修身の授業の復活が必要だ(1) | よろず「ゆんたく」広場

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ぎのわんシティFM「水曜ちゅらちゅら作戦」でパーソナリティーを務めるコギーのブログです。
「水曜ちゅらちゅら作戦」は毎週水曜日20時30分から20時55分に放送されております。

戦前までは、尋常小学校で修身の授業があった。その授業は現在の「道徳」にあたるものであり、人としてどう生きるべきかなどを学んでいた。これが戦後はGHQによって廃止された結果、日本人の礼儀、マナーは低下していくことになる。


今日、このことをまざまざと実感する出来事があった。ある店で昼食を摂っていた時のこと。近くに座っている会社員風の男がくちゃくちゃ音を鳴らして食べるわ、スープはズルズルを音を立てて飲むわ、鼻水をすすりたてるわで非常に迷惑に感じた。せっかくの美味しい食事も、これでは美味しさが半減してしまう。某ホテルで「伊勢エビ」とメニューに表示するも、お客様は「ロブスター」を食べさせられていたという食品偽装があったが、その食品偽装に遭うよりも損した気分にすらなってしまう。


戦前に使われていた修身の教科書の「礼儀」の単元のページには「食事する時には、音を立てたり、食器をらんざつにしたりしないで、行儀をよくして、愉快な心持でたべるやうにしなければなりません」と書かれている。このような身近な礼儀まで、普通の授業で教えていたのだ。だから、戦前は礼儀正しい人が今よりも多く存在していた。


しかし、戦後はそのような授業が行われることはなくなり、最近では家庭でもそのようなしつけをしない家庭が増えてしまったことから、日本人から礼儀正しさが薄れて行ってしまっている。先述会社員風の男はその典型例で、恐らく自分の子供にもそのようなしつけをしていないであろう。そして、そのしつけをしないことが孫子の代まで続いていくと、さらに礼儀知らずな人間が増えてしまう。これは大変由々しきことだ。最悪の場合、日本人には食事の際のマナーがないという評判が世界中に出回ってしまうかもしれない。


そうならないためにも、修身の授業を復活させるべきだ。渡部昇一さんが書いた「国民の修身」を読むと、修身の授業では、人として身に着けるべきマナーや礼儀がしっかり教育されていたことがうかがえる。一部の左巻きが言うように、この修身の教科書が戦前の軍国主義を復活させるものではない。そのような記述の一切ない。