池宮彰一郎 『天下騒乱 鍵屋の辻(上)』 (角川文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

還暦過ぎの文庫三昧

 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 角川文庫の昨年11月の新刊。

 荒木又右衛門が義弟・渡辺数馬を助けて、鍵屋の辻で河合又五郎を討ったという話は、時代劇の定番であろう。しかしこの小説を読む限り、ことはそう簡単ではないようである。なにしろ、家康の死から説き明かされるのであるから。

 家康の死後将軍職に就いたのは秀忠であるが、政治の実務は土井利勝に託された。利勝は着実に手を打って、幕府の安泰を図る。そんな折、外様の池田藩と旗本の間に確執が生まれて、利勝を悩ませるのだ。

 ことの起こりは、安藤対馬守の家臣・河合半左衛門が同僚を斬って、池田家に助けを求めたことにある。そこで安藤家と池田家に確執の目が生まれた。それから十数年を経て、今度は半左衛門の息子・又五郎が池田藩主の寵臣・渡辺源太夫を殺害し、逐電する。彼は人を頼って、旗本安藤家へ身を寄せるのだ。又五郎をめぐって、池田家と旗本とは一触即発の関係となり、これを放置すれば徳川譜代と外様大藩との争いにもなりかねない。天下騒乱の危機というわけである。

 利勝の折衷案で、池田家には重く、旗本の三家には軽い処罰があり、その代わり、理は池田家にあるとして、源太夫の兄・数馬に又五郎を討つことが許される。本来なら兄が弟の敵を討つことは仇討ちと認められないし、ここまでに藩主は謀殺されていて、上意打ちとも認められない。あくまでも天下を安定させるためとして、例外措置が一度だけ認められたのだ。

 池田家としては、失敗は許されない。と言って、数馬は文官で、剣の腕はさっぱりなのだ。そこで目をつけられたのが、柳生で剣を学んだ数馬の義兄・荒木又右衛門なのである。

 と言う訳で、スケール大きく物語が進行し、かつ幕閣、池田家中、旗本諸家の利害が錯綜し、この上巻では、ようやく又右衛門が数馬の助太刀を了承するまでが描かれるのみである。時代劇の定番部分は下巻に期待というわけである。

 それにしても、史上有名な仇討ち事件に、実にこれだけのプロローグが必要だとは、驚きの一言だ。

  2006年1月30日 読了