世之介@仙台東口周辺 -19ページ目

板野友美 LIVE4.21仙台、4.28名古屋、4.30大阪、5.6福岡、5.12東京 板野△

昔は『ちん△』だったけど、

すっかり『いい女』になってて『板野△』でした。

インタビュー収録は4月2日。

オンエアは4月6日。

 

仙台のライブは先週の土曜日21日。

なかなか楽しめる内容でした。

生バンドでライブハウスという、

板野△には未体験ゾーン。

 

出足はそこそこ順調に見えてたんですけどね。

音程もリズムへのノリもちょっと微妙なところがあったりして、

最初のMCでは

「バンドがリハの時と違ってて、あぁ、これが生バンドなんだなと。」

と、笑いを誘ってました。

 

その後もイヤモニを気にしたりして、やや不安な感じもありつつもなんとかやってたんですが、

中盤ついに

「だめだぁ。最初からやり直したい!」

と本音炸裂。(笑)

 

これにファン達も

「もう一回!」コールで応えるという。(爆笑)

△「えっ、どこからやり直す?」

ファン「最初から~。」

△「無理だよ。(笑)」

で、

△「ちょっと待ってね。打ち合わせする。」

ステージ脇でなにやら相談。

 

△「やり直します。」

1曲歌い直してやや納得のご様子。

△「今日、仙台が初日だから、この後、名古屋、大阪、福岡、東京と、板野友美が成長する姿を見てもらうライブツアーです。」

ファン「(笑)」

△「みんな、ちゃんと全部見に来てね!」

ファン「は~い。」

みたいな感じでした。

 

なんというか、

10枚目の記念シングルだから、

自分で作詞して『今の自分の素直な気持ち』を歌ったというこの曲

Just as I amそのままのライブでした。

今の自分があるがままに、

本音で話す板野友美は、アイドル時代よりも魅力的でした。

 

△「後ろでこのCD売ってるから、まだ買ってない人はちゃんと買って、もう買った人はもう一枚買って。(笑)」

ファン「えぇ~。(笑)」

△「今日買うと特典付いてます。付いてるよね?」

物販「生写真付いてま~す!」

△「だって。買ってね~。」

板野さん魅力だけでなく、営業力もアップしてました。(笑)

 

ちなみに 「生写真付いてま~す!」って応えたの、物販コーナーの前にいた私でした。グラサン

この時点で、他のグッズはすでに完売御礼状態。

 

というわけで、

今日28日は、名古屋ボトムライン。

週明け月曜日30日に、大阪梅田バナナホール。

5月6日に福岡 FUKUOKA BEAT STATION。

5月12日はラスト、東京 マイナビBLITZ赤坂。

 

どこまで成長できたのかお確かめください。

いろんな意味での『生の板野友美』を楽しめる貴重なツアーだと思います。

元推しだった人は特に見た方がいいよ。(私だw)

 

私のAKB48初握手は板野△

第2回選抜総選挙、初投票も板野△

初ライブもTeam K。

初劇場もTeam K。(板野△いなかったけどねw)

 

Just as I am Live Tour 2018

やり直した板野友美が見られます。

 

 

マス・マルチ・インター

マス・マルチ・インター

ラジオとか反省会で言ってたやつの説明ブログです。

 

時代の流れを大枠で説明するときに使っています。

メディア論とかでは論じられているはず。(多分www)

 

マスの時代は、産業革命やその革命を推進した原動力「蒸気機関の発明」によって大量生産(マスプロダクツ)が可能になってスタートします。

番組でも触れたように、19世紀後半から、レコード(1877年・1887年)、映画(1890年)、ラジオ(1906年)が標準化され、マスメディアの原型が生まれました。

生で聞くしか方法がなかった音楽が、レコードによって「再生可能な音楽」として生まれかわりました。

同時期にラジオが生まれたことも偶然ではありません。

もちろん映画も同時期に生まれています。

 

偶然のシンクロニシティではなく、

科学技術革命が進み、

ビジネスやアートが新たな手法を求めていた故に起きた必然的なシンクロニシティと言えるでしょう。

 

