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YOSHI DESIGN

design art jazz movie kabuki fashion



    ぼんぼりに薄桃色の灯をいれて君待つ心地雛の宵かな


       お揃いが 嬉し千両 黄実赤実


          水平の眺めに出逢う寒の春
テレビドラマの「プライベートバンカー」であります。


富裕層の資産コンサルティングを行う

専属の専門家のことを「プライベートバンカー」というそうな。

要するに「金庫番」であります。

唐沢寿明さん演ずるプライベートバンカー。

その身なりがなかなかであります。

典型的な英国紳士の装いが、

映画「キングスマン」のパロディかと思われる節も

無きべしにもあらずでありますが

いやいやどうして決まっていますよ。



上着の右側のポケットの上にもうひとつ小さなポケットが付いています。

これがチェンジ・ポケット。小銭や乗車券を入れるポケットであります。

英国スタイルのアイコンでありますね。



鉛筆で描いたようなストライプを

ペンシルストライプと申しまして

このペンシルストライプのスーツに

水玉のネクタイの組み合わせは、もうステレオタイプな英国紳士ですけど

しっかり着こなしていますよ。

ちょっと太めの結び方のネクタイはウィンザーノットと言いいますね。

ネクタイの結び目にディンプル(みぞ)をつけていないところが

少し野暮に見せる狙いなのでしょうね。

ドレスシャツも襟先が少し広がったワイドスプレッドカラーが

英国調なのですけれど

ノーマルな開きのレギュラーカラーのシャツにしているのも

狙っていますね。(細かい!)



と対する大物政治家は堺正章さんであります。

これまたストライプのダブル前のスーツ。

ストライプの幅が少し太いでしょ。

チョークで引いたような線なのでチョークストライプと申します。



濃いめのグレーのスーツに

明るめのオレンジとグレーの幅広いストライプネクタイの

組み合わせに大物ぶりが出ていますね。



明るいグレーのスーツに

ライトブルーの細かいチェックのドレスシャツ。

ダークなグリーンのペイズリー柄のネクタイ。

これってほとんど堺正章さんのプライベートなコーディネイトですね。

こんなお洒落な政治家はいませんものね。



もう堺さんの独壇場になってきました。

ライトグレーのダブル前のスーツ。

これまたチョークストライプで

ライトブルーの細かいチェックのドレスシャツは

襟先が丸くなっているラウンドカラーであります。

ネイビーのソリッド(無地)のネクタイを合わせています。

コントラストをつけない組み合わせは上品ですね。

お気づきかと思いますが、堺さん全て

ネクタイの結び目にはディンプル(みぞ)をつけていますね。



締めはネイビーのチェスターフィールドコート。

マナーの教祖チェスターフィールド卿が愛用したことから

その名がついたフォーマルコートであります。

やや膝上の丈が見事なバランス。


いやいや久しぶりにテレドラマで

クラシックな装いを見せていただきました。


引用写真:テレビ朝日「プライベートバンカー」より




熱海のMOA美術館にて、吉田博の版画展をみる。



木版画の特徴かもしれないけれど

風景の光とか空気感と言った、曖昧さを

ぼかしたりしないで、

きちっと線で表現しているのが新鮮な感じ。

青い色を使って木漏れ日の暖かさを

表現してしまうルノワールみたいな、逆手技法だね。



浮世絵のようにフラットではなく

かつ西洋絵画の遠近法や光の陰影バッチリではない

ところが優しくていい心地。



誰が見ても「ああ、金閣寺」とわかる

ストレートな構図なのに、(つまならさ) がどこにも無い。

建物の一部を強調したり、強烈な色を使ったりとか

下手な変化球をしない。

この潔さですよ。

フツーのスーツにフツーのネクタイ結んでいるだけなのに

品よく、どこか魅力的に写る人のよう。





池や海の水面の表現が(心地よさ)の特徴かな。



なんだか熱海の海も

吉田博の風景に見えてきました。



実は20年前に、横浜のそごう美術館にて鑑賞している。

当時は若い頃の作品がまだ発見されていなかったので

奄美の作品がメインで展示されていた。

当時のテレビで紹介された時に

強いインパクトを受けたので

早く本物が見たいとはやる気持ちで見に行ったのを覚えている。

ところが実際に拝見すると

なんだか感動もなく、やや拍子抜けしてしまった。

テレビとか印刷物の方がよく見えてしまったのである。

なぜかは分からず仕舞いだ。


強いて言うならば

印刷物では分からなかったが、絵の中に銀紙の切り紙が

撒かれていて、妙にキラキラした雅感に違和感があったからだ。

今回の東京都美術館での展示でも1枚だけ

銀紙を散らしていたのがあったが、かなり控えめだったので

キラキラ感は抑え込まれていたけど。


左からしつらえたアダンの葉の開き方や

浜辺の砂利の一粒一粒に、ゆっくりと向かってくる波の音

この構図に詩情を満たしてくれ心地よさ と

客観的に見れば絵は素晴らしく非の打ちどころもないのは明白なのに・・・ね

いったい自分が勝手に描いていた南国の情景がなんだったのかな



これと同じ感覚は、伊藤若冲を見た時にも感じた。

「動植彩絵」がそうだった。



テレビやネットの高画質で見るのと全く同じで

原画の肉筆感みたいなものがなくて、感情が動かず参ってしまった。

なんなのだろう。

完成度が高すぎて完璧なので、圧倒されてしまい

グゥの音も出ないといった感じなのかな。

いやいや今だに困惑しています。


「いいデザインは98パーセントの常識と2%の美学から生まれる」

昨年末に東京ステーションギャラリーにてみたテレンス・コンラン展から

イギリスのデザイナー、テレンス・コンランの言葉だ。

とかくデザインは姿・形の新しさばかり要求されてしまいがちだけど

使い勝手や機能など目的が明確に満たされていなければ

デザインとは言わないってことだね。





既存の常識にとらわれずに発想することは大事であるけれど

それが全てだと美学が強くてデザインよりもアートになってしまうね。

そのアートの美しさや新しさは実に魅力的なので

ついつい全面に打ち出したくなるのだけれど

お里が知れてしまうので押さえて押さえてであります。

アート性はわずかな比率である方がデザイン力を発揮するので

その塩梅加減が大事だね。

それがデザインのセンスってやつよ。






ギャラリーの回廊から東京駅丸の内改札ホールを見下ろして

撮ってみたら、なんだかモダンレトロな感じに仕上がってしまった。