妖怪がでてくるっていうことは、やっぱりファンタジー?


『ねこのばば』

畠中 恵 著


お江戸長崎屋。体の弱い若だんなのまわりに妖怪がいっぱい。

なぜならば・・・

この若だんな、実は妖狐の血をひいてたりします。

で、子守に送り込まれたのは、今は手代となっている佐助と仁吉。

一見いい男の二人なんですが、もちろんこの二人も妖怪。

しかも長ーいこと生きてるかなり力のある妖怪なんです。


この3人を中心とした捕り物帖といったところ。

本の裏の紹介には 「若だんなと妖怪たちの不思議な人情推理帖」

って書いてあります。


といっても犯人が人間とはかぎりません。

なにしろ、捕まえるほうも人間じゃないんで・・・


それはそれとして、謎解きのほうはおもしろいです。ああ、そういうことだったんだーという感じ。

みやすいけれどなんとなくしんみりするところもあったりして、「妖怪好きなぱんだ」というわたしの特性を除いてもおもしろいと思える一冊です。


『ねこのばば』は、 『しゃばけ』 『ぬしさまへ』 に続く第3作目。

連作は途中で飽きたりする場合もありますが、この作品は回を重ねるにしたがって親近感が増してくるようなあったかい感じの世界をつくりあげてます。

江戸という町の空気感もそこはかとなく漂ってます。


貧乏神がでてくるお話しもあります。

若だんなの人徳かもしれませんが、扱い方によっては貧乏神が福をくれるということもあるみたいですよ。


楽しく読めます。たぶん。


畠中 恵
ねこのばば (新潮文庫)
畠中 恵
ぬしさまへ (新潮文庫)
畠中 恵
しゃばけ (新潮文庫)


これをドキュメンタリーと言っていいのかどうか・・・

『徳川埋蔵金の謎を解いた』

作者の要子廣堂さんは霊導師だそうです。

この本、群馬と埼玉の境にある中里村のドライブインで見つけました。

中里村は恐竜の里で、恐竜の足跡なるものを見ることができるのですね。

なので、そのドライブインには恐竜グッズ等も売っているのですが、そんな中にこの本がきれいに並んでいました。

買う人が珍しいのかレジに持っていくと、

「・・・埋蔵金の謎・・・ふうん・・・」

と、売店のお姉さんが不思議そうにつぶやいてました。

何故こんなところに売っていたかというと、中里村の隣は群馬県の上野村なんですが、

この本の作者の言うところによると、その上野村が埋蔵金の隠し場所なんだそうです。

上野村という名前は聞いたことがある方も多いかと思います。

20年ほど前に日航機が墜落した御巣鷹山のある村なのです。

作者は信仰する不動明王の啓示を受けて「かごめ」という童謡の暗号を解き、その場所を特定しました。

「かごめ」にはいくつかの方位が隠されており、それを結んだ線が家康ゆかりの

会津若松→赤城山→上野村→増穂町(山梨県)→浜松とつながっているんだそうです。

以前テレビで、赤城山の埋蔵金発掘をやっていたような記憶もあります。

そのときには残念ながら埋蔵金は発掘されませんでしたが・・・。

神社をめぐったり、村人の話を収集したりといったさまざまな検証の結果、作者は上野村こそ徳川埋蔵金の最終的な埋蔵場所であると確信したらしいです。

が、埋蔵地は公表しましたが、まだ発掘作業は行っていません。

興味のある人には上野村を探索した際の記録書を譲っていただけるそうです(1500円)。

本の出版が1994年の4月ですが、その後上野村に発掘調査に行った人はいるのでしょうか?

わたしは行ってません。

行きたい気持ちも少しあります。

「そんなのありえない、うそ、うそ」

と思いながらも、好奇心はかきたてられてしまうんです。

でもきっといろいろと大変なんでしょうね。土地の所有権の問題とかもありそうですから・・・

ちなみに埋蔵金(?)が一番たくさん出土するのは東京都なんだそうです。

銀行がなかった時代、江戸の大店(おおだな)とかお金持ちのお代官様とかが、庭や土間に埋めた甕入りの古銭がけっこう発見されているのだとか。

そういったものはビル建築のさいに偶然発見されることが多いようです。

そういえば、遺跡発掘のバイト募集とか都内でもあったりしますよね。

何を発掘しているのかは知りませんが、幾重にも重なった地層の中から、いろいろなものが発見されるみたいです。

ロマンですね。ニコニコ

要子 広堂
徳川埋蔵金の謎を解いた

今日もお気に入りの本棚から


浅田次郎大先生の

『椿姫』です。


当然と言えば当然なのですが、浅田先生の本は全て気に入り本棚に入っています。

読む前でも無条件に入ります。

そのくらい大好きなわけです。

『姫椿』は短編集で、表題作他7編が収録されています。

『姫椿』は倒産寸前の会社の社長が、偶然に昔通っていた銭湯にたどり着き、そこでの出会いによって過去の記憶を手繰り、人生を考えるという物語です。

が、そんなことはすっかり忘れていました。

なぜなら、わたしのお気に入りは別の一編、獬(シエ)』だからです。

『獬(シエ)』は、時々思い出したように読みます。

泣くために・・・。

主人公の鈴子はある黄昏時、ペットショップで獬という動物を譲り受ける。

10日前に中国人らしい男が伝説の動物だといって預けていったのだが、引き取りにこないというのだ。

獬を引き取った鈴子は、毎晩自分の悲しい人生を問わず語りに語り続けた。

二人の生活は穏やかに過ぎていくのだが、やがて別れの日がやってきた。

「スーちゃん」

獬が言う。

「ぼくはスーちゃんが好きだ。五千年も生きて、数えきれない人と会ってきたけど、スーちゃんが一番好きだ。

なぜだか、わかるかな。それはね・・・」(文春文庫 浅田次郎著『姫椿』より)

・・・書き写してるだけでこみあげてくるものがあります。

わたしはこの部分、実は朗読します。

一人で・・・泣きながら・・・

ここからラストまでわずか3ページです。

これを読むだけで涙がだらだら流れます。何度読んでも。

人間は泣くことで癒されたりします。

落ち込んだときとか、何もしたくなくなったとき、この文章を読んでとりあえず泣きます。

泣けるとわかっているのでやっぱりこの部分を選びます。

朗読し終わると、なぜかすっきりしてます。

なんかすごいです。

なのでこの本、特に巻頭のこの短編はわたしにとって特別なものと言えるかもしれません。

もちろん、浅田先生の本はたいていが特別なのですが・・・

もはや信者です。(^▽^;)

余談ですが、以前東京の八重洲ブックセンターでのサイン会で握手していただいたことがあります。

感動でした。やわらかい手でしたよ。

サインをもらってからも本棚の影からこっそりそのお姿をのぞいてました。

うっかり目が合ってしまいました。視線を感じたのかもしれません。

かなり怪しいぱんだだと思われたかもしれません。

でもストーカーなわけじゃないです。念のため。


浅田 次郎
姫椿 (文春文庫)