先週末からずっと
癒しが起こり続けています。

毎日何かしら涙が出て
最初はそれは悲しみの涙でした。

でも次第に喜びの涙にかわって
きています。

こころがいきいきと力を取り戻し
この世界に触れることを喜んでいる。

胸の奥でふつふつと喜びが湧き
上がります。

そんな風に、わたしの魂が震えて
いるのをずっと感じています。


今日は娘とスタバでランチして
いるときに、
お店にかかっている音楽の
女性ヴォーカルの声を聴いて
いたら突然に涙があふれてきて。。

いのちってあったかいなぁ。

そんな感覚で満たされました。

そして自分が流している涙の
ことを静かに感じていました。

赤ちゃんは生まれてきて泣きます。

それは、自分と言う存在を、
自分が初めて触れている世界という
ものを確認するようなこと
なんだろうなぁと。

泣きながら味わっている。

泣きながら触れている。

心を震わせ声を出して
新しい世界を確かめている。

そこからひととひととの繋がり
が始まっていく。


幼い頃から私が育った家の中は
いつも怒りのエネルギーが強く
支配していました。

同時に悲しみと恐れも。

それが本当に辛かったから、

私は自分の怒りをあらわす
ことができませんでした。

涙も気付かれないように声を
殺して泣きました。

ほんの3歳くらいの頃の話しです。

家族のみんなが穏やかに幸せに
暮らせることだけが願いで、
幼い頃から毎晩真剣に祈りました。

小学生くらいになると、
家族の気持ちがわかりたかったし
私の気持ちもわかって欲しくて

どうやったらわかり合えるのか
気持ちを伝え合えるのか
そればかりを考えていました。

家にいる間にそれは叶うことは
ありませんでした。

そしていつしか封じ込めてしまった

「わたしはわたしでいても大丈夫」

という一番大切ないのちの根源
をいつのまにか思いだすこと
もできなくなっていました。

それでも何故かいつも愛したい
というとても強い思いだけは
消えることがありませんでした。

わたしはわたしでいい
誰かの幸せのために
生きなくてもいい

そう思えたから、

今はそれも自分が選んだこと
だったと心底わかります。

私は私の両親や姉弟や家族に
会いたくて生まれてきた。

家族がいてくれたから私がいた。

本当に不器用な家族で、
どうしてもうまくわかりあう
ことができなかったけれど、

だからこそ、私は自分の中に
ある、

愛したい
愛を伝えたい

という気持ちを確かめることが
できました。

すべての出来事がそのために
起こっていたのだと感じます。


怒ってもいいよ。

泣いてもいいよ。

そうするために身体がある。
いのちがあるんだもん。

いまはそう自分に話しかけながら

こころが喜ぶように生きるって
こういうことだったんだと
感じる毎日です。



プライベートセッション
12月は15(火)17日(木)
で最後になります。

来年以降については
内容の変更やお休みを含めて
検討中です。
2015年のしめくくりに、
ご縁のあるあなたに
お会いできれば嬉しいです♡

★無料のメールマガジン
あなたの心に愛をお届けします♡
新しくチャネリングメッセージも
お届けすることにしました。
お手紙の内容は私のエネルギーに
任せて変わっていきますので、
どうぞお気軽にご登録や解除も
されて下さいね♪

優大とわたしたちの10年間の物語
2011年にいのちを卒業した長男との
物語を綴っています。
「生きて!」の詩はすべての方への
メッセージです♡



わたしはわたしでいい。

そう心底感じてからの1週間は
本当に驚くようなことばかりを
知りました。

自分のことなのに、知らなかった
気付かないようにしていたこと
たちの存在。

夫や大切な友達に話をきいてもらい

初めて開いた蓋の中をひとつずつ

確かめています。

思っていたよりそこの中には沢山の

悲しさや寂しさや怒りが入って

いました。

あ、あのとき、そんなにも私は
傷ついていたのか。。

それで心も身体もずっとずっと
一番奥は固く閉ざされていた
んだなぁ。。。

世界に直接触れなうように、

もう傷つかなくていいように、

ほんとうのわたしは、ずっと
その中に隠れていたことが
よくわかりました。


私はわたしでいい。


ほんとのわたしが光を浴びて、

生まれたばかりの赤ちゃんのように

世界を見ています。

わたしは生まれながらに自由で
ひとつだったんだと感じながら。


まだもう少し蓋の中身を見る作業と

それを片付けてあげる作業が続きそう。

でも今本当に驚くように柔らかい
暖かいわたしがここにいます。

すべてはほんとうに贈り物。

愛おしいいのち。人生。

ありがとう。涙。


昨日のブログで小さく?呟き
ましたが、

首を捻挫、というかギックリ腰
の首バージョンで、
寝起きに伸びをしたら首に激痛
でそれ以来のギックリ首でした。

週末のリトリートから、本当に
幸せな気持ちで翌日の朝を
迎えました。

身体中がポカポカでほわほわで、
自分を探しに、
もっと頑張るために、
もうどこにもいかなくていい
んだなぁという感覚に満ちて
いました。

わたしはこのままでいい

そんな深い深い幸福感。

そこに身内に大きな事件が
発生しまして、

(内容は省略。。)