そのマスシステムが進化し、発達すると新たな手法が開発されます。

ひとつしか無かった方法が別のルートでも可能になる時代。

それがマルチの時代です。

典型的な例がアメリカのテレビ3大ネットに対して生まれてきた

CNNやMTVのような特殊なケーブルテレビ局があります。

 

アメリカのケーブルテレビは1970年代には一定のレベルにまで発達していて、すでにテレビの次の形と言われていました。

それが1980年代には上記のCNNやMTVに代表されるような、

3大ネットに対するカウンターメディアにまで成長してきました。

 

私がマスとマルチの説明によく使っているのは、

上記のアメリカのテレビの話と、

日本がアメリカに負けた第二次世界大戦とそのアメリカが負けたベトナム戦争の例です。

 

日本の敗戦は極めてわかりやすい理由で、

ミッドウェイ海戦で虎の子の空母4隻を失って先が見えなくなった大日本帝国海軍と、

戦争末期には10隻単位の空母群で形成された機動部隊をあの広い太平洋上に展開できたアメリカ軍の差です。

世に言われる「物量に負けた」というやつです。

勝ち方も、もうちょっと上手い負け方もあったはずなんですけどね。

日本が負けた本当の理由は、マス大国のアメリカにマスシステムの喧嘩を売ったことでした。

 

ベトナムが負けなかった理由は、まさにそこにありました。

超重爆撃機B52を大量投入して北ベトナムの大地を焦土にし、奇形児を生み出すほどの枯葉剤をまいたものの、

ベトナム全土に掘られた地下壕によるゲリラ戦には手も足も出ませんでした。

増える米軍の犠牲者。

そして国内に広がる反戦の嵐。

マス大国アメリカに対してホーチミンが取った戦略はマルチだったと言えるでしょう。

 

B29と竹槍で戦うつもりだったのかと自嘲気味に笑っていた日本人をあざ笑うかのようにベトナム人は竹槍でB52に勝ちました。

要は竹槍の使い方。

そして、竹槍での戦いに持ち込んだホーチミンの方が上手(うわて)だったと言うことです。

 

アメリカも朝鮮戦争で学んでいたはずなんですけどね。

ベトナム戦争にはその教訓が活かされませんでした。

北朝鮮の金日成もベトナムのホーチミンも、

その戦いの根底にあったのは孫子の兵法です。

 

考えてみれば、紀元前にマスの戦い方からマルチの戦い方、

あげくにインターの戦い方まで書き残していた孫子の偉大さこそが顕彰されるべきかなと。

\(^_\)ソレハ(/_^)/コッチニオイトイテ

 

映画やラジオというマスの時代から、テレビという新しいメディアが生まれ、既存のメディアと並立します。

たとえば「音楽を聞くということも。

ラジオで聞いていたものが、

レコードというメディアが一般的になり、

私が昔やっていたテレビのようにMUSIC VIDEOで「音楽を見る時代へと変容します。

情報が伝えられるためのメディアそのものもマルチになったわけです。

 

さて、

テレビのチャンネルは回転式の12チャンネルでは足りなくなり、

ラジオも細かい調整が出来るようにチューニングダイヤルが大きくなりました。

 

さらにレコードもエボナイト盤からビニール盤に、

CDやMDといったデジタルメディアまでさまざまな形が生まれました。

CD-ROMをマルチメディアと呼んでいた時代が懐かしい。(遠い目w)

 

そして世界は、

パソコン通信の時代から

インターネットの時代へと大変貌を遂げます。

 

そうそう

インターネットって、アメリカ全土のミサイル発射基地を結ぶための連絡網だったんですけどね。

コンピュータが大砲の弾道計算機だったことを考えれば、驚くほどのことでもないですが。

まぁ、軍事施設の平和利用ってことですね。

 

1993年には「モザイク」という世界初のブラウザが公開され、

文字データだけでなく、画像データも表示できるようになります。

いわゆるサイト、ホームページという概念が誕生します。

 

