今日は冬至ですね。

雲間から海にさすたくさんの光
を見ていたら

雲がある時にだけお日様の光
はカタチとなって見える

そんなことを感じて
なんだかほっと心が緩みました。

苦しい時にこそ希望が見えてくる
ときと同じで

なんの苦も(雲?)なければ
光のカタチを見ることはできない。

でもいつも光はそこにある。

忙しいは心を亡くすと書くけれど
この師走の中にも
今年は自分の心を真ん中において
過ごすことができていて

それもこれも

ぜーんぶギフトだなぁと思う
のでした。

ありがとうございます♡



サンタさんへの手紙に
息子が自分のお願いごとを
書いていました。

そしてその下に、

「ママに入浴剤をあげて下さい」

と書いてあって。

今日それを読んで、
何だか涙が出てきて。。

なんてあったかいラブレター。

幸せってこのことだなぁと
じ~んとしてしまいました。

頑張って頑張って突っ張って
辛いかもわからないくらい
我慢していた日々の後に
訪れたプレゼント。

毎日、毎日、幸せが増えて
いきます。

特別な何かをしなくても
心がいつもじんわり暖かくて

疲れていても怒っても
何だか大丈夫だなぁと思え

こうして言葉を綴っていると
胸の中に何ともいえない
あらわしきれないほどの
愛がたくさん生まれてきます。

今年最後のメルマガを綴り
終えて、とっても幸せな
気持ちです。

そんな胸いっぱいの愛を
のせて明日の朝、届きます♡

年末年始とお休みの予定ですが、
来年も続けていけそうですので

新しい年のスタートとともに、
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昨日は仕事を終えて夜になると
自分でもびっくりの疲れが出ました。

明日の朝は起きないので、
子ども達のごはんをよろしく!

