドアフォンを何度押しても応答がない。舞は胸騒ぎがした。

 大家さんに頼み込んで、ドアを開けてもらった。

 そこには、パソコンの画面に頬を押しつけて微笑んで息絶えている梅の姿があった。PCの壁紙には、宇随天元のイラストが意味ありげな食えない微笑みを浮かべていた。

波乱万丈じゃない人生なんてつまらない。のめり込ませてくれる人を梅は探していた。

 梅は独身のOLだ。大学を卒業してから独り暮らしをしている。平均的独身女子だ。そして、26歳に至る今日まで彼氏ができたことがない。

 梅は、美人というわけでもないが10人並みの容姿をしている。気立ても悪くないが男性から告白を受けたこともなければ、食事に誘われたこともない。いつもつるんでいるのは、同期入社の舞だ。

 隣の席からこそこそと舞が囁く。梅は、PC画面から目を離すこともなく、企画書を仕上げることと舞のくだらないお喋りの相手を両立していた。

 「ねえ、梅! 新入社員の小池君、可愛いわよね?」

 「そう? 普通でしょう? 舞ってすぐ年下の子に色目使うけど、なにがいいの?」

 「だって! 手つかずで、私色に染められるじゃない!」

 「へ~、何も悩まないで生きてきた子供の延長みたいな男のなにがいいの?」

 「梅こそ、バックボーンが複雑な男がいいとか、腹に何か飼っている男が痺れるとか、私からしたら、そんな男よほど老人か、活字の世界にしかいないと思うよ」

 「私、何も乗り越えてこなかった男なんて全然惹かれないんだもん」

 「そんな非現実的なことばっかり言っていると行き遅れになるよ」

 「全然、平気よ」

 「ねえ、加藤さんが見てるわよ。多分、梅に気がある」

 「よしてよ! ミスター平坦人生には用がないのよ」

 梅は、パチパチとキーボードを叩きながら鼻で笑った。

 梅は行き遅れるなんて気にしていない。好きでたまらない人じゃないと駄目だから。そして、梅にはいるのだ、その大好きな人が。でも、その人は現実には存在しない。それはアニメ鬼滅の刃の登場人物の一人、宇髄天元だから。

 アニメは作画が凄く綺麗で、正月休みに一気に全部視聴した。世界観にはまりにはまった。鬼に対して、単に鍛えた人間が立ち向かっていくストーリーなのだが、登場人物のそれぞれにドラマチックな人生が設定されている。鬼にさえ生きてきた背景があり勧善懲悪を超えた人間ドラマに梅は強く惹かれた。

 そして、アニメも第2シーズンに突入すると主要人物の中でも設定年齢が比較的高く、その人生観が突出したキャラクターが登場してきた。宇髄天元だ。

 その宇髄天元は元忍びだ。彼は、派手好きで一見すると軽薄そうだ。が、暗殺を稼業とする家に生まれたので幼い時から厳しい訓練を受け、普通の子供とは違う体験をしてきた。他の人とは違う人生観を持っている。

 彼自身、子供の頃から暗殺業に身を投じてきた。そして、姉も弟達も訓練や任務の過程で命を落とした。父親によって、兄弟同士で殺し合いまでさせられてきた。

 そんな悲惨な体験を背中に背負っているのに、洒落て気の利いた戯言、華やかな笑い声をたてるその男は、どんな心の葛藤を乗り越えてきたのだろうかと思うと、梅は痺れるほどかっこいいと思った。

 梅は一人暮らしを寂しく感じもしない。だって、この宇髄天元といつも一緒だから。PCの壁紙には天元がいつも微笑んでいる。PCでアニメの主題歌を鳴らしながら、PCの壁紙の彼に語りかける。日記がわりにブログを更新しているから、毎日PCを立ち上げる。つまり、毎日彼に語りかけているのだ。

