第19話 ライジンボール
剛は平の家に入り浸るようになった。平は剛に野球を仕込んだ。
平は越して来たときから斜め向かいに住む剛に目を付けていた。近所の子とキャッチボールをしているのを見た時、直感でこの子は大器だぞと感じた。
一方剛は幾ら近所の人でも親切にしてくれてグローブまでくれるなんて?と不思議に思っていた。
あんのじょう剛は野球に詳しい平からできる限り学ぼうと必死になった。
ピッチング・走塁・バッティング・守備、平の口から出てくる野球理論は剛にとって新鮮であり、好奇心をそそるものだった。
ある日剛は平に変化球の投げ方について尋ねてきた。カーブ・シュート・ドロップ・シンカー等の握り方を教えた。剛は飲み込みが早く変化球をマスターするのに時間を要しなかった。ある日剛は平にこう言った。
剛「誰にも打たれない魔球みたいな変化球をおぼえたいんや。」
と言われ暫く悩んだあげく、「よっしゃ教えたろ。」と近くの空き地で実演して見せた。
坊そこでバットもって構えとけと剛を立たせて魔球をなげた。
ボールは不規則に変化してストーンと落ちた。
剛「す、すごい。」
何球か投げた。投げる球全て異なる変化だった。
平「どや、今のはナックルボール言う球種や。でもな、おっちゃんが投げるようなナックルじゃ役にたたん。少年野球くらいなら通用するんやけどな。もっと早くて変化するナックルをコントロール出来たらそれこそ魔球やな。」
剛はすこぶるナックルボールを気に入り平の指導のもと習得していった。ナックルは通常五指の指先でボールを握りスナップを効かさない状態で投げる変化球だが、五指の指先の位置や力加減で様々な変化を出せる。指の力と握力があれば非常に有利だ。
剛は指たて伏せや、五指で砂を叩き、握力を鍛えて協力なナックルボールを投げる練習をした。数ヶ月過ぎて・・・。
平「ホオー。もう立派な虎の爪やな。」
剛「誰にも打たれへんで。」
平「たいした自信やな、後高速と低速も投げわけるようにせなあかん。」
剛「低速・高速・・・。」
平「五本の指で低速・三本で高速になる。」
剛「なるほど、なるほど、ふーーーん。」
剛は少年野球で大活躍、ピッチャーをやりライジンボールと名づけたナックルで三振の山をきづいた。中学に行っても1年からレギュラーでチームの要となった。しかし、剛が中学になり夏の全国大会で優勝した日に平は剛の前から姿を消した。
第18話 少年神雷
神雷 剛の家庭は複雑だった。彼の父親は誰なのか彼はしらない。生まれて間もなく父親と母親は離婚したのか、認知されない子供なのかそれすらしらない。若干8歳の少年にそのような事を追求し真実知ろうとする知恵もなかっただろう。
唯、もの心ついた時から母親の周囲には1年ごとに見知らぬ男性が現れ消えしていた事を憶えていた。幼い頃は自分の父親なのだろうかと思いもしたが、今では赤の他人だと言う事は認識できる。
母親は夜の仕事に出かけて、転がり込んで来た母親の彼氏と家にいる事が多かった。
今では出入りしてくる男たちにとって、余り懐かぬ剛をうっとしい存在だったにちがいない。
何人目の男性か知らないが一ヶ月前から居座る母親の新しい彼氏とある日口論になり家を飛び出した。
神雷の家は長屋だった。
夜7:00その日の月は赤かった。一人で石蹴りをしていた。
「俺にはとうちゃんはおらんのか。どこにおるんや。」
そんな思いを石にぶつけて蹴った。思わず思いっきり蹴ってしまった石は偶然歩いてきた
タイガースの帽子を被った痩せ型50代位の男に向かって飛んでいった。男は下を向いて歩いていた。
剛は「しまった!当たると思ったが。」
男は自分の顔めがけて飛んで来た石を片手でなんなく掴んだ。
平「坊あぶないぞ!こんなところで石蹴りしとったら。」
神雷「・・・・・・。」
剛は黙った侭だったが。申し訳ないと小さく頭を下げた。
何も言わぬ剛の心声を聞いたかの如く平はこう返した。
平「わし、最近越してきたんや、家に来るか。」
見知らぬ男の誘いを受けるのは気が引けたが、今居場所がない剛にとって渡りに船だった。
剛は頷いて斜め向かいの平の家に呼ばれた。
電気をつけると沢山の本棚に本、パソコン、バットのグローブが幾つか剛の目に入った。
「夕飯食べたんか一緒に喰うか?」
剛「う、うん。」
夕飯も大抵は転がり込んできている男と一緒に採るが、最近越してきた男は自分の分だけしか調達しない、冷蔵庫の何かをあさるのだが、今日はそれどころではなかった。
平の作ったインスタントラーメンで腹を満たして少し落ちつた時、平が話し始めた。
平「坊は野球好きか、野球やるんか?」
剛「少し。」
剛は草野球程度の事や、キャッチボール位はやったことがあるが、本格的にリトルリーグに入って野球する者いる事を知っている以上少しと答えるしかなかった。
