東郷隆 『異国の狐 とげ抜き万吉捕物控』 (光文社) | 還暦過ぎの文庫三昧

還暦過ぎの文庫三昧

 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 この作品は文庫本ではなく、2003年12月発行の単行本である。年末にF先輩がまとめて貸してくださった中の1冊。

 この作者については、先日読んだ『時代小説 読切御免第三巻』に作品が収録されていたが、他に読んだ記憶がない。こうして1冊に纏まったものを読むのは初めてだと思う。

 副題が示すように、捕物帳の連作で、4編が収められている。幕末、すでにペリー来航後で、横浜に外人居留地もできている時代を背景に、世の中のとげを抜くと言われる腕利きの目明し・万吉が活躍するという構図だ。とは言え、作者の筆はリアリズムに徹していて、万吉もスーパーヒーローではなく、地道に足で情報を集めるタイプとなっている。

 捕物帳だから推理と謎解きが主体であるはずなのだが、作者の興味は、むしろこの時代の江戸の町、江戸の風俗・習慣、季節の行事などを書き込むことにあるような気がする。小さなことにも解説が入り、引用される川柳とともに、作者の学識のほどが窺えるのだ。逆に謎解きは二の次のようで、案外と簡単に犯人が割れてしまう。表題作の『異国の狐』だけは、いくつもの事件が錯綜するけれど、他の3編は案外とストレートに事件解決となるのだ。

 学識豊富な薀蓄話に浸るのも悪くはないが、小説だから、人間が描かれていなければならない。そういう観点から見ると、いささか印象が薄い感じだ。万吉も目明しとしては誠実で、能力もあって、魅力を備えているとは思うし、子分の辰五郎、隠居した元廻り同心の笹森弥兵次なども、それなりのキャラクターなのだが、人物の造形としては何かが足りないような気がする。残念だ。

 今後もこの作者の作品を積極的に求めたいとは、どうしても思えなかった。

  2006年1月8日 読了