 部屋のドアにも彼の立ち姿のイラストが貼ってある。部屋を出る時にはいつもその彼に向って声をかけている。

「天元! 行ってくるね! 今日は残業がないから早く帰れるわ」

―ああ、待ってるよ。

 行ってきますと言った後だって彼はいつも脳内にいる。

 今日も梅は通勤電車に揺られながら、天元と脳内会話を楽しんでいる。キャラクターを担当している声優の声は目を瞑れば耳に流れ込んでくる。

 脳内会話は梅を冒険の世界に誘う。天元に寄り添っていれば、梅は屋根にだって上れる。空だって駆けまわるのだ。

 「梅! こっちだ! さあ、飛ぶぞ! 思い切り大地を蹴るんだ!」

 「了解! すごい! 上空は冷気に覆われてる!」

 「ああ、そうさ! ド派手に気持ちいいだろう!」

 梅の仮想彼氏はいつも2次元の人だった。子供の頃の脳内の恋人は怪盗ルパンの孫だった。軽薄そうに見えて実は深い情の持ち主。ジョークがうまくて、周囲をあっという間に明るくする派手な男。そして、破天荒で洒落っ気を纏っていても、腹に抱えるものは重くて深くて、孤独な男の世界を持っている。そんな男に痺れる少女が梅だった。

 大泥棒の孫以来、夢中になったのが宇髄天元だったのだ。前は大泥棒、今度は暗殺者。本当に泥棒や人殺しだったら、梅もお近づきにはならないだろうが。

 三次元にいる男たちにこんな人物を見つけることなど不可能だろう。当然だ。フィクションなのだから。大体、こんな犯罪者たちが社会にのさばっていたら大変だ。

 しかし、生きてきた背景が作り出す美。普通の人が持っていないものを持っているということ。つまりそれは作者が思い入れてつくりこんだキャラクターだからこその美。その美学に心を惹きつけられてやまない。

あり得ないのだ。そんな人は現実にはいない。だからこそ、惹かれるのだ。

 忍びの男は2メートル近い長身と女の胴回りくらいありそうな上腕二頭筋を持つ。そして、思わず女の目を釘づけにするような美しい顔の造作。こんな人物が実際いたら、きっとカッコ良すぎてまともに見つめることなんて不可能だと梅は思うのだった。

 梅は、宇髄天元を好きになってから、2メートルくらいの背丈の20代の男ばかりが目に飛び込んできてしかたない。あの男のレプリカのような生身の人間がいたら逃がさないけどと、あり得ないことを想像しては梅は自嘲する。いや、想像が楽しいのだ。別に本当に探しているわけではない。

 街を歩いていても、視線はいつも上にある。2メートルを見上げるのだから、当たり前であろう。

 見上げると、夜空をバックに輝くネオンが目に入る。田舎町から出てきた梅にとっては都会の摩天楼は星空よりも心を惹きつける。

 だが、摩天楼の輝きが色を失う夜があった。

 ある日、会社から帰る途中だった。道玄坂を駅に向かって下りていく途中で、梅はとうとう見つけた! そう!宇髄天元にそっくりの2メートルに近い身長で、上腕二頭筋が梅のウェストくらいあって、その男の特徴である銀髪と夕陽のような赤い目まで同じ!まるで、生き写したような男だ。キメツ学園軸で身に纏っているフーディー姿だった。

 梅は雷に打たれたように立ちすくんだ。

「あれは、彼……」

 その男は、かなり目立つ。なによりあの長身だ。人混みの中で頭一つ抜けている。なのに、誰も振り返らない。

 なぜだ? 不思議すぎる! 梅は追いかけた。男は大きな歩幅でどんどん遠ざかっていく。梅は追いつくために小走りになる。

 どんどん、文化村の裏の人気のない路地へ路地へと彼にそっくりの男が歩いていく。梅は見失うまいとして必死に追いかけた。

 彼が通りを左に曲がったので、走っていって梅もそこの角を曲がった。しかし、そこには、もうその男の影も形もなかった。

 梅は辺りをくまなく探したが、まったく手がかりもなく男は消えてしまった。

 幻を見たのか……。あり得るだろうか? 似ているだけの男はこの世にいないとは言えないが、角を曲がったら消えたのだ。

 宇髄天元が好きすぎてドッペルゲンガーを見た? いや、そもそも実在しない人間のドッペルゲンガーなどいるのだろうか?

