宮部みゆき 『模倣犯 (五)』 (新潮文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 新潮文庫1月の新刊。12月に(一)~(三)、1月に(四)~(五)と刊行された長編の完結編である。(四)からの第三部の後半部分だ。

 ピースこと網川浩一がテレビや出版の媒体を使って、由美子の兄・高井和明の無実と、真犯人は別にいることをアピールする。彼は突然現れた時代の寵児のように世間に迎えられるのだ。だが一方で、彼を胡散臭い人物と見る向きもあって、彼の出自も含めて調査がなされてゆく。一連の誘拐殺害事件の未遂被害者からも、栗橋浩美と行動をともにしていたのは網川だという証言も寄せられ、警察の捜査も隠密裏に進んでいるようだ。

 網川は有頂天になりすぎたのかも知れない。マスコミへの露出が増えるとともに由美子の存在が鬱陶しくなり、彼女の死を招いてしまうあたりから、雲行きが変ってくるのだ。彼に対する包囲の輪が次第に狭くなってゆく。そしてクライマックス、前畑滋子とのテレビ対決で、滋子の奇襲を受けた網川は自ら切れてしまって、破局を招いてしまう。警察の捜査も着実に進んでいるはずなのに、テレビ中継という公衆監視のなかで犯人Xが明らかにされてゆくというお膳立ては、さすがに読ませるに十分な面白さだ。

 何度も書くが、我々読者は既に真犯人を知らされており、彼がどういう過程を経て逮捕されるに至るかが興味の中心である。そういう点で、この最終巻は期待にそぐわない出来栄えとなっていて、一気に読ませる力強さだ。ここまで、ときに辟易しながら読み進めてきた鬱屈が一気に晴らされて、爽快である。

 個人的には、全巻を通して豆腐職人の有馬義男に共感を覚えた。実直に豆腐を作り続けてきた老人が、実は最も芯がしっかりしているからだ。最後、老人が電話で網川に向かって一種の啖呵を切る場面などもよく納得できるし、感動的でもあった。

 雑誌連載に3年余を費やし、その後の加筆訂正を含めれば5年がかりの大作だということで、その労やよし、と言いたいところであるが、この作品、やはり長すぎるのではないかと思う。語り上手な宮部みゆきではあるが、お喋り女の長話に最後までつきあってしまったような、皮肉な疲れも感じてしまった。

  2006年1月28日 読了