コペンハーゲンのキリン | 木村佳子のブログ

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社会とのコンタクトポイントの一分野として経済・株式市場をとらえ、分析する過程で資産運用力を磨き、人間として深い「知」を獲得しよう

資産運用に関係のない話かもしれないが、深く考えさせられた事件だったので、書かずにはいられなかった。

コペンハーゲンの動物園で同種で増えていくと劣性遺伝等の問題が出るため、一匹を選んで殺処分し、しかもそれを子供たちの前で解体し、ライオンのエサに与えたという。


動物愛護家ならずともショックを受けた人がいただろう。私もその一人だ。


殺されたキリンに気持ちがシンクロする。

何故、よりにもよってこの僕が? 突然、命を奪われたキリンの無念を思わずにはいられない。


ものすごく辛い気持ちを飲み込んで、深呼吸して今一度、このことを考えてみる。

動物園に対する考え方がまるきり違うんだろうなと想像する。


私がイメージするのは様々な動物を見て観察することで、アニメなどでなじんでいる動物と実際の動物の差を知ってもらおうということがベースにある動物園。


理想的には日本の旭川動物園のような場所が私の理想とする動物園だ。


極端にショーアップされた動物ショーはいらない。動物園でサーカスもいらない。

動物の生態を園を通してちょっと垣間見る機会を動物園に求める。


それが理想だと思っていた。


だから、管理上の理由から殺して、解体ショーを見せて、ライオンのエサにするという行為には強い違和感を覚える。


何も殺すことはないだろうに。

同種で増えるのが問題だと思うならよその動物園にあげればいいじゃないか。


それを何故しないのか?

しない上に、何故、解体ショーまで小さい子供の目の前で見せるのか?

その理由は何?

解剖学でも教えたいのか?

動物の体はこんな風になっているということを知らしめる?

それとも狩猟民族的な観点からか?


挙句、それをライオンのエサにする。


根本的に考え方が違うのだろうと思う。

よその動物園にキリンを移管しようとする命への考えがないから、処分するのだろうし、処分するに当たってはそれも見世物にしようというのだろうし、処分の果ては肉としてエサにしようとするのだろう。

ライオンにいつも別の動物を与えている「代替え品」だという考え方なのかもしれない。


さて、ここからが資産運用にも関連することになると思うけれど、

世の中にはそんなふうに違う考え方の人がたくさんいるということだ。


私が「何も殺処分することはないだろうに」と思うことを「何が悪い。こういう理由でこうしたのだ」と向こうは向こうのロジックで行動をする。


市場にもそれを当てはめると、株にしろ為替にしろ考え方のまるで違う人を相手にして、儲けようとしているのだ。

時に相手は大量のプロパガンダを撒き散らす。


それでカモにしようとする投資家の期待値を狂わすわけだ。

投資家はもう、マーケットから出ていきたいと思っていたのに期待値を上げられて、「いや、もうちょっとここにいようか」と思ったり、投じるお金を増額する。


そして、高みの極みの株に夢を抱いて飛びついたりさせるわけだ。

結果は?


コペンハーゲンのキリンにされてしまうよ。


マーケットには自分とロジックが相容れない相手が潜んでいて、勝つか負けるかの真剣勝負をしている。

そもそもは柵の中に飼われることになったキリンの身に起こる処分される確率が一定値あったのと同様、投資家も自分の身に起こる損する確率を常に意識したいものだ。


●2月14日


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