 基本的にドッペルゲンガーは自分の分身のはず……。

 梅は釈然としなかったが、今は忘れるしかないと自分に言い聞かせて帰宅した。

 ただいまと声に出してドアを開けるが誰も「お帰り」とは言ってくれない。寂しい一人暮らしだ。 

「ねえ! 今日、貴方のドッペルゲンガー見たんだけど、貴方だったの?」

 梅がパソコンの壁紙の元忍びに声をかけても、当然、壁紙は何も答えなかった。

 翌朝、ルーティーンを正しく繰り返し、梅は出勤した。朝起きて、体操をする。朝食を作る際にお弁当も詰め込む。さあ、準備万端と家を出るのだ。

 通勤電車では運よく座れたので、ふと視線を上にやると、席に座れず立っている男性達がいつもよりやけに大きく感じた。日本人の平均身長は170㎝だから、そうそう2メートルの男性はいないはずだが……。

 バスケットボールのロゴの入ったジャージを着た高校生達がいた。バスケの選手なら2メートルある人もいるだろうなと思って目が釘付けになった。

 出社すると、座席の前のパソコンを立ち上げる時間もくれないで、仲良しの舞が早速話しかけてきた。

「ちょっと~! あんたも隅におけないわね!」

「なにが? 」

「あんた、彼氏できたって全然言わないんだもん! 水くさい!」

「待って、待ってよ。なんのこと? 未だ、彼氏いない歴26年だけど?」

「昨日、2メートルくらいある男と腕組んで歩いてたじゃないよ!」

「!!! ちょっと待って、どこで?」

「道玄坂の文化村のあたりよ」

「見間違いだと思う……」

「確かにあんただった!」

「その男って、銀色の髪してた?」

「してた!」

 まさか! 宇髄天元を見かけたのは確かに道玄坂だ。そして、見失ったのはその奥の路地。でも、指一本触れてないのに腕組んで歩くわけがない。

 気になって気になって、また、会社帰りに道玄坂に行ってみた。街のネオンが今日はやけにけばけばしく感じられる。夜の街の喧騒が梅の焦燥を深めた。その日は元忍びの男を見かけることはなかった。

 帰宅して、PCを立ち上げ日記をつけた。相変わらずPCの壁紙の元忍びの男の上腕二頭筋は見事なもので、微笑む口元は梅を笑顔にする。

 ― 私は、幻を見たのだろうか? それとも世間の熱い期待に応えて忍の男は実体を持った? いやいや、あり得ない。

 梅は、妄想もいい加減にしようと思ってパジャマに着替えてベッドに入った。枕には忍びの男のイラストがプリントしてあった。

 翌日、出社して席につくと、隣の席の舞がにやにやしている。

「ねえ、お熱いわね~」

「なにが?」

「2メートルの男とセンター街の路地でチューしてたでしょう?」

「え! してないって!!」

「してたよ、高校生たちがたむろしているところで堂々とさ!」

「……」

 梅は、絶句した。昨日は見てもいないのに? どうやって実体のない男とチューできるんだ?

 してない! したいけど、してない! 会ってないんだからできるわけもない。

 掴まえないと! ミスター平坦人生の加藤さんが、「え? もう帰るの?」と目を見張るのを尻目に、終業のベルと同時に会社を飛び出した。

 この日も道元坂で宇髄天元を探し回った。

 この夜は、渋谷の街はいつも以上に騒がしかった。人出がいつもよりも多いのは、人気タレントが路上でゲリラライブを行ったからだそうだ。

 梅は、遠目に背の高い男を目認した。いた!あれだ! 脱兎のごとく走った。実体のない男がこの渋谷の街を歩いている。なんとしても謎を突き止めなくては!

