心の整理できず
先日の彼の実家へ行く。東京から2時間弱で、田んぼの真ん中にある比較的大きな家へ到着。もうもうと線香の臭い漂う中、遺影の前に立つ。遺影の彼は笑っていた。線香をあげさせていただいた後、ご両親と少し話す。とはいえ何を話したら良いのか分からず、もっぱら会話はあちらからであった。左官屋上がりで威勢のいい感じ(普段はそうなのだろう)のお父さんは、しきりに「何か奴を見てオカシなヤツだ、なんて思った事ないですか?」と聞かれる。その時から嫌な予感はしていたのだが、その後、泣きながら話すお母さんの話で「やっぱり…」と肩を落とす。
やはり彼は自ら命を絶ったのだ。1回目、彼は自宅で首筋を切る。幸い一命はとりとめたが、入院を余儀なくされる。その後、退院した時点でオイラへ手紙を書いてきたようだ。「年賀状をお返しできなくてすいませんでした」というような文章で始まるその手紙は、もしかしたら彼の遺書を兼ねていたのかもしれない。しばらくして、再び彼の言動は死をほのめかすような物になり、心配した両親の判断で再入院させる。本人は不服だったようである。そしてあの日、彼は病院の至る所からタオルを集め、トイレのパイプにそれを掛けたのだった…。
ご両親が最後に彼と交わした会話は、彼の疑問と不服だったようである。「どうしてボクがココにいるのか?」。それが心残りだという。私たちへの仕打ちなんでしょうかね…などとまたお母さんは泣き出す。お父さんは「人生は水車のようなもんだと思うんですよ。水の中に入ってる時もあれば、上がって日が当たる事もある。奴の水車は、たまたま悪いところで回転が止まっちまったんでしょうね…」と語る。彼は水の中へ沈んだまま、息苦しくて、もがき続けて、それでも上がる事はできなかったという事だろうか?
すでにトンズラしてしまった知り合いの借金を肩代わりし、そこから始まったであろうかれの息苦しい生活。2回目にして「成功」した、自ら選んだ「終焉」は、彼の最後の抜け道だったのだろうか? その方向にはたして「水上の光」は見えたのであろうか?
じゃあCD買いましょう
また寝坊した! 去年からずっと平日は8時前に出勤→24時前に退社→終電で帰宅→3時頃就寝…、休日はカミさんと交代で夜通しムスコくんと付き合う(とはいえ、オイラは寝むりコケてしまう事も多いのだが)…という生活が続いていた所で、急に睡魔のピークが襲ってきた。目覚まし代わりのケータイを握りしめたまま、会社の始業時間をも上回る時間まで眠り続けてしまった。カミさんは完全にムスコくんの生活リズムに合わせて寝起きしているので、朝起こしてくれとも言えないし…。自力で起きられないのであれば、遅刻するしかないのだ。ま、寝坊してしまったものはしょうがない。いくら急いでも遅刻は遅刻。今日、やろうと思っていた仕事は十二分に残ってはいるが、スッパリ午前半休させてもらって、ゆっくりと「時差出勤」を楽しむことにした。途中で書店をのぞいたり、CDショップに寄ったりもしちゃう。以前から買おうと思ってた「RAGGA AKIKO(和田アキ子の名曲をレゲエアーティスト達がリミックスやカバーしたアルバム)」を購入だ。じゃあついでにってんで、「あの鐘を鳴らすのはあなた」繋がりで、サンボマスターのCDも買ってしまう。ほんの少しだったが、なかなか有意義な時間であった。いまだ自由な時間が持てないカミさん、すまんなー。
チョイカブオヤジの自覚
某企業の「株主総会決議」の通知が届く。先日行われた株主総会の結果をお知らせする通知書だ。オイラは数社の株を細々と売り買いし、なんとか小遣いを増やして過ごしている、いわゆる「チョイカブオヤジ」なわけだが、株主総会なる場所へは実際に参加したことが、まだない。大抵の会社は封書で「議題」通知書が送られてくるので、「承認」「否認」を決めてハガキで返信してしまう。少量とはいえ、その企業の株を所有している以上、当然「株主」であるからして、そうならば一度は株主総会へ参加し、実際にその企業の人間や空気と触れてみるのも必要なの…だろうか? 「通知書」が送られてきた時にはすでにその企業の株は売却済みだったりする事もあるのですがね。
時すでに遅し
またしても悲報。以前(前の前の会社)、同僚であった同年代の彼が去年の年末に亡くなっていた事を知る。つい先日、年賀状で「元気にしてるかー?うちは子供生まれました!」なんて書いて出したというのに…その年賀状は彼の手に渡る事はなかった。去年のまだ暖かい頃、彼から1通の手紙が送られてきた。「先日まで入院していました。自分では何も問題無いのに、すぐに入院しろと言われて、ずっと病院に入れられてました」なんて書いてあった。