さぁ、

いよいよインターの時代の到来です。

インターネット、インターナショナル、インタラクティブ。

頭に付いているのは「inter」という接頭語です。

元々はラテン語の「間(あいだ)」を意味する「inter」という言葉から生まれています。

 

そういえば

メディアって中間を意味するミディアムの複数形なんですよね。

意外に知らない人が多い無駄知識。

 

そんなわけで

インターの時代は相互に影響し合う時代です。

孫子の時代にもありました。

今と違うのは、影響し合うスピードの差です。

そのスピード感が生み出したのが、インフルエンサーと呼ばれる人たち。

彼らは、権力や経済力、暴力、軍事力とは種類の違うチカラを持った個人です。

個人

ここがポイント。

 

フォロワー数が多いにこしたことはありませんが、

世界の女性インフルエンサー10人に選ばれている元AKB48、元JKT48の仲川遥香さんは、他のインフルエンサーよりも一ケタ少ないフォロワーで10傑に選ばれています。

理由は彼女が日本語、インドネシア語のマルチリンガルで発信していること。

そのふたつが世界でも影響力の大きい言語であることです。

 

世界第3位の経済大国で、かつもっとも複雑で美しい言葉である「日本語」と(ちょっと国粋主義者が出てます)

世界最大のイスラム国家インドネシアの「インドネシア語」。

英語でしか発信できないインフルエンサー達がどうがんばっても届かない世界。

 

こういう新たなチカラを生み出すのがインターな関係性の面白さです。

インフルエンサーのチカラはその人ひとりのチカラではありません。

フォロワーやReTweeterたちがチカラの源泉です。

 

フォロワーが多いだけではタダの人気者です。

でも、ReTweetが多ければ、その影響力はねずみ算式に増えて行きます。

インターな関係性が生み出したチカラです。

 

さまざまな市民運動や革命がネットのチカラによって起きていることは周知の事実です。

そんなインターの時代。

次に起きるムーブメントは、ネット上の新たなインフルエンサー、ソフトウェア、アプリケーションによって生み出されるかもしれません。

(この項、終了)

 

あっ、写真がないと淋しいので、推しの加藤玲奈のエロい写真でも。

しかしエロいな。

AKB48 加藤玲奈写真集『誰かの仕業』【ポストカード付き】(AMAZON)

 

 

 

 

AKB48世界選抜総選挙 御礼大握手会完売データを見たメモ(ラジオ用)

元データはこちら

 

加藤玲奈    4/4

#劇団れなっち

向井地美音    5/5

岡田奈々    5/5
小栗有以    5/5

倉野尾成美    5/5

   

松井珠理奈    5/5

 

大場美奈    4/4
小畑優奈    4/4
惣田紗莉渚    5/5
須田亜香里    5/5

 

白間美瑠    5/5
田中美久    5/5
宮脇咲良    5/5

 

荻野由佳    4/5
加藤美南    4/4
中井りか    5/5
西潟茉莉奈    4/5

瀧野由美子    4/4

 

3次が終わった時点で4部以上売れてるのが18人。

選抜はこれでいいんじゃないかな。チョキ

選挙不参加の出ればトップ争いの指原莉乃山本彩

お局枠で柏木由紀を入れれば盤石じゃね。グラサン

 

以下3部売れてるメンバー。

岩立沙穂    3/5
佐々木優佳里    3/5
岡部麟        3/5
山田菜々美    4/5

江籠裕奈    3/3

古畑奈和    3/4
豊永阿紀    3/4
本間日陽    3/5
中村歩加    3/3

30人選抜!