 思い切り大声で、天元!と名を呼んだ。彼は一瞥した。しかし、口を開こうとしない。ただ、振り返って、見返しているだけだ。真実への欲求が梅を突き動かした。触れるのか? 実体があるのか?

 走った! が、天元も走った。あの長い脚で逃げられたら追いつけるわけもない。そして、設定的に物凄く足が速いことになっている。白いスニーカーの足が怖ろしい速さで遠ざかっていった。

 追いつけなかった。そっちへ行くともうラブホ街に入るというあたりで見失った。またしても忽然と消えたのだ。諦めて帰宅することにした。

 渋谷の街は深夜になっても眠らない。若い学生たちや、会社帰りに一杯飲んで帰るサラリーマンたちが終電に遅れまいと小走りに走るのを横目に梅も電車に滑りこむ。

 ぐったり疲れて独り暮らしの部屋に辿り着いた。カギを開け内ドアに貼ったイラストに話しかけてみた。

「ねえ? 貴方はこの世にいるの?」

 イラストは黙しているだけだった。

 翌日出社すると、舞がすぐ側に寄ってくる。今度は幾分心配そうにヒソヒソ声で言った。

「ねえ、喧嘩したの? 2メートル君と」

「え、なんで?」

「2メートル君に縋って泣いてたじゃん!」

「私が?」

「うん、あれ、梅だよ、だって、昨日来てたワンピだったもん」

「うそ……」

 もう、発狂しそうだった。これは……、もう、間違いない。天元がドッペルゲンガーなんじゃない。私だ! 私自身のドッペルゲンガーが出たんだ!

 元忍びはなぜいるんだ! 私が、彼を好きすぎて幻を作り出し、幻と仲良くするために自分のドッペルゲンガーまで生んだのか?

「ねえ、舞! 体調大丈夫?」

 急に、友達が心配になって聞いた。他人のドッペルゲンガーを2回見ると死ぬという話もある。

「大丈夫だけど?」

 ほや~んとした舞は、何処も悪そうには見えなかった。

 「あの……」

 ミスター平坦人生の加藤さんが声をかけてきた。

 「はい?」

 「顔色が優れないようだけど、僕で良ければ相談に乗るけど?」

 「いえ、大丈夫です」

 にっこり笑って退けた。舞が目くばせしてきたが、知らんふりした。

 平坦人生の人と人生を共にしたら、平坦な人生になる。波乱万丈の人生が憧れなの、ごめんなさい、加藤さん、と彼の背中に手を合わせた。

 会社の終業が待ち遠しくて時計ばかりが気になってしまう。

 やっと終業のベルがなったので、道玄坂へと急いだ。最初に彼を見かけた文化村の角に立ってみた。ただ、そこに突っ立って待った。

 元忍びの男が歩いてきた。梅は、今度は自分からは近づかない。ただ、彼を見上げた。そして、ついに目に捉えたのだ。元忍びの腕に絡みついている自分とそっくりの女を!

 自分にそっくりの女は、服装も全く同じだった。舞は、昨日はワンピ―ス姿の私を見たと言っていたが、その女は、今日の私の白いブラウスに薄紫のマーメイドスカートに白いパンプスという服装もそのまま同じだった。髪型も今日は、いつものポニーテールではなくて、カチューシャをつけて髪をおろしてきたが、それもそっくりだ。

 ドッペルゲンガーの自分は何も言わないで、ただ、じっと見ている。ドッペルゲンガーを見たら、思い切り悪口を言えとネットに書いてあった。

「あんた! なにやってんの? 私の推しとイチャイチャしてんじゃないわよ!」

 ドッペルゲンガーは何も言わない。

「私の人生を乗っとる気? あんたに私の魂は渡さないわよ!」

「……」

「この性悪女! 魂を返せ! 天元に触るな!」

 ドッペルゲンガーと元忍びは腕を絡ませたまま、何も言わず梅の側をすり抜けて遠ざかっていった。

 その場を立ち去る以外に残されたことはなかった。

 梅は帰宅して考えた。どうしよう? どうなる、私? 自分のドッペルゲンガーを見たら死ぬんだ!