彼は近年、心を病んでいた。はじめは「鬱病」のような症状から始まり、クスリで急激に「躁」状態になったり、後々は言動が少しずつ普通では無くなってきたり…。それでも彼はオイラを「友人」であると言ってくれていた。オイラも彼の事をは「友人」だと思い、いつか昔のように楽しげに笑う顔を見られるものだと思っていた。オイラが友人である事が、彼の心を少しでも良い方向へ導ければと、少々おこがましい事も思っていた。しかし、実際は何も行動していなかった…。
やはり人の死というものは突然やってくる。いや、実は随分前から警鐘は鳴らされているのだが、気付いた時にはすでに遅い。何もしてやれなかった事を悔やむばかりだ。
ベビーカーに屈する
ついにベビーカーを購入。子供の体重を見くびっていた!考えてみたら、すでにオイラのノートパソコン(iBook、意外と重たい)よりもムスコくんの体重は多いんである。パソコンだってカバンに入れて1日中持ち歩いてたら肩が痛くなるんだから、ムスコくん担いでりゃ、そりゃ肩も腕もギシギシいいますわな。特に今はダッコ紐を肩にタスキ掛けし、ムスコくんを寝かせた状態で担ぐようにしているので片方の肩に重さが集中する。首がすわってきて縦抱きができるようになれば、リュックサックのような格好で担げるので重さを両肩に分散できるはずなんだが…。
「ベビーカーはB型からで良いでしょう。それまではダッコひも」なんてのは全く無理であった。オイラの体力の無さが多分に影響しているとは思いますが、とりあえずA型ベビーカー購入と相成りました。しかし、最近のベビーカーって(と言っても、今も昔もそれほどベビーカーに接していないが)、色々な所がトランスフォームしたりして凄いな…。 もっと喜べムスコよ(写真)。
東京は晴天ナリ
我が故郷、九十九里方面は、雪景色のようである。黒潮の関係で割合暖かい地方ではあるが、それでも今年の冬は厳しい。実家から送ってもらったケータイメールの写真や、イチマサくんの日記を読んでも、そりゃあ寒そうである。さて東京は、というと…ぜんぜん雪なんて無い。今日も快晴。しかし気温は低い。雪は降らないが、空気がもの凄く乾燥している感じだ。いよいよ今年から「異常気象」の感じが、本格的に一般市民でも感じられるようになってきた。これから日本の気候はどうなってしまうのだろう…?
ガンダム THE ORIGIN 第11巻
安彦良和著「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」第11巻。前巻に続いてシャアの生い立ちを追っているわけですが、今回のテーマというか副題が「開戦編・前」なんですね。そういうわけで、1年戦争が始まるきっかけとなる出来事などが描かれています。しかし、シャアの策略が大きく絡んでたとは知らなんだ。そしてガルマも。やはりこれは、初代ガンダムの世代である30代の人達が読むべきですね。あの1年戦争の背景が事細かに描かれ、いわゆる「大人の事情」みたいなものも沢山出てきたりして。大人になった初期ガンダム世代が楽しむにうってつけの一冊であります。
しかし、ここまで細かく背景を描いてきて、これから先もこのペースでいくんだろうか? まだまだ先が長いだけに楽しみです。
なぜ放置自転車するか
放置自転車をする人の気持ちが少し分かった。区で設立した自転車置き場があるのに、駅前に自転車を放置する。今まで「すぐ近くに自転車置き場があるのになぜだろう?」と思っていたのだ。それは「登録するタイミングを逸しているから」ではないだろうか? まぁ「登録なんて面倒だから」という人も沢山居そうだが…。そう、すべては「登録制」なのに登録しずらいのが原因なのである。12月、ほんの短い期間だけ登録申込書を配り、登録も期間限定。それを過ぎたらもうアウトなのである。アウトの人は、それ以降1年自転車置き場を使用できない。ということは、12月の登録期間を過ぎて、たとえば1月に引っ越してきた人はどうするのか? 登録できないんである。翌年の4月以降でないと自転車を置けない。「それじゃあ撤去覚悟で駅前に放置しますよ」って言い出す人だって出るってもんだ。
で、どうしてオイラが急に文句を言い出したかというと、オイラが登録を忘れていたからである。カミさんやムスコくんの帰宅、クリスマス、年末…なんてことやってたらコロリと忘れていた。もうアウトなんである。この4月以降、1年間は駅まで徒歩。なぜ常時登録可能にしないのか疑問だ。人での問題だろうか? 区民に対するサービス精神は無いのか? 幸い、我が家は歩ける距離だったから良かったが、これがもうちょっと駅から遠い所に住んでいたら、放置自転車組になりかねない。そうかー。今まで放置自転車は「どんどん撤去せよ!」って思ってたけど、結局は区役所の対応の悪さが起こしてることなんだなぁ…。なんて物忘れの激しい自分を棚に上げてほざいてみる。