それっぽいな。

   

それにしても
本店の衰退ぶりがひどい。
Team 8がいるからそれっぽく見えてるけど、
かとれな、みーおん、なぁちゃん、さっほー、ハピネス様。
かとれな安定感出てきたなぁ。
さっほーはセンター試験も含めてもっと評価されるべき。

はこちらもすっかり安定。
新センターゆいゆいと、8最高位なるの8内トップ争い。
TeamA新キャプテン岡部麟、そして山田。(笑)

SKE48は7人で実勢力最大だけど、
珠理奈とだーすー以外は残る5人が全員KIIメンバー。
ここでもグループ内最強チームが証明された。

NMB48はさや姉がいないとだめだな。
みる1人じゃ支えきれない。

HKT48の安定感。
咲良と美久はわかるけど、豊永のびてるなぁ。
なこより上か。
ちょっとびっくり。

栄に続いて大勢力になった新潟NGT48
県知事が辞職して、次の知事選挙は6月10日。
AKB48世界選抜総選挙の行方を占う前哨戦。(笑)

おぎゆか、かとみな、中井、がた姉、ひなたん、と妥当だけど、
いやいやいや、あゆたろうの強さよ。クラッカー
新しいグループのおもしろいところ。

STU48は瀧野の一人勝ち。
ちょっと差がつきすぎた感もあるけど、虎視眈々のメンバーがたくさん。
船も決まって、ようやく船出できそう。

今週のラジオネタになるかな。
どう処理するかはこれからのお楽しみ。


 

     
   
   

 

 

 

フレッシュレモン『市川美織』出荷公演@AKB48劇場

18日水曜日@AKB48THEATER。

 

元AKB48 10期 市川美織 のAKB劇場での卒業公演。

この子、

「フレッシュレモンになりたいの~」という一発芸でのし上がりました。(笑)

 

アイドルのキャッチフレーズって

『印象に残る』ことを求められるんですが、

これはほんとに一発で覚えました。

 

あっチャン、麻里子さま等々、諸先輩たちもネタにしました。

自己紹介MCでも盗用するメンバーが続出して、

選抜メンがこれをやるだけで劇場が盛り上がるという。(笑)

まさに、究極の一発芸として定着しました。

 

みおりんという公式ニックネームよりも「フレッシュレモン」の方が認知されて、

「レモンちゃん」と呼び方も。

 

市川美織の同期には私の推し加藤玲奈

ジャンケンを勝ち抜いてソロシングルを出した藤田奈那

メキシコに一年間留学して、あちらのTVドラマに出演する入山杏奈

BNK48(タイ・バンコック48)に移籍した伊豆田莉奈

TPE48(台湾・台北48)に移籍した阿部マリア

卒業生も

福岡放送のアナウンサーになった小林茉里奈

早稲田政経を卒業して一般企業に就職した仲俣汐里

自身もNMB48に移籍したりと、

姉妹グループやら世界やら別業界やらと多士済々。

 

先輩の9期生、後輩の11期、12期と初代Team4を結成して解散させられたという、

いかにもAKB48らしいエピソードの主役達。

おかげで旧Team4メンバーとの絆が深いです。

 

フレッシュレモンの卒業公演を見ていたら、

あぁ、なるほど、AKB48らしいなと。

 

ジュニア時代からタレント活動をするも鳴かず飛ばずで、

最後のチャンスがAKB48。

 

セレクション審査に合格して、ようやく研究生になれたあたりから進撃が始まりました。

TeamBのナイスバディ代表 増田有華 のアンダーを経験。

増田本人に「どうやって私の衣装を着てるのかようわからん」と言われていました。

増田162cm/市川148cm サイズはFとAかな。

 

そんな市川美織が、

松井玲奈、磯原杏華島崎遙香福本愛菜が結成したメロンパン同盟にマスコットとして参加。

本店支店の推されメンバーの仲間になったってのもすごいチャンスの順番だったのかも。

 

売れるか売れないかは運次第の芸能界。

その運を掴むきっかけになった

「フレッシュレモンになりたいの~!」を発明したあたりが成功の鍵だったかな。

 

移籍先のNMB48だけでなく、

AKB48劇場でも卒業公演が出来たことも彼女ならでは。

左から、大場美奈SKE(AKB9期)・藤田奈那AKB・加藤玲奈AKB

広島レモンNMB

阿部マリアTPE・伊豆田莉奈BNK・小嶋菜月AKB(11期)・山内鈴蘭SKE(AKB9期)

 

というわけで、

なんとなく応援したくなるキャラクターの市川美織さん。

これからも

「フレッシュレモン」目指してがんばっていただきたいなと。

 

祝:市川美織卒業!