 このままでは自分は死ぬ。きっと死ぬ。なんとか回避しないと。どうすればいい? 何を間違えた? 推しに肩入れしすぎた? 忍びの男が悪いのか? のめり込みすぎた相手が悪かった? なんで!!! だって、相手は生きてないのよ! 実体のない相手にのめり込んだからってドッペルゲンガーが出る? 私は病んでいるの?

 いや、死ぬわけにはいかない! 人生まだ26年しか生きてないんだから。恋人もできず、清らかな体のまま棺桶に入るなんてまっぴらだわ! 

 ああ、怪盗が仮想彼氏だった時には何事もなかったじゃない? やっぱり、忍びの男は暗殺者。私の命を取りにきたんだ!

 渡さない! 心はあんたに捧げたが、命だけは私のものだ! PCの壁紙で食えない微笑みを浮かべている忍びの男に向かってアカンベーをした。

 嫌いになってやる! 嫌いになればいいんだ。そうすれば、きっと幻は消える。そして、幻を恋い慕う己のドッペルゲンガーも消える。そう踏んで、忍びの男の微笑む姿に向かって言い放った。

「終わりにしよう!」

 梅は、持っていたありとあらゆる彼にかかわるグッズはゴミ箱に捨てた。貼ってあったイラストもドアから剥した。

 パソコンの壁紙を消去した。パソコンのディスプレイはデフォルトの何の変哲もない青い画面に戻った。きれいさっぱり脳の中からも仮想彼氏を消去した。

 その夜、夢を見た。夢の中で、元忍びの男は微笑んでいた。

 男はアニメの中に出てくる剣士の姿ではなく、まさに元の稼業の忍びの装束だった。彼は何も言わずに暗器を梅の首筋にあてた。

 翌日、いつまでたっても出社してこない梅を心配して、舞が梅の部屋にやってきた。鍵がかかっている。ドアフォンを何度押しても応答がない。舞は胸騒ぎがした。

 大家さんに頼み込んで、ドアを開けてもらった。

 そこには、パソコンの画面に頬を押しつけて微笑んで息絶えている梅の姿があった。PCの壁紙には、宇随天元のイラストが意味ありげな食えない微笑みを浮かべていた。

 

Фестиваль Танабата

Зазвенел телефон. Юки поняла, что пришло смс сообщение. Прочитав его, она улыбнулась.

- Юки Сенсей! Здравствуйте!! Как дела? Сегодня я поставлю бамбуковые ветки на «Танабата (Фестиваль двойной семёрки)» вместе с бумажками-пожеланиями. А у вас есть какие-нибудь желания? Я напишу и привяжу ваши желания к бамбуку. Напишите, пожалуйста!»

- Спасибо, Йосико-сан! У меня только одно желание, «Я хочу, чтобы все ученики хорошо говорили на русском языке.»

- Хорошо! Я напишу. Кстати, я, наверное, буду самая последняя по успеваемости.

- Да, вы что! Вы усердно занимаетесь. Нельзя быть такой пессимисткой.

- Хорошо! Я буду стараться!

- Да, так и нужно всегда поступать.

Через несколько минут Йосико прислала фотку бамбуковых веток с бумажками. Юки снова улыбнулась, там было написано на русском так: «Я желаю всем хорошо говорить на русском языке. Юки сенсей» и еще одну фотку с пожеланием «Я хочу, вы хорошо работаете.»

Юки подумала, «Ну, что? Я еще не объясняла конструкцию «чтобы». Хоть с ошибками, но она большая молодец!

