ふるさと巡り=北東伯の日系社会を訪ねて(4)=全てを笑いに変えて ブラジル日報WEB版より | 私たちの50年!!

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1962年5月にサントス港に着いたあるぜんちな丸第12次航の同船者仲間681人の移住先国への定着の過程を書き残すのが目的です。

ふるさと巡り=北東伯の日系社会を訪ねて(4)=全てを笑いに変えて ブラジル日報WEB版より

 

仲良しの下坂さん夫婦とヒロコさん夫婦(右)

 

 ふるさと巡りの参加者は皆、個性に溢れている。参加者の平尾ヒロコさん(岩手出身)は人を笑わせるのが上手な人だった。女子トイレの待ち時間などちょっとした時には「メトロに乗っていたとき、『Coma bala』(飴をなめろ)って言われながら銃を向けられたことがあるんだけど、咄嗟に『食べたくない!』って騒ぎ立てちゃったの。周囲の人はぜんぜん助けてくれないで笑ってたの」と話し、周囲を明るく笑わせた。ポルトガル語が苦手だというヒロコさんは、強盗が「Toma bala」(弾を撃つぞ)と言ったのを勘違いしたのだろう。
 これまで強盗には何度もあったという。「前のときは、一度お金を渡した後に、でもこれじゃ家に帰れないと思って、強盗にやっぱり返してってお願いしたんだけど、返してくれなかったのよね」とこれまた茶目っ気を混ぜて陽気に語る。ヒロコさんほど強盗被害体験を上手に笑い話にしてしまえる人はいないだろうなと思った。