新潮文庫12月の新刊。これも『週刊新潮』の連載企画「読切時代小説」からの抜粋である。
藤沢周平『岡安家の犬』は、飼い犬を鍋にして食べてしまった友人と喧嘩別れとなった岡安甚之丞だが、妹の結婚相手でもあるその友人と仲直りをするまでを描いている、岡安家の隠居がとぼけた良い味を出しているが、犬を食べるという話だけに、ゾッとしない。
宮城谷昌光『玉人』は、著者得意の古代中国に題材を得た作品で、恋愛談プラス一種の宝玉談のようだが、その時代の中国の男と女が出会う仕組みがよくわからず、自分の理解の範囲を超えていた。人間関係が掴めぬまま、話が終ってしまっていた。
北方謙三『梵鐘』は、臨時廻り同心が持ち前の嗅覚で二人の武士の真剣勝負を見届けることになった模様を描いた作品。武士の立合いシーンはさすがに迫力があるが、それ以上の深い味わいには欠けるようだ。同心の一人称で語られてゆくのは、時代小説では珍しいと思うが。
火坂雅志『命、一千枚』は、豊臣家の木曾代官・石川貞清の挿話。武闘派ではなく、経済に明るい文官である彼は、豊臣の世が落ち着くとともに頭角を現わし、商才のある代官として蓄財に励む。その彼が、関ヶ原では西軍につき、しかし命を永らえることができたのは、貯めた黄金一千枚のおかげであった。彼の厚顔が、側室に入ったおぬいを介して語られてゆくのはそれなりに面白かったが、最後はあっけない。
鈴木輝一郎『御諚に候』は、伊賀のはぐれ忍者・桑畑権兵衛が京都所司代の捕物を手伝う話で、最後は同じはぐれ忍者の伝十郎との対決となる。信長や光秀も登場して、自分の出自の秘密を知られたくない権兵衛は苦労して伝十郎を生け捕るのだが、どうやら光秀にはお見通しであったらしいという落ちがつく。
佐藤雅美『暫く、暫く、暫く』は、足自慢で、富くじの当たり番号を影富を売る親分の元へ走り伝える清六が、思わぬ冤罪で捕縛され遠島になりそうなところ、最後は訴人の嘘が明るみ出て、難を免れる。タイトルは、当たり番号を知りたがる客の前で見得を切る清六の口上である。
平岩弓枝『老鬼』は、天保の改革で水野忠邦の懐刀として辣腕を振るった鳥居耀蔵の晩年の挿話。横柄で癇癪持ちの老人になっている耀蔵が、暑気当りに苦しむ女人に自家製の薬を与えて救ったが、実はその婦人は、耀蔵が権勢を振るっていた頃に近づいてきた後藤三右衛門にゆかりの者であった、といった内容。
全体に、直前に読んだ『読切御免第三巻』の諸作に比べて、粒が小さいと言うか、コクが足りないと言うか、そういった不満を隠せないアンソロジーであった。
2006年1月1日 読了