姫路 リフォーム モリシタ・アット・リフォームの社長 ヨシくんのたわごと日記

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多くの人は
偉そうにいう人を
ゆるさない。

会社の社長でも
学校の先生でも
政治家や官僚にでも。

実際に偉いと
いえる人にでも
偉そうにするな。という。

また、偉そうでなくとも
事実をいうだけで
煙たがらる。

いいかげんな発言の方が
案外、受け入られるものだ。

根拠や証拠が
重要視されない
世の中である。

間違っていても
みんながいうことが
当たり前とされ

正解であっても
みんなと逆行すると
白い目でみられる。

あと、バランスが
いい人はダメだ。
面白くないと相手にされない。

過激な発言をしたり
馬鹿なことをしたり
怖がらせてくる人が

英雄であり
ヒーローとなる。

これら常識は
昔からの当たり前なのだが
最近、更に顕著である。

また、指導者が
権力を上げるのに
無力化をやるが、

それも、そう。

命に関わる熱中症なので
不要不急の外出するなとは
どこまで無力化させるのか。

やるな。でるな。
うごくな。ふりむくな、
じっとしてろ。

この無力化に従っているが、
これだとサバイバルを生き残れない
弱い民族作りに拍車をかける。

やがて、
命がつきるまで、
おとなしく潜んでいろ。

それは、いやだ。な。
と思う。


人は、草原に人食いライオンや
人食いトラがいないところで
暮らしたいが、そうはいかない。

彼らに見つからないように
影を潜めるときもあれば、
いなくなると自由に生きる。

彼らが絶滅しなくとも
許される範囲を見つけて謳歌する
サバイバル人生が当たり前だ。

過保護の生き物は
生きていけないだろ。

どうも、常識が
ひどくなり過ぎている。
気がする。

そういうこと、なんだが。

第二波がきたかも…と

また、毎日毎日増えた感染者数の数を

テレビで言いだした。

 

ようやく、新型コロナについて

冷静な情報がテレビで

取り上げられだしたのに。

 

世間の思い込みに流されないで、

危険度を科学的に伝えてくれる、

正確に危険度を伝えてくれる情報である。

 

これまでSNSやYouTubeではあったが

テレビの発信以外は世の中は受け入れないので、

あまり表で説明してもらえなかったのである。

 

企業は、自粛は必要だが

商売もやらなければならない。

その判断は自己責任である。

 

パニックだけの情報だけでは

今後の企業方針は立てにくい。

 

そこで冷静な情報が発信されるのは

危険性を最大に加味して、社会情勢をにらみ

企業責任が取れる行動ができるのだ。

 

それなのに、また、感染数だけで

危険を煽る情報はやめてほしい。

第二波を煽るのはやめてほしいのだ。

 

コロナの危険度はインフルエンザなそ

他の疫病との比較でも理解されているが

母数が発症者であって感染者数ではない。

 

危険度は感染の有無ではないのだ。

どのぐらい発病して、どのくらいが死亡しているかだ。

ここでくらべないとコロナの怖さが分からない。

 

これは冷静な情報では

ずっと発信されているものだ。

 

毎日のようにテレビ聞かされるPCR検査の陽性も

暴露(ウイルスが体に入った)と感染(細胞まで入った)

であって、ウイルスが体に入り込んだ数である。

 

国際医療福祉大学の高橋教授によると

たぶん日本の3割が暴露して感染した可能性はあるが

無症状や軽症で98%程度だという。

 

ほとんどが自然免疫で治っているのだという。

 

だとしたら、発症していないし

重症者や死亡者も決して多くない。

これだとコロナの危険度は下がるのである。

 

こうした情報は、陰では流され続けているのだが、

どうしても利害のあるテレビだと流されない。

ここにきて、せっかく表に流され始めたのに…

 

こういった現状の方が、

コロナ自身の危険性より危険である。

それが一番怖いかもしれない。

 

PCR検査もする人が増えると

陽性で出る人が増えるのも当たり前だし

潜在的な感染者がいるのだから

 

発症や重症化していないのだから

感染があっただけで大騒ぎするのは

もう、いいだろう。

 

感染者を母数で考えると、前にテレビをにぎわせた

「最悪で40万人以上の死亡者」となってしまい

冷静なコメントでは最大3800人だという。

 

本気でアフターコロナ、

ウイズコロナというなら

いまの情報発信を考え直してほしい。

 

「次の次元」の情報を

発信してほしいのだ。

このコロナ騒動も下火だが、

苦労している中小企業が

いまだ多いようである。

 

飲食業やホテルが9割減だが

スーパーは売上5割伸びのように

いい悪いはあるのだが。

 

どうも、この状況で

商売についての考え方が

また、ちょっと変わった。

 

かつて日本は、高度成長があって

大量生産大量消費があたりまえで

そのせいで出た弊害で変わった。

 

週休2日、ゆとり世代、

いまでは働き方改革に続き

働かない価値観を増やした。

 

結果として経済は落ち着き、

遊びや余裕をもつことで

かつての経済アップの毎日はなくなった。

 

まあ、それは当たり前で

懸命に働いている国と、

ゆとり世代の国が同じはずはない。

 

しかし、それはそれで悪くない。

だめなのは、働かないのに

それでも経済成長を期待することだ。

 

むかしの欧米のように奴隷社会でも

あれば違うだろうが、日本では

自分が汗を流すしか労働力はない。

 

いまの日本のようになったら

もう、この先、これまでのような

高度な経済成長は期待できないだろうが

 

だからと言って悲観することもなく

今の状態なりに目標を変えることで、

豊かな人生はあると思う。

 

このあいだ、神戸のすし屋に

家族で久しぶりに言ったのだが、

そこで板前さんがこういった。

 

「このネタは3日間ねかしていました」

熟成して、身は柔らかいのだが

味が芳醇なかんじになっているという。

 

うまい寿司ネタになるまでに

魚は何年かかかる。

いい餌を求めてどんどん大きくなるために。

 

つまり、企業で言うと売り上げをあげて

どんどん安定した巨大企業に

なるということとにているともいえる。

 

しかし、魚にはたべごろがあって

それ以上に成長するこことは

魚によっては死を意味する。

 

一番いい状態でネタをさばいて

食べるのは活きがよくていいのだが、

3日成熟させることで味を上げようとする。

 

いわば日本はこの3日間の状態で

経済成長を期待しないのなら

成熟させて味を上げるしかない。

 

こうなると、これまでの企業の

目的や目標、などの考え方が変わる。

常識が変わるのである。

 

これが、私が取り組んでいるところの

「会社は小さく運営する」につながるのだが

これから個人商店の復活である。

 

成熟の社会では、価格競争は気にしない。

昭和の商店は、安いから買いに行ったのではく

そこにしか店が店がなかったからである。

 

令和は、店はたくさんあるが、

そこでしか買えないものをつくることで

いいモノをいいかに作れるかが重要になる。

 

震災といい、コロナといい

危機があることで時代変わる。

 

ただ、新しい事でなく

これまであった法則を再認識する

その方が多いのだが。