と、飲み会中の夫にLINEしたの
でした、笑。

世間の常識にはあてはまらない
そういうことを最近では普通に
しちゃうようになり、
補ってくれる夫には感謝です。笑

無理してるのに幸せでいること
って、本当にはないと思うんです。

努力は裏切らないと言うけれど
それはクリエイティブな作業の
ときのみかと。

つまりより自分を表現するために
する努力というか。

結局それは喜びの過程でしかなく。

でも、自分を誰かがつくった型に
はめ込むための努力は無意味です。

まったくする必要なないと思う。

って、やっと気付いたばかり、笑。

ひずみが出て、しんどくなって
それでも辛いとなかなか言えなくて。。

そんな人生を長く長く送ってきた
私だから、
まだまだ無理する癖は身体に
染み付いています。

もうね習慣というか、もはや反射
みたいな感じで我慢する癖。

だから声に出して言うことが
今はリハビリになっています。

わたしはこうしたい。

わたしはそれは嫌だよ。

わたしはこう思う。

そうやって声に出して自分にも
聴かせてあげています。

もともと意志がすごく強くて
意見も確固たるものがある性格。

学校では友達の前では出して
いたと思う。

いつからか本心を心の核心を
見せることができなくなり、
自分の存在感を薄めたくて仕方
なくなり。。

どうしてそうなったのかは
今になってよくわかります。

怖かったから。
本当の自分がそれ以上傷つく
のが恐ろしかったんだなぁと。

目立たなければ、ひとに影響
を与えなければ
自分の心にも土足で入って
こられることはないだろう、と。

でも、だめですね。

自分の存在感を消すってすごく
不自然なことなんで無理が
たたったんですね。

だから、背中を押されて
飛び出すような経験が何度も
訪れたわけです。

本当は自分でもずっと気付いて
いて、認めてもいて、
でも傷つくのが怖くて表舞台に
出るのが嫌だっただけ。

そして今やっと思うんです。
わたしはわたしのままで輝いて
みよう、と。


陰と陽が同じくらいに合わさって
いまの私があります。

その感覚がここ数日でどんどん
強くなっています。

闇は光を指し示す。

光は闇を照らしだす。

すべてを含みながら光であり闇
であるいのちを生きる。

光だけでいたいというのは
怖れでしかなかったと気付けば
あとはもう全部大丈夫。

願うってことや信じるってこと
さえ存在しないくらいに、
ただただ大丈夫。

それが怖れだって知ることで
怖れがあることも大丈夫になるから。

さあさ、わたしを生きよう。





明日は今年最後のワークセッション
です。

お客様のご自分への旅のガイドを
させていただくことは、
開始前にいつも緊張するのですが、

始まるとそこにはとっても自然な
わたしがいることに気付きます。

水を得た魚のように、と言いますが
ほんとうにそんな感じです、笑。

この仕事が好きだなぁと思います。

回を重ねるごとにセッションの
意味というものを知ることが
できました。

次第に心が解放されてご自分の
中からひとりでに癒しが起こる時、
ご自分へと戻っていく瞬間、

わたしの魂も震えます。


子育てをしながら限られた時間の
中で、試行錯誤しながら続けてきた
セッション。

宣伝やビジネスとしての拡がりを
つくることが苦手で、
ブログをリニューアルすること
くらいしかできませんでした、笑。

受けていただける枠も本当に
数少ないままでやってきました。

にも関わらず、どこからか繋がり
私を見つけてくださったことに、
お会いできた方とのご縁に、
本当に感謝するばかりです。

春に正式にスタートして以来、
全ての方が鎌倉市外、都内や遠方
からきて下さいました。

時間とお金をかけて自分と向き合う
ことを決意して、きて下さったの
だと感じました。

ですから、受けることを決めた時に
すでに癒しは始まっているのだと
感じています。


来年以降、どのようなかたちで
続けていくのかは今の所白紙に
戻しました。

こころが喜ぶように、
いのちが輝くように、
流れに任せていこうと思います。

今日という日に、
すべてに感謝です。
ひとは何度も生まれ変わる、
または、
同時に無数のわたしが存在する
ともいいますが、

捉え方はどちらでもいいのだと
思います。

わたしの魂はこの人生だけで
なくすべての経験の記憶を
持っているのだと感じること
があります。

今日もそんなことをハッと深く
思いだすような感覚があり
しばし余りの果てしなさに
呆然としてしまいました。

いつかのわたしが誰かを傷つけ
もしかして誰かを殺めたり
本当に残酷なことをしたかも
しれない。

そう感じることは度々あります。

それはひとを傷つけたくない
という感情が余りにも強い
ときに、反対に思いだすのです。

あぁいつかわたしは懺悔した
のかもしれない。
傷つける方の苦しみを嫌と
いうほど味わったのかもしれない。。

またある時のわたしはずたずたに
傷つけられたのかもしれない。

とにかくそんな人生を生きていた
んだろう。

だから今こんなにも感情が動く
のかもしれない。

そんな風に想いを馳せます。

それをカルマとか呼ぶことも
ありますが、
私にはそのストーリーに縛られる
という意識がないので、
カルマではなくギフトとして
捉えています。

無駄なもの、いらないひと、
必要のない経験は何一つない。

それがずんずんと身体に染み渡る
ような毎日。

あなたがいるからわたしがいる。

いつかのわたしがいるから
いまのわたしがいる。

宇宙の中のちりひとつとして
わたしのいのちに関わらないもの
はない。

いまもどこかで
紛争や暴力や地球上に存在する
あらゆるひとや出来事も
いつかのわたしかもしれない。

そしてその後に、世界を救うひと
もいつかのわたしかもしれない。

すると、うまれてきたときに
本当に神々しく汚れなく見える
赤ちゃんのいのちの中にも
清濁はすでに存在しているのだ。

それでもなお新しいいのちの
輝きは眩しく美しい。

いのちは祝福されている。

そうならば、
子どもに何を教えることが
あるのだろう。。?

そんな想いも浮かびます。


日々、わたしが全体の中に
溶けていくような感覚が
深まっています。




プライベートセッション
12月は17日(木)
で最後になります。

来年以降については
内容の変更やお休みを含めて
検討中です。
2015年のしめくくりに、
ご縁のあるあなたに
お会いできれば嬉しいです♡

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優大とわたしたちの10年間の物語
2011年にいのちを卒業した長男との
物語を綴っています。
「生きて!」の詩はすべての方への
メッセージです♡