山本一力 『峠越え』 (PHP研究所) | 還暦過ぎの文庫三昧

還暦過ぎの文庫三昧

 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。

 この作品は文庫本ではなく、2005年8月発行の単行本である。いつものF先輩が「正月休みに読んだら」と届けてくださった中の一冊。

 昨年は山本一力作品の出版ラッシュであった気がする。雑誌連載が次々に終結したからだろうか。できることなら、この作家には濫作に陥って欲しくないと思っているのだが。

 本作品は二部構成になっていて、登場人物は同じだが、内容は全く別の二編であった。

 女衒を生業とする新三郎が、以前に仕込んだ女が病気持ちであったことで元締めに借りができ、新たな女を仕込むために江ノ島へ向かう。その道中で、女壺振師のおりゅうを助けたことから、新三郎が女衒から身を引くための資金作りに、江ノ島弁天の江戸での出開帳を計画することになる。元締めの強烈なプレッシャーを跳ね返して、新三郎とおりゅうが出開帳を江戸中に宣伝し、菓子商や芝居小屋ともタイアップしたりと工夫をこらし、最初は天候に祟られながらも、どうにか成功するまでが第一部である。

 おりゅうが実に気持ちのいい女に描かれていて、彼女の内助の功を得て新三郎は困難を乗り越えてゆけるのだ。また、この作者らしく、人情細やかに出開帳の成功に向けて協力する人物も現れ、心温まる物語になっている。

 第二部は、女衒の元締めの縁で、新三郎とおりゅうは江戸を仕切るテキヤの四天王とも引き合わされ、話のはずみで、彼ら5名の先達として権現参りに出かけることになって、その道中記である。テキヤと女衒で、堅気とは縁遠い5名だが、江戸を束ねるだけに、人物の器量は大きい。彼等と旅を重ねることで、新三郎も成長してゆくというわけだが、本当のことを言えば、この第二部には感動が薄かった。親分衆はわがままを言って新三郎の人物を測っているところがあって、いささか厭味なのだ。

 男は女の励ましを得て困難に立ち向かう気力を振り絞ることができる。おりゅうは男の理想であろうと思う。

  2006年1月2日 読了