ここはテキトー道の本部道場。と言っても看板すらありません。ギリギリ都内にある、築27年アパートの四畳半。
「師匠。何かご要りようでしたら、ボクが買いにいきますが...」
弟子がそう申し出た。テキトー師範は、新聞の折り込みチラシを眺めている。かれこれ小一時間。
「豚の角煮が旨そうだ。角煮なんて令和になって食ってない。カニも、カクニも、クリオネも….」
弟子は正座で足がシビれてきた。失礼してアグラ座りしよう。そう考えていると、
「そうだ!」
突然にちびた鉛筆をつかんだ師範。チラシを裏返して何か書き出した。カッカッカッカ。カッカッカッカ。対面から弟子が眺める。
カマンベール吉田。キャミソール吉田。クレゾール吉田。ケセラセラ吉田。コン☆☆ム吉田。
「師匠。何ですか、それは」
「候補名だ。キミの芸名の。今、粉雪のように、オレに天啓が舞い降りた」
「あの、すみません師匠。なんで、どれもカ行?」
「カ行姓を持つ芸能人は人気が長い。鹿賀丈史。北野武。桑田佳祐。ケイン・コスギ。郷ひろみ」
「大物ぞろいですね。それは有難いんですが。ボクとしましては、三番目の候補でいいかなと…」
ふむ、と首をひねる師範。
「クリで始まりスで終わる、5文字の刺激的なことばにしよう」
「そ、それだけはご勘弁を! 名乗るたび、ボクは赤面します」
「恥ずかしいのか」
「それで恥ずかしくない人は不感症。と申しますか、放送コードに引っかかるでしょう」
「そうかなあ…クリスマス」
「えーーっ。『クリスマス吉田』? そんな芸名って、ありマスか~」
人生劇場ディレクター 高野 晴夫