あなたは「あるもの」に焦点を当てるか。
それとも「無いもの」に焦点を当てるか。
中村久子という人がいる。
彼女は幼少時に起こした凍傷の影響で、両手両足を失った。
7歳の時に父を、10歳の時に弟を失った。
その後、母と再婚した継父に身売りされ「だるま娘」という名で見世物屋で働くようになる。
41歳の時にヘレン・ケラーと出会い「私より不幸な人、私より偉大な人」と言われた。
そんな波乱万丈な、決して幸福とは言えない人生でも彼女は明るく生き抜いた。
幾度もの困難を乗り越えて彼女が残した言葉がある。
「人の命とはつくづく不思議なもの。確かなことは自分で生きているのではない。生かされているのだということです。どんなところにも必ず生かされていく道がある。すなわち人生に絶望なし。いかなる人生にも決して絶望はないのだ。」
今の人たちは簡単に絶望しすぎなのではないか。
それも安っぽい偽りの絶望のようなものをだ。
僕が中村久子さんだったら絶対に絶望してしまうと思うけれど、そんな人生を生き切った人が絶望なんて無いと言いきっている。
だから僕は絶対に絶望なんかしない。
というか、してはいけないと思った。
他にも中村久子さんの印象的な言葉の中に「ある・ある・ある」という言葉がある。
頭にガツンときた言葉だ。
彼女は両手両足を失っても、人としてのプライドを傷つけられても「あるもの」に焦点を当てた。
人はだいたいにして無いものに焦点を当ててしまう生き物だ。
あれが無い、これも無いと言い出したらきりがない。
それよりも、もっとすばらしいものが既にあるのではないか。
本当に強い人はあるものに焦点を当てる。
今が幸せだということに気づく。
しかし、そこからは決して高慢になってはいけない。
今、あなたには何がある?
あるものに感謝をしよう。
CHARA「大切をきずくもの」