 

彼女の未来に幸多かれと祈るばかり。グラサンチョキ

 

これ、福本愛菜(現吉本新喜劇)が卒業するのでメロンパン同盟を解散した時の記念写真。

下段がメロンパン同盟オリメン

上段が博多のビジネスメロンパンのみなさん(笑)

今見ても、なかなかすごいメンバーだ。

 

BEASTARS@少年チャンピオンめんどくさいマンガだけど面白いマンガ大賞おめでとうご...

なにに対しても一家言ある世之介です(笑)

「どの話にも必ず一家言あるんでね。(笑)」

http://www.ustream.tv/recorded/113927366

Ustreamアーカイブはこちら

(関係ない写真はひらがなけやきの影山優佳:最近の推し:リンクはオフィシャルサイト)

 

先週の「チョム加藤」の兜町街角レポートでの一言でした。

(リンクはチョム君のTwitterアカウント:フォローしてね)

 

昔から

「なんでも知ってる」とか言われてますが、

当然、なんでも知ってるわけではありませんw
普通の人より知ってる事が多いだけです。
 

実はこれ、

アナウンサーが最初に教えられる事のひとつです。

(私はDJだけど、アナウンス教育もうけてます)

新聞、テレビ・ラジオニュースはわかるようになりなさい」と。

新聞読めとかニュース見ろとかじゃないです。

わかるようになれと。

今のアナウンサーがやっているかどうかは知りませんが、

昔はそう言われました。

 

ニュースで知らない地名が出てきたら地図で確認。

知らない言葉は辞書で確認。

わからないことはわかる人に聞く。

「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥」

 

なので

知らないことはありません。(嘘ですw)

 

知らないことはたくさんありますが、

知らないって言ってしまうと話がそこで止まってしまいますからね。

信頼感もなくなるし。

本番中に言っちゃイケナイ一言。

私は平気で言いますけどw

 

それに

いろんな取材に行くので、

プロの話を見たり聞いたりする機会にも恵まれています。

なので、

この手の職業の人はいろいろ知ってるのが当たり前!

昭和の常識

 

今は、

情報量が多すぎて無理です。(笑)

 

私の場合はそういう職業的なMUSTに加えて、

仙台市の市議会議員を8年間、

最後の肩書きは、第1会派の政策担当副幹事長でした。

なので

市民生活に関わること全般について一通りは教わってます。

 

最初にもらったポストは、市民教育委員会副委員長

委員長ポストは経済環境委員会委員長が初。

まぁ、いろいろやってます。

介護保険も導入前の審議委員だったし、

あと農業とか民生委員の審議委員もやってましたね。

与党会派はいろいろとポストがもらえます。

 

で、

ポストもらうと担当職員がレクチャーに来てくれます。

プロの役人が教えてくれます。

これは便利。

かなり難しい問題も小一時間で説明してくれます。

かなりわかりやすいです。

「餅は餅屋」ってことです。

 

まぁ、

わかったからと言って、美味い餅が作れるわけではないですけどね。

議員の仕事は

「市民に美味い餅を食べさせること」で、

餅を作るのは餅屋に任せればいい。

 

というわけで、

林業も教わりました。

なので

先週の「林業についても語れるよ」ということになるわけです。

 

ちなみに、

「わが国林業、木材産業の今後の可能性」(日本政策投資銀行pdf)

しかしながらこれまでの間、素材生産、木材加工、流通、需要拡大等において順調に技術革新を行い、成長産業化と同時に森林の多面的機能の発揮に成功している欧州等に比し、我が国の林業、特にこの間産業的な発展の乏しかった川上部門は零細な所有構造による施業集約化の困難性やインフラの未整備、高すぎる造林コスト等が解消されず、補助金の投入によっても低迷が続く等、大幅に遅れて おり、その実現は容易ではない

