あれは確か小学校2年か3年の時だった。
国語の授業で作文の課題がでた。
テーマは自由で、僕はその時に「時計」という題名の作文を書いたんだ。
それは「時計」という題名がとてもかっこよく思えたという単純な理由からだった。
自分の中に「「時計」という題名で書いてみたい!」という衝動が沸き起こった。
可愛い小学生だったからお許しください。
題名がかっこいいという理由だけで(その時はかっこよく思えたのだ)書いたから当然中身は無い。
内容の方はだいたいこんな感じだ。
「時計がなっている。
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
僕はその音で起きた。
しばらくして、また寝た。
ゴーン、ゴーン、ゴーンという音でまた起きた。
そして寝た。」
確かこんな感じをエンドレスで書いた。
我ながら、なかなかサイコな少年だ。
ちなみに我が家にそんな音の出る時計は無かったのだが。
子供心にこの作文を読んだ先生の複雑な心情を感じとって、ぼくは自分を責めた。
先生からは「変わった作文」と評された。
なんてこった、なんでこんなことに、ああああ。
書いてる時は苦痛で仕方なかったよ。
何度も書き直して、作文用紙を汚して、こんな題名先行の作文なんて書けるかよ!って思ったよ。
他の生徒のしっかりとした作文を見て、恥ずかしくなったよ。
僕がなぜ今さらこんなことを書いたのか。
それはなんとなく思いだして、その時たまたまネタが無かったからだ。
そんなことってあるよね。
しかし、今では文章をだらだらと書くことがそれほど苦では無くなった。
まだ苦労は多いけど、前ほどは。という意味で。
なぜかと言えば、おそらく、僕には本を読むことが出来たからだ。
誰かが言っていたけど、本を読まない人は読まないんじゃなくて読めないのだと。
たまたま僕は目が見えたし、本を読むことが好きだったし、読めた。
人よりは多くの人の文章に触れたと自負している。
その副産物として、だらだらと文章が書けるようになったのだと思う。
いや、これでも立派な成長なんだ、僕にとっては。
「今日は昨日の自分を超える。」
「毎日違う自分になる。」
これを心に毎日を過ごしたいと思っているのだが、まあ大変。
でも、それを実践し続けている人も世の中にはいるのだ。
日々、昨日の自分を超え続けたらどうなるのか。
考えただけで毎日が楽しみになる。
ちなみに今日は日曜日。
さて、10月最後を楽しもうか。
MONGOL800「Don't Worry Be Happy」