春雨とは、音もなく降り続く春の雨のことだそうです。
株式会社ヨシムラファームのほ場から約6キロほどのところに、日本で初めて誕生した猫の駅長さん「たま駅長」がいる貴志駅があります。
猫好きの私としては、このブログを始めさせていただいた時から、いつか話題にしたいと思っていました。
今日は春雨と呼ぶには強すぎる、あいにくのお天気
でしたが、会社はお休みをいただいて、たま駅長の取材
に行って参りました(^_^ゞたま駅長は、毎週火・水・木・金曜日に出勤です。
貴志駅のある貴志川線は、もともとは南海電鉄の路線でしたが、利用者減少と累積赤字を理由に、2004年8月に廃止が表明されました。
しかし、沿線の住民たちが熱心に存続運動を行った結果、事業を引き継いでくれる先を一般公募することになり、岡山県にある岡山電気軌道が選ばれ、2006年4月から和歌山電鐵として運営されるようになりました。(鐵という漢字は鉄の旧字体で、会社立ち上げの際に金を失うと書く鉄では縁起が悪いからと、旧字体が使われたとの事です)
小嶋光信社長は、「日本一心豊かなローカル線になる」ことを目標と掲げ、「いちご電車」や、電車の中でのいちご狩りなど様々なイベントを企画します。
たま駅長は、もともと貴志駅の隣の売店の女性の方の飼い猫で、売店と倉庫の間に作られた猫小屋で飼われていて、2006年4月1日の和歌山電鐵グランドオープンの日に立ち退きが命じられていました。
朝のセレモニーが終わったあと、売店の女性から「社長さん、社長さん」と追いかけてこられて、
「うちのたまは男の子なら300万円する三毛猫で、女の子だけれど100万はするのよ」と、猫たちを駅の中に住まわせてもらえないか相談されました。
この時、小嶋社長は、「動物を公共の場におくとお客様や社員の中に嫌がる方々が出る」という思いと、和歌山電鐵の属する両備グループの経営理念である「忠恕(ちゅうにょ)」(真心からの思いやり)の精神がクルクルと脳内を回って、とっさに
「この子は貴志駅の駅長だ」
と、ひらめいたそうです。
2006年8月6日の和歌山電鐵グランドオープンのごあいさつでは、
「このいちご電車で、ビアパーティなどの催しや、コンサート、貸切りでの結婚式などもしてみたいと思っています。またこの秋には、貴志駅に「いちご神社」を造り、おみくじなども引けるようにしたいと思っています。いちご神社は、伊太祈曽神社の末社にでも加えていただければと思います。また、先日貴志駅で、三毛猫さんと目が合って、何か手伝うかと声掛けしましたら、何でも手伝うというので、いずれ三毛猫の駅長さんが登場すると思います。」
と思わずフフって
なってしまうステキな言葉を述べられています。
そして、2007年1月5日、ついに日本で初の猫の駅長さんが誕生します。
その後の活躍は、スーパー駅長に昇進するわ、和歌山県からナイトの称号はもらうわ、フランス映画に出演するわ、で、現在は和歌山電鐵の“社長代理ウルトラ駅長たま”として名を連ねています。
ただ、忘れてならないのは、和歌山電鐵が見事に再建した背景にはたま駅長の活躍ももちろんですが、小嶋社長の手腕に依るところが大きいです。
一例をあげますと、コストダウンの要は人件費削減になりますが、それでは安全とサービスに悪影響が出ます。
初代常務になられた方は50歳を超えて新入社員とともに電車の甲種免許を取り、ラッシュ時などは実際に電車の運転をされました。
当の小嶋社長はご自身の著書で、
「南海電鉄さんが、親身になって運転手教育や保線や電気系統のメンテナンスにご協力してくださったことも大きな後押しになりました。普通は、止める鉄道の再建に快く協力してくれる鉄道事業者は少ないのです。このことはぜひ地域の皆さんもしっかり心に留めておいてほしいのです。」
と、おっしゃられています。
さて、それでは本日の取材
で撮ってきた写真をご紹介します。
まず、和歌山駅~たまの足跡にいざなわれ


おもちゃ電車でGO


30分ほどで貴志駅に着くと、たま駅長のお出迎え

イチゴマークの制帽をかぶって記念撮影していただけます。
シャイ
な私はダメです

おっ、足元にもたまが

お待たせいたしました。たま駅長です。了解を得て写真を撮らせていただきました。たま駅長のストレスになりますので、くれぐれもフラッシュはたかないように、、です。ガラスを叩いても絶対ダメです。

こんなところにも、たま駅長がいます。

貴志駅駅舎です。木造の駅舎で外観が猫の顔の形をしています。

たま駅長。ん
向きが変わりました。

たまカフェです。

寝ていても大丈夫
たくさんのたま駅長がいます。




最後まで、寝ていました。また会いに来ますね

弊社がトマトやにんにくを納品させていただいている、産直市場よってって様の看板です。ここから徒歩14分とあります。
下の3枚の写真はリサイズしていませんので、クリックすると大きな画像で見られます。興味のある方はご覧になってみてください。

ウルトラ駅長 たまヒストリー

経歴

さて、今日は長くなりましたが、もうしばらくおつきあいください。
以前にも書いたことがありましたが、このブログは“篠山紀信”が写真を撮って、事務員である私がその説明を受けて文章にしています。
ですので、農業のことを何も知らない自分が書くことでありますので、内容的に薄いものになってはいないか、ちゃんと正確にお伝えできているかと常々憂慮しておりました。
この度、趣向を変えて、来月からは弊社の若い社員がこのブログを引き継いでくれることになりました。
和歌山電鐵の小嶋社長のように
「アメブロやるか?」と声掛けしましたら、
「やります
」
と言うので、目をキラキラさせた夢多き若い彼にバトンを渡すことにいたしました
実際に農作業を行っている者が書きますので、ホットな情報がより正確にお伝えできると思います。ご期待ください
私は明日もう一日また何か書きます。
最後に、関西人らしく笑いを取れれば嬉しいのですが(*^_^*)
*参考文献
小嶋光信『日本一のローカル線をつくる』
(株式会社学芸出版社 2012年)