 

ということです。

 

実は、

言われがちな「途上国からの安い外材」が原因ではなく、

「欧州等の良質な外材」が日本の林業を圧迫しています。

追いつく可能性は上記の如し。

 

簡単に言えば、補助金を出す方向が間違ってたわけです。

責任はひとえに先を読めなかった政治家にあります。

 

最後にもう一回影山優佳

 

 

 

 

きのこの山たけのこの里 国民総選挙2018

きのこの山 たけのこの里 国民総選挙 オフィシャルサイト

きのこたけのこ戦争に参戦のつもりはなかったんですけどね。

 

きっかけはこれ。(笑)

前半はごもっともだったんですけどね。

〆が

「いやいや、たけのこ派がなに言ってんだ!」って話ですよ。

 

で、翌日。

近所のマツキヨに買い物に行ったら

箱にいろいろと煽りが書いてあって、

で、

オフィシャルサイトがあれだったと。

 

そのまま購入して、金曜日のネタにしましたとさ。

それにしても

みんなのこのネタへの食いつきの良さと地味なこだわり。

一家言ある面白さ。(笑)

 

私は、きのこ派です。

 

日本には日本を評価する為のものさしが無い その6(そろそろ〆るよ)

その1その2その3その4その5

 

無駄にながいなぁ。(笑)

そろそろ〆ます。

 

明治維新の正当性を主張するために江戸を否定した明治政府。

戦勝国の正当性を主張するために大日本帝国を否定した連合国。

どちらも理不尽この上ないやり口です。

勝者による歴史評価ほど馬鹿馬鹿しいことはない。

 

そんな激変を受け入れるしかなかった庶民は、自分たちの拠って立つところを失ったまま放置されました。

戦後の平和主義は冷戦構造の中で歪められ、民主主義もその余波をうけていびつなものになりました。

ものさしが失われたまま、

戦後は続く~よ~ど~こま~で~も~♪♫♬

 

「もはや戦後ではない」は、当時の政治的デマゴーグです。

1951年にサンフランシスコ条約に署名。

1956年には国連に加盟します。

2018年の今も敵国のままですけどね。(笑)

敵国条項が死文化して現実的な効力を持たないとはいえ、

隣国から『虐殺』や『慰安婦』、『植民地』発言がでるたびに、まだ戦後なんだなと思います。

 

経済的には1980年代のバブル前の『Japan as No1』時代に戦後を脱したと思います。

あそこが日本のものさしを再確立するチャンスだったなと。

経済や文化、産業や技術において日本が世界に発信できていた時代です。

「日本を評価する為のものさし」が出来ようとするその時、

1985年のプラザ合意という巧妙な罠によってバブル経済に突入します。

 

バブルのお祭り騒ぎの中で、

本来の「ものさし」作りは忘れ去られ、

あまり芳しくない「ものさし(仮)」が登場しました。

 

おかねという「ものさし(仮)」です。

恐ろしくわかりやすい価値基準。

小学生の将来の夢第1位が「お金持ち」になった時代かな。(笑)

(冗談ですよw)

 

ものさしを作るためには基準が必要になります。

尺貫法からメートル法に変わって「ものさし」の目盛りが変わりました。

それと同じように、日本を測る基準が「おかね」になったわけです。

 

研究や技術が「おかね」という目盛りで測られるようになりました。

文化やスポーツも「おかね」が価値判断の基準になりました。

おかねがないと幸せになれないという新しい概念も創造(捏造)されました。

 

思い出してみたら、

1984年のロスアンゼルスオリンピックって、

「おかね」型オリンピックの開祖だったなとwww

 

ベトナム戦争での敗戦から立ち直りつつあったアメリカの見栄がつまったオリンピックでした。

その前のモスクワオリンピックが、ソ連のアフガン侵攻に対する抗議としてボイコットした後のオリンピックです。

当然、東側諸国がボイコットして、ずいぶんとおかしなオリンピックになりました。

 