Ей уже за 50 лет. Целями изучения русского языка немолодыми учащимися являются разные причины. Она решила изучать его для общения с клиентами своего мужа, который владеет семейным бизнесом. Она с трудом прошла первые части грамматики. Часто жаловалась на склонения падежей, но когда группа закончила первые части изучения русского языка, она согласилась сдавать экзамен 4-ой категории по успеваемости. Поэтому Юки готовила группу к экзамену вместе с ней. Из четырёх учеников двое сдали экзамен, Йосико была из них.

Она прислала фото её сертификата и добавила следующие слова:

- Я впервые испытываю радость и гордость за себя.

Когда Юки прочитала эти слова, она испытала такой эмоциональный всплеск. После 50 лет человеческий мозг с трудом адаптируется к иностранному языку. Но в жизни каждого человека обязательно должна быть какая-нибудь траектория, чтобы добиться чего-то, что поможет полюбить себя в дальнейшем. Одной из таких сложных траекторий для японцев является изучение иностранного языка.


 

Юки продолжила преподавать русский язык. Сколько бы не было радостных событий, у преподавателей русского языка всегда есть определенные трудности и горести.

Сегодня она ведет занятие для групп госслужащих.

Знаете, сенсей, в нашем ведомстве ходят такие слухи: «Если занятия по иностранному языку начнутся весной, то уже через пол года появятся маскировочные корейцы. Через год маскировочные китайцы придут в офис. А маскировочные русские никогда не появятся.» Так что, сенсей, не ругайте нас за нашу плохую успеваемость.»

В любом случае они все очень хорошо освоили язык.

У многих учащихся, есть трудности в произношении, например:

- Повторяйте за мной!

- Да!

- упражнение

- упоржанянияния

- Нет, не так. Упражнение.

- упаражинянияния

- Нет, не так у-пра-ж-не-ни-е

- урапаженянииния

- Ладно, напишу транскрипцию японскими буквами. ウプラジュニェニエ

- упражнение!

- молодец!!

 Все стараются.

 Наступило лето. Опять пришел фестиваль Танабата. Йосико прислала такое же сообщение, как и в прошлом году. И Юки попросила то же самое, что и в прошлый раз.

Потом она вспомнила о далеком-далёком прошлом, когда-то произошедшем с ней в студенчестве событии.

Когда-то она в свое время училась в Москве, где она познакомилась с молодым человеком, который был полиглотом. Он хорошо говорил на японском языке и мечтал когда-нибудь поехать учиться в Японию.

Он знал пять языков, благодаря чему, его пригласили работать в одно ведомство в качестве разведчика. Он изо всех сил пытался избежать этого, поэтому даже сделал предложение руки и сердца подруге Юки японке. Если бы его план осуществился, то он смог бы поехать в Японию и тогда не нужно было бы соглашаться на работу разведчиком. Эта подруга не хотела выходить за него замуж, но не могла сама напрямую ему об этом сказать. Юки брала себе эту тяжелую ответственность.

Юки постучала в двери Володи.

- Юки! Йокосо Ирассяймасита. Садись. Я рад тебе.

- Знаешь, моя подруга пользуется большой популярностью среди мужчин, поэтому она получила уже три предложения.

- Надо же! Да, она прекрасная девушка. Типичная японская девушка, идеал который мы представляем себе.

- Да, но она довольно хитренькая. Она сама никогда никому напрямую не отказывает, а посылает меня сделать это, это ли не ужасно?

- Ну, если она настоящая японская женщина, то, конечно, это приемлемо и вполне выглядит нормально.

- Ах вот как!

- Юки, спасибо, я уже понял.

- Прости, Володя.

На самом деле, Юки хотела сказать, почему же ты мне не предложил руку и сердце? Но, к сожалению, она промолчала и с горечью проглотила эти слова. Я бы помогла тебе выходить из ситуации.

 Шли годы.

Причины изучать иностранные языки — разные.

В этом году Юки сама украшала дом бамбуковыми ветками с бумажками. И пожелала всем изучающим иностранные языки, успехов и исполнения всех мечт в жизни.

Володя, где ты?