日本には日本を評価する為のものさしがない。その3
江戸文化を否定した明治政府。
各藩の独立性を認める幕藩政治から、
天皇を傀儡とした薩長の独裁政治へ。
北朝鮮は批判するけど、明治維新は賞賛するんだよね。(笑)
このあたりにも今の日本の不整合があるのかな。
江戸と明治以降の簡単な比較をしましょう。
江戸時代は、徳川家康が征夷大将軍を認められた
1603年から江戸城開城の1868年までの265年間を言います。(by WIKI)
明治から太平洋戦争に負ける1945年までの77年間をポスト江戸時代としましょう。
江戸時代は、他を侵さず、自らも侵されずという265年間でした。
朝鮮半島がしばしば秀吉の侵略を引き合いに出すのは、
それ以後、半島への侵略が無かったせいです。
対して、
ポスト江戸時代は、わずか77年間に
戊辰戦争1868年
西南戦争1877年
という内戦の後、
日清戦争1894年
日露戦争1904年
第一次世界大戦1914年
満州事変1931年
日中戦争1937年
太平洋戦争1941年
と休む間もなく戦争を繰り返しました。
(抜けてるのあったらコメントください)
つまり、
ポスト江戸時代は、
戦争に始まり、戦争に終わりました。
あれほど平和だった江戸時代に比較して、ポスト江戸時代はなぜこうなったのか。
明治政府の正義は『欧米列強の正義』のコピーです。
欧米列強の正義とは、
弱肉強食、勝者総取りの植民地理論です。
そんな欧米列強に、
日清戦争で追いすがり、
日露戦争でついに肩を並べました。
テレビでは公開されない映画『北京の55日』はそんな時代を描いた名作です。
チャンスがあればご覧ください。
日本軍のかっこいいこと。
ちなみに悪役をやらされている『義和団』は、
清朝時代の『攘夷派志士』です。
相変わらずおおざっぱな説明だなwww
日露戦争に勝って
満州や朝鮮半島の権益を手に入れた大日本帝国の大活躍(暗躍とも)が始まります。
幸いなことに
日露戦争から10年ほどで
第一次世界大戦が勃発。
日本は英国との同盟によって対独戦線に参加します。
とは言っても、
アジアのドイツ領をかすめ取るという
火事場泥棒なんですけどね![]()
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こちらも名作映画『青島要塞爆撃命令』というのがあります。
えっ、調べてビックリ!
さっきの『北京の55日』と同年1963年の作品だった。
世界的にそういう時期だったのかな。
こうして日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦と
日本は東アジアの植民地を手に入れていきます。
北朝鮮で世界遺産の学芸員と話した時に、
「日本は1905年に非道にも朝鮮を植民地にした。」と怒っていたので、
「日露戦争に勝ったからね。負けてたらロシアの植民地になってたわけだけど。」
って言ったら黙りました。
まぁ、そゆことです。
歴史にIFはないけれど、
もしもそうなっていたらと考えれば、
そりゃ日本の植民地になる方がまだマシかな。
「植民地にしなければよかったのに。」ってブツブツ言ってたけど、
まぁ、その程度の文句は言っても良いよね。
ちなみに、日本の植民地とは言われますが、
当時の日本政府には『植民地』的意識は低かったと言えるでしょう。
現地からの搾取よりも、日本からの投資額の方が圧倒的だったわけで、
それは日本の税率がどう変化し、
集められた税金によって『植民地』をどう開拓、開発したかを分析すればわかることです。
感情的な政治問題化した今となっては、無駄話に過ぎませんが。
そんな日本がむかえることになった危機は、
満州から中国に触手をのばしたことに端を発しています。
日露戦争と同じです。
極東アジアに生まれた軍事国家は、
欧米列強にとっても脅威になり始めました。
つまり、
利害がぶつかるようになったということです。
詳しいことは別の機会にして、
簡単にまとめましょう。
ポスト江戸日本は、
初めての敗戦を
無条件降伏という最悪の形でむかえることになります。
ここにおいて、
明治・大正・昭和と続いたポスト江戸、明治の文明開化路線は瓦解します。
結果、
欧米列強の、特に米国の植民地として戦後昭和時代をむかえました。
はぁ、ようやく戦後をむかえた。
おおざっぱに概観のつもりだったけど、やっぱり長いね。
つづくwww