そんなアメリカの最後の一手が「プラザ合意」だったのかなと。

 

偉大なアメリカが復活して、

もらい事故で(もしくは罠で)日本のバブルが始まり、

バブルが崩壊すると日本は未曾有の停滞期に入りました。

 

そんなバブル崩壊JAPAN。

1993年は、自民党が政権を失った年です。

細川内閣が発足し、自民党は下野しました。

政権を離れた自民党はまさに混乱の極み。

翌1994年、「自・社連立」という禁じ手を使って政権を取り戻します。

 

明けて1995年1月17日未明、阪神・淡路大震災。

朝のニュースは「見たことのない風景」を映し出しました。

「おかね」が、その存在感を失った日。

この世のものはうたかたなのだと思い知らされた日。

(16年後、ふたたび思い知らされることになります)

 

同年、Windows95発売。

そう、1995年は世界がMicrosoftの支配下に置かれた年です。

クリントン大統領が世界制覇のツールとしてITを選びました。

この後、ゴア副大統領が次の大統領になっていれば、

「偉大なアメリカ」としてほんとうに復活できたんでしょうね。

 

2001年9月11日。

事務所に戻ってTVをつけると、

「ニューヨークの貿易センタービルで飛行機事故」というニュースが流れていました。

現地からの中継映像の中、次の一機がツインタワーの残っていた方に突っ込んでいきました。

アナウンサーの「今、また激突したように見えましたが、」という戸惑った声を覚えています。

そして、

21世紀は「テロとの戦い」という虚構が定位置になりました。

 

ゴアが大統領になっていれば、違う未来があったかな。

不人気大統領の人気上昇策は支持率を逆転させ、

一気に国を背負って立つ英雄になりました。

 

911が大統領の陰謀という話を笑う人は多かったけど、

トランプ大統領のおかげで

「ないわけでもない」という風潮が(笑)

 

さて、ここで問題です。

江戸時代が終わり、明治政府が誕生して、価値感が崩壊しました。

その後、価値基準が失われた回数は

 

バブル崩壊よりも問題なのはこれだったんですよね。

 

GHQの植民地政策によって1回目。

所得倍増計画で2回目。

60年安保で3回目?

これ、以外とめんどくさいな。(笑)

 

続いて、問題です。

日本の価値感の現在地

 

最後の問題です。

日本は日本を評価する為のものさしを持てるでしょうか。

 

〆の質問、やびゃあ。(まゆゆ語、久しぶりに使ってみたw)

 

さて、

長いこと個人的な妄想にお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

あらためてお断りしておきますが、

私は、歴史学者でも、経済学者でも、政治学者でもありません。

(いろいろと関わっては来てますがw)

DJという職業柄、さまざまな情報を収集して組み立てて、

これからどうなるかを予想するのが仕事と言えば仕事かな。

 

理論よりも勘の方が優先される部分があります。

なので

そう思った証拠を出せと言われると困ります。(笑)

 

弟子達には論理的思考を強要してたんですけどね。

最後にものを言うのは勘だったりします。

どの程度当たるかは、

「伝説のDJ」とか呼ばれてるのでそれなりに。グラサンチョキ

 

 

言葉は変化するもの

「言葉は変化するもの」

私が今も尊敬してやまない中学校の国語教師だった伊丹先生の教えです。

越後高田城の外堀沿いの桜並木から小さな動物公園を抜けると、アメンボが気ままに水の上をすべる内堀と石垣のない土手を通り過ぎて、本丸があった場所に私が通っていた中学校がありました。

三大夜桜の名所と言われる高田公園です。

 

春のうららかな日差しの中、国語の授業の開始と共に、

「先生、こんな日に教室で勉強するのはおかしいと思います。」

とアホな子が提案しました。

先生はその子をまじまじと見ると、窓の外に目を移し、

「ふむ。」とうなづくと、

「今日の授業は桜の下でやりましょう。」

そう言って教室のドアを開けました。

子どもたちが歓声を上げると、先生は唇に指を当てて静かにさせ、こっそりと階段を下りて子どもたちと一緒に学校を抜け出しました。

映画のワンシーンみたいでしょ。

でも、本当の話。

 