その流れから、
一生言えずに解決はせずに
それでももういいかなと殆ど
諦めがついていたことを
生まれて初めて話すことが
できました。

私の人生の基盤となる所に
あった寂しさと苦しさと
欠落していた自我の部分。

それをたったの一日で
取り戻すような癒えていく
感覚を得ました。

このタイミングでそれが来た
ことが、すべては調和の中で
ベストタイミングで起こるの
だなぁと感じずにいられません。

わたしはわたしでいいと
心底思っていなかったら
きっと、その傷の蓋を開ける
ことはできませんでした。

この世界は自分の鏡だと
知っていなかったら、
受け入れられないような
言葉を聴いても、
自然と納得する自分がいました。



それで、私はついに最後の
鎧を脱いでしまうことを
決意しました。

誰かの幸福を願うことと
誰かの心を想うこと
それが私には大切だった
けれど

もうそれも卒業だと。

わたしはわたしでいい。

誰を幸福にできなくても
わたしでいていい。

わたしが幸せに生きていい。

この先何が起ころうとも

誰に何を思われようとも

いまのわたし以上に大切に
できるものはない。


それで、昨日の宣言、笑。

今日のBGMゲスの極み乙女
私以外私じゃないの♪笑。



ただ、かなり激しく状況と
心が動いたので、
長年の記憶と心情の混乱や、
悲しみが訪れて涙が止まらなく
なりました。

そして何よりも猛烈な怒りが
込み上げてきました。

それが首にきました。。苦笑。

夫と友達に思いつくままに
怒りを吐露し、自分でも確認し
そしてやっぱり最後には感謝
が訪れてくれました。

首もこれまた早くに回復しそう。


いまは何だか何を見ても
心がウルウルしっぱなし。

わたしの心の蓋が全部空いた
のかなぁと感じています。


この話しが参考になるかも
わからないけれど、
書いておきたくて残します。


突然に癒しは起こる。

そしてそれは一部だけに留まる
ことは不可能なのかもしれない。

本当に癒えていくとき、隅々まで
行き渡るように起こり続ける。

癒しは傷が癒えて元に戻ること。

わたしはわたしに戻ったんだな
そんな感覚です。










ひとはきっと

「わたしはわたしでいい」

そう思いたくて生きている。

努力して

我慢して

がんばって

批判して

優劣をつけて

愛して

優しくして

手に入れたいのは

「わたしはわたしでいい」

という身体中に溢れるほどの

けっしてなくならない実感。


そう思うと

何かを手に入れてから

何かになってから

何かと比べて上に立ってから

誰かと確固たる絆を結んでから

誰かと心からわかり合えてから

自分の軸を打ち立ててから

自分らしさを確立してから

仕事を全うしてから

子育てを終えてから

世界中が平和になってから

死んでから。。。

やっと安心するなんて

そんなのいやだ。。。笑。

そんなのいやだーーーーーー!!!
(繰り返し、笑)

BGMは、そんなのかんけーねー。ハイOPP。笑

もう我慢するのやめました。

わたしはわたしでいていい。

いまここで許します。


つぎの瞬間に涙が出ても

悩みが出ても

怒りが出ても

許す、許し続ける。

我慢するの嫌だった!

本当は嫌で仕方なかった。

自分がいなくて寂しかった。

嫌われるのが怖かった。

でも、もういいや。


優大の死から始まって
毎日の中でこれでもかと
このメッセージを受け取り続けて
3年ほどが経ちました。

今は愛があふれてとまりません。

それは自分を許すほどに

自分を愛するほどに

ほとばしるように沸き出して
きます。



この大きな節目にたち、
一生抱えて生きていくと思って
いたことが動きだし
いろいろあって
泣き過ぎて目も腫れて
頭も痛く
首も寝違え
背中も腰もバキバキですが、笑。

それもこの変化の大きな
流れの中にいることの証。


愛おしい人生です。


本当に個人的なつぶやきでした。

読んで下さってありがとう♡

さちえ









中野真作さんの新大阪での
1泊2日のリトリートに行って
まいりました。

今年の夏に非二元のお話し会
に参加して以来、参加するのは
2度目でした。

ブログを楽しみに拝見していて
カウンセラーの大先輩としても
学ぶ所が多くあります。

何よりも人柄がとっても実直で
本当にそのまんまそこにいて
くれることがありがたいのです。

このリトリートについて。。。
余りにも得るものが大きくて
何から書いていいかわからない
くらいです。

11名の皆さんの中にいて、
私はずっと子どものように
あるがまま楽しく過ごしました。

この体験自体がもう宝物。

何時間にも渡って、それぞれに
心や人生に抱えていること、
浮かんで来ることをシェアして
いくなかで、気付きはどんどん
深まります。

いのちがあるからこそ味わえる
ことの素晴らしさと

同時にわたしたちはいのちが
終わった後も終わらない存在
であることの素晴らしさ

それを感じて、ワクワクが
どんどん湧いてきました。

そして、

私はわたしを愛している。

目の前にいる人たちもみんな
愛おしくて仕方がない。

いのちがあることが嬉しい。

すべてのいのちがひとつだ。

そんな幸福感が波のように
訪れました。


そんな時間の間中、実際は
畳の上でのみなさんは。。

寝たり起きたり、
いびきまで聞こえる。。
となりでは
おかしをぼりぼり
お茶をずーずー
そして突然話しだす

のようなまったく温泉の
休憩場のような光景が続いて
いました、笑。


ありのままの
いのちのあらわれが見える
そんなリトリート。

心が何かを掴もうとしていない
今のわたしを許しきっている
そんな体験は愛そのものでした。

帰宅後も幸福感が続いています。

生きよう、生きよう、

わたしを生きよう。


中野さんに
出会えた大切な仲間のみなさんに
ブログを読んで下さって
いるみなさんに
そしてすべてのいのちに。。

愛と感謝をこめて。