平「坊は今何年生や。」
剛「3年になったとこ。」
平「おっちゃんは4年生やった。親にせがんでグローブ買うてもろうたん憶えとるわ。」
平「これやるわ。」
平は剛にグローブをさしだした。少し古びているが使いこなしたいいグラブだった。
剛「あ、ありがとう。」
いきなり逢っていきなり話をしたおとこから、いきなりグローブを貰うなぞ、とんでもないと思いつつも、初めて自分の所有となるグローブを手に感動を抑え切れなかった。
第17話 赤い月
「ベンチに帰った後の神雷選手なにやら頭を抱えて悔しがっている様子です。平監督は慰めているようですが。」
軍輝「そりゃトリプルになったからいいものの、大暴投だからショックなんでしょう。もし最初から計算していたなら、続投させますからまあ見ててください。」
神雷「オーマイガット! なんで俺のプロ初マウンド・プロ第一球が大暴投なんや!格好悪い!おっちゃん責任とってくれや。」
平「なに言うとんのんじゃ。初マウンド第一投トリプルプレーやないか。打合せ通りようやった、ようやった。」
神雷のその日の投球は一球で終わった。そしてタイガースは逃げ切り0-1でベイスターズに2連勝した。
帰りの車の中後部座席で竹堂と話をしながら、車窓から見える月を見上げていた。
竹堂「神雷とは何時どこで知り追うたんですか?」
平「もう8年になるんかなー。確か今日みたいに月が赤い夜やったな、あいつと最初に逢うたんわ。」
平は目を閉じて回想し始めた。神雷との過去を・・・。
第16話 13番の金髪男
翌日 対ベイスターズ戦第二戦
甲子園球場は満員御礼で、またマスコミ陣が球場周辺を席捲した。
その日タイガースに16歳投手が一軍登録されたと言う事が明らかにされたからだった。
その少年の名は神雷 剛と言った。ベンチ入りは勿論平の指示であった。
16歳の無名投手がいきなりプロの一軍で通用するはずなぞないと世間は平をなじった。
ベンチ入りした神雷と言う少年は髪の長さこそ短いものの色が金髪だった事が大変衝撃的であった。背番号は13番だった。
TVカメラはしきりにこの少年の素行を映した。
神雷「おっちゃん、おれの出番作ってもらえるんか。」
平の事を気安くおっちゃんと呼ぶこの少年をチームの面々も呆れて見ていた。
「小生意気。」と言う印象しか与えなかった。
平「出番があるからベンチにいれとんのじゃ。」
神雷「やりーーーい!ひゅーーー。」
平「静かにしとれ。格好悪い。」
「平監督。本日から投手1名ベンチ入りさせました。全くの無名選手です。高校中退の16歳と言う情報いしかえられておりません。」
軍旗「なにかの考えがあっての事でしょうけど、ちょっと舐めすぎちゃいますかね。」
タイガースの先発は杉本 初回から杉本はベイスターズ打線につかまり満塁でピンチをラッキーにもゲッツーで切り抜け、その後0-0のまま試合は進み、6回裏にパスボールで3塁ランナー生還で0-1となりタイガースリード。
7回表杉本突然乱れだしノーアウトからストレートファアボール。次のバッター井神にエンドランを決められノーアウト1・3塁の大ピンチとなり、ベイスターズは9番バッターのピッチャー桐生に代打の代官を起用する。タイガースベンチは代官を歩かせ満塁とした。
「タイガース7回表大ピンチ!ピッチャーの交代でしょうか?ブルペンには16歳少年投手もいますが、そして、平監督ピッチャー交代を告げました。」
「タイガースピッチャーの交代をお知らせします。ピッチャー杉本に替わり 神雷背番号13。」
「驚きました。なんと本日ベンチいりのフプロ初登板の新人投手しかも16歳が今マウンドにあがります。」
「そして平監督内野人を全てマウンドに集めて指示を出しています。身振り手振り。結構時間を掛けてのアドバイスです。」
「それはそうでしょう。16歳の投手の初マウンドですからね。今俊足の神足が3塁ランナーでしょう。暴投で1点ですよ。そりゃ注意深くもなりますわな。」
「そして、内野陣おのおの持ち場に散りばりました。神雷投球練習を終えてセットポジション。第一球なげました。」
「おーーーーーっとんでもない暴投だーーー。キャッチャーとれない。3塁ランナー神足突っ込む、キャッチャーはボールを追い神雷はホームベースに、おーーーっと神雷ボールを持っていた。神足慌てて引き返す。」
「神雷神足を追いかけるが、タッチせずショートに送球した。ショート廉見は2塁ランナー井神と並走していたーーー。ショートタッチしてワンアウト。そしてショートキャッチャーにボールを返し、神足を挟みこんだ。その間に1塁ランナーが2塁を蹴って3塁に向かうが、セカンド古村1塁ランナーと並走していた。キャチャーはセカンドに送