放送大学の愛知学習センターにて、
「子どもの福祉」の面接授業を受講しました。
教室
授業風景
まず、この授業に出会えたことは、人生の誇りだと思う。
今回、放送大学・堀場純矢教授「子どもの福祉」を受講して、
「子どもの貧困」という言葉を、
ニュースで見たことがあるし、
統計で学んだこともあります。
けれど、それが自分自身の生き方や価値観を揺さぶるほどの重みをもつテーマだとは、
本当の意味では理解していなかったのだと痛感しました。
放送大学客員教授・堀場純矢教授の面接授業「子どもの福祉」は、
その甘さを、静かに、しかし確実に打ち砕いた。
知識ではなく、「まなざし」を教えられた授業。
堀場教授の講義は、声を荒げることも、感情を煽ることもない。
それなのに、なぜここまで胸に迫るのか。
それは、先生が「子どもの貧困」を理論や制度の話としてではなく、
「現実に生きている子ども一人ひとりの問題」として語っていたからだと思う。
非正規雇用、ひとり親世帯、教育格差、地域の孤立。
どれも教科書には載っている言葉です。
しかし堀場教授は、それらがどのように絡み合い、
どのようにして「子ども自身にはどうにもできない不利」を生み出しているのかを、
極めて冷静に、そして誠実に解き明かしていった。
そこには、決して誰かを断罪する視点はない。
あるのは、「社会として、私たちはこの現実をどう引き受けるのか」という、
重く、逃げ場のない問いだけだった。
この授業で、最も心に刺さったのは、
支援とは“与えること”ではなく、
「子どもの可能性を奪わないための社会の責任である」
という趣旨の考え方だった。
私は無意識のうちに、「支援する側」「助ける側」という安全な場所に立っていたのだと思う。
しかし堀場教授の言葉は、その足元を静かに崩した。
子どもは「守られる存在」である前に、
尊厳と権利をもった一人の人間である。
その当たり前の事実を、
私はどこまで本気で理解していただろうか。
この授業は、人生の指針になる。
単位のための授業、資格のための勉強。
そういう枠組みで語ることが、
この授業ほど似合わないものはない。
堀場純矢教授の「子どもの福祉」は、
学ぶ者の生き方そのものを問い、
専門職としての覚悟を突きつけてくる授業だった。
もし、
「子どもに関わる仕事をしている人」
「福祉や教育に関心がある人」
「社会のあり方について本気で考えたい人」
がいるなら、私は迷わずこの授業を勧めたい。
そしてもし、
「もう一度、真剣に学びたい」
「知識ではなく、考える力を身につけたい」
そう思っている人がいるなら
放送大学という学びの場は、
間違いなくその期待に応えてくれる。
この授業に出会えたことは、
私の人生の中で、確実に誇れる経験でした。
堀場純矢教授の、知性と誠実さ、
そして子どもへの揺るぎない敬意に、心からの感謝を捧げたい。
学ぶことは、世界を見る目を変えることだと、初めて本気で思えた。
そんな授業が、ここにはあった。
特に、保育士・社会福祉士・子育て支援員・行政職・スクールソーシャルワーカー、
小児精神科医、精神保健福祉士、公認心理士、臨床心理士等の、
有資格者ではあるものの、
わかっているつもりの専門家っていますが、
その「慣れ」と「思考停止」を、専門職の内部から容赦なく突き崩す授業です。
貧困は「属性」ではなく「構造」である、という当たり前の重さ。
堀場教授の講義が際立っているのは、
子どもの貧困を決して個別事例や家庭要因に回収しない点にある。
非正規雇用の常態化、ジェンダー不平等、教育投資の自己責任化、地域の相互扶助機能の低下・・・
これらを「背景」として語るのではなく、
貧困を再生産する社会構造そのものとして捉え直していく。
専門職であれば、どれも既知の論点だろう。
しかし堀場教授の語りは、
「それを“知っている”あなたは、現場でどの立場に立っているのか」
という問いを、確実にこちら側へ投げ返してくる。
「支援している」という言葉に潜む危うさ。
印象的だったのは、支援の語り方そのものへの警鐘である。
支援は善であり、必要であり、正しい。
しかし同時にそれは、専門職が最も無自覚に権力性を帯びる瞬間でもある。
堀場教授の講義を通じて突きつけられるのは、
「私たちは子どもを“守っている”のか、それとも“管理している”のか」
「可能性を広げているつもりで、選択肢を狭めてはいないか」
という、耳の痛い問いだ。
子どもは「かわいそうな存在」でも「支援される対象」でもなく、
権利をもつ主体である。
この原点を、専門職ほど忘れやすいという事実を、
改めて突きつけられた。
専門性とは、答えを持つことではない
この授業が専門家向けとして圧倒的に優れているのは、
「こうすべきだ」という結論を安易に提示しない点にある。
堀場純矢教授が一貫して示していたのは、
専門性とは、正解を語る力ではなく、問い続ける力である
という姿勢だった。
子どもの貧困に「完全な解決」はない。
だからこそ、専門職は
「自分の立ち位置を疑い」
「制度の限界を自覚し」
「それでもなお、子どもの側に立ち続ける」
という、極めて不安定で、しかし誠実な態度を求められる。
専門職として積み重ねてきた経験や自負がある人ほど、
心に引っかかりを覚えるはずだ。
だが、もし
「最近、支援がルーティン化している」
「制度説明だけで現場を回している」
「子どもを見る目が、どこか鈍っている気がする」
そう感じているなら、この授業は確実に必要だ。
堀場純矢教授の「子どもの福祉」は、
専門職であることに安住する私たちを、
もう一度“学ぶ側”に引き戻す授業である。
専門職であり続けるために
この授業を受講して強く思った。
専門職であることは、肩書きや資格で完成するものではない。
むしろ、揺さぶられ続ける覚悟を持てるかどうかが問われているのだと。
子どもの貧困を本気で語るなら、
社会を語り、制度を語り、そして何より、自分自身を語らなければならない。
堀場純矢教授の講義は、その覚悟を静かに、しかし確実に要求してくる。
だからこそ、この授業は、保育・福祉の専門家にこそ受けてほしい。
「もう一度、専門職として学び直したい」と思う人に、
これ以上ふさわしい授業は、そう多くない。
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