宇江佐 真理 『ひょうたん』 (光文社) | 還暦過ぎの文庫三昧

還暦過ぎの文庫三昧

 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 この作品も文庫本ではなく、2005年11月発行の単行本である。やはり年末にF先輩から纏めてお借りした中の1冊。

 本所五間堀に店を構える古道具屋・鳳来堂の音松、お鈴の夫婦を中心にした連作小説で、6編が収められている。音松は以前は博打で店を畳みかけるところまでいったが、今は真面目にガラクタともいえそうな古道具を商っている。お鈴は料理自慢の、特に煮物の得意な女房で、外に七厘を出して鍋をかけていることが多い。彼らの元へ、ほとんど毎晩、音吉の幼馴染の3人が顔を揃え、お鈴の手料理で酒を飲み、話の花を咲かせている。夫婦の一人息子・長五郎は、音吉の兄が経営する質屋に奉公に出ていて、父親以上にしっかり者のようだ。と、こんな環境で、物語はほのぼのと、そしてしっとりとした感触で進んでゆく。

 古道具屋だけに、買取に持ち込まれる道具を発端として始まることが多い。第1話の『織部の茶碗』は、音松が仕入れた織部が盗品だったとわかり、損を覚悟で本来の所持者に届ける話。第2話の『ひょうたん』は、自殺しようとした男を音松が家へ連れ帰るところから始まり、角細工師のその男が立ち直った後、お礼にお鈴にひょうたんの根付けを贈ってくれるまで。第3話の『そぼろ助広』は、浪人が持ち込んだ刀が助広の名品とわかり、音松の心意気でその浪人を救う話。第4話の『びいどろ玉簪』は、姉弟の子供が持ち込んだ簪をお鈴が買ったところ、姉弟はお金も簪も持って逃げてしまうが、実は彼らの義父が酷い男だったという話。第5話の『招き猫』は、長五郎が奉公する質屋へ倒産品の招き猫が持ち込まれたところから始まり、音松と兄との間も険悪となるが、やがて元の鞘に収まるまで。第6話の『貧乏徳利』は、瓦職人が持ち込んだ徳利から、陶器の贋作へと結びつく話で、そこに音松の幼馴染の一人・勘助の死が絡む。

 お金儲けは下手でも、まっとうに生きてゆくことの健気さがよく伝わってくる1冊だ。最近のお金になびく風潮からは遠い作品だが、それだけに逆に心に浸みてくるのだ。半年ばかり前に読んだ同じ作者の『卵のふわふわ』にはあまり感心しなかった記憶だが、この作品は妙に心に残った。読み進むうちにじわりと涙が滲んできて、しかし暖かさがあって、後味が爽やかなのだ。

  2006年1月12日 読了