その先生が教えてくれたのが、

「言葉は変化するもの」ということでした。

 

万葉集の研究をされていた先生は、当時の発音と現代の発音がまったく別物で、百人一首は当時こう詠まれていたと実際に詠んでくださいました。

ハ行はPH音やF音で、濁音であるバ行は今のパ行に近い音で子音はBではなくPらしいこと。

大陸や半島の言語の影響が大きく、発音が安定していなかったこと。

実は現代も同じで、各地方によって発音が違うこと。

イントネーションや方言の差はその地域の歴史だと言うこと。

 

方言について面白い話があって、

万葉集の言葉の中にどうしても意味がわからない単語があって、研究者がみんな頭を悩ませていた時に、東北を旅していたら地元の人が普通に使っていたと。

案内していた方が研究者達の質問攻めにあって閉口したらしいです。

方言は時として古語を原型のままに保存しているというのは覚えておいた方がいいですと、丁寧に教えてくださいました。

 

その先生がちらっと洩らしてくれた、戦後GHQが文部省を指導して!日本の標準語を英語にしようとしていた話はそのうち証拠集めでもしようかと思っています。ローマ字教育は英語化への1ステップだったらしい。

 

相手が中学生だからと見下さず、いつも同じ目線で話してくれた先生は、ちょっとぼんやりしているところも含めて子どもたちに愛されていました。

 

その先生が教えてくれたこと。

「言葉は変化するものです。その変化を楽しむ事も文化です。」

 

残念ながら伊丹先生はすでに世を去られていますが、ググったら先生のことを書いた文章が出てきたのでリンクしておきます。

日本語学通信 第14号

 

ちなみに、この文を書いた上野和昭くんは中高の同級生で、中国の古典はこの男の影響で読んだものが多いです。中学生時代に白文を読んでいたやつです。尊敬するしかないでしょ。

それにしても、相変わらずお硬い文章を書いてるなぁ。(笑)

 

 

 

「見えるくない?」

若い子の会話の中で、なにかの拍子に出てきた言葉です。

「見えるくない?」

「見えるでしょう?」「見えるよね!」と言うニュアンス。

見ることが出来る。

able to seeですね。

 

同様の変化で「わかるくない?」もありました。

わかることが出来る。

able to understand

 

可能表現の「れる/られる」の「ら抜き言葉」が問題視されたことがありました。

その「れる/られる」の未来形かもしれません。(笑)

 

動詞の変化としては「好きくない」というのがあります。

「好きじゃない」との「違い」はどこにあるのか、聞いてみたい。

私は「好きくない」の方が発声した時の音として好きです。

つまり「好きじゃない」は「好きくない」なと。(笑)

 

今時の若い子は「く」が好きなようで、「違くて」という表現も頻繁に使われます。

本来の「違って」というのは促音便です。

それが「違くて」という変化になっています。

「く」音便とでも言うのかな。(笑)

「違う」という強い否定を弱めている気がします。

 

もしかすると、

形容詞に使われる「かった」という促音便の応用かもしれません。

(高かった、低かった等)

本来は動詞の「違う」から派生した「違い」という名詞が形容詞のように使われて「違かった」と言う表現になって、そこからの流用として動詞に戻った時に「違くて」という言い方に変わったのかもしれません。

 

などという

真面目な研究は言語学者に任せるとして、

個人的な見解としては、

言葉、特に口語が変化するのは当たり前のこと。

「言語」という「文化の根幹」を否定的に捉えれば渋滞し、肯定的に捉えれば発展します。

そこを軸足にしようかなと。

 

そうそう、

「見えるでしょう?」や「見えるよね」に匂う「上から目線」は嫌かも。

「見えるくない?」には曖昧に同意を求める今の時代のセンスが感じられます。

 

写真がないと淋しいのでうちの推しでも。

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