[佐世保警備隊]名切砲台
佐世保市黒島町
黒島は北松浦半島の南西沖合にあり、佐世保市本土から西へ約12km離れた島で、九十九島の中で最大。明治22年、海軍は佐世保に佐世保鎮守府を設置。明治44年には佐世保軍港の区域が拡張されて黒島はその最外郭に位置付けられた。大正3年に黒島の古里地区に東砲台、田代地区に南砲台が築城された。
東砲台には、8センチ平射砲2門と探照灯及び格納庫、管制機雷を起爆する視発所、発電所、兵舎と桟橋から成っていた。主な任務は高島との間に敷設された機雷を除去しようとする敵艦艇を妨害すること。昭和18年5月に全ての装備が撤去され、主な装備は別の砲台に送られた。戦後、砲台施設は地元に払い下げられ住居や倉庫などに使われた。
南砲台についての資料は見つけられず。推測だが建設年度もほぼ同じようなので東砲台とほぼ同設備だろう。
昭和12年に佐世保軍港の最外郭を守る防空砲台&見張所がつくられ、昭和20年5月頃に佐世保軍港を守るため、本土決戦用の2つの平射砲台(南→田代/東→名切)がつくられた。
佐世保軍港出口(外洋)の北につくられた海軍平射砲台は黒島のみ。南の松島には2ヶ所の防空砲台(嶽下砲台と瀬戸畑砲台)がある。
引渡目録
出典:アジア歴史センター(C08011465800)還納目録 佐世保海軍警備隊(①-引渡目録-540)
説明書き
場所(引渡目録)
出典:アジア歴史センター(C08011465800)還納目録 佐世保海軍警備隊(①-引渡目録-540)
引渡目録では、火砲は15センチ砲1基と25ミリ機銃2基になっている。案内版によれば「安式15センチ平射砲」と書かれているので、これが本当なら「40口径安式15センチ砲」となり 江田島の海上自衛隊第1術科学校に実物がある。
指揮所?と思われる地下壕?は埋没している
名切砲台
出入口は埋没しているので、砲口から中に入る
砲側庫と出入口は最奥向かって左側にあるようだ。
砲口をみる
石組+コンクリート!
40口径安式15センチ砲
砲身を格納する凹みはない
砲身を格納する凹み
佐世保警備隊生月砲台(撮影わたくし)
終わり
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