1月4日に京都へ出かけ、翌5日には京都競馬場で正月競馬に興じてきたが、往復の車中とホテルでの読書用にとこの本を持参した。改版されて読みやすくなった新潮文庫である。文字が大きくなったとは言え700ページを越す長編小説なのだが、流石に松本清張は面白くて、きっちり2日間で読了できた。
カメラマンの田代利介は、九州からの帰途の飛行機である男女と袖摺り合わせたが、銀座の行きつけのバー「エルム」でその男を見かけ、また別の日には、女がそのバーへママを訪ねてきたところにも出合った。その夜、「エルム」のママが失踪してしまう。そして田代は、雑誌社の取材で世田谷を訪れたおり、建築中の石鹸工場で、またも男を見た。
さらには、田代が信州の湖畔の取材に出かけた折、男が大きな荷を担いでいるところを見かけ、湖に投げ入れる音とともに、波紋が広がるのを見た。彼は男に不審を抱き、駅や運送店で荷物の調査を始める。
「エルム」のママが失踪した頃、政界の大物・山川亮平も消息を絶っていた。最初は無関係に思われた失踪事件が、やがて結ばれてゆく。そして、素人探偵の田代の調査に対して、相手は組織的に動いていることも解ってくる。ママを世田谷で見たと言うタクシー運転手が殺され、田代が相談した新聞記者も行方不明となり、ついには田代自身も危険にさらされるが、飛行機の女に救出された。
とにかく、相手の正体と言い、彼らの行動の意味と言い、最後の最後まで明かされず、読者をぐいぐいと引っ張ってゆく。東京と信州を舞台に、まさに松本清張の力技が炸裂しているという感じだ。
そして最後、相手の謀略で地下室に追い込められた田代は、相手の口からこれまでの謎の説明を受ける。犯罪の黒幕、殺人の意図、死体の処理方法など、読者もここでようやく納得する仕掛けなのだ。それは、すぐに死を迎えるはずの田代に対する相手の憐憫であったが、ここでどんでん返しとなって、物語が一気に収束するのである。
この作品は、清張ブームが巻き起こった直後の新聞連載だということである。デヴューの遅かった著者の、その才能が一気に花開いた頃の作品だと言えそうだ。
2006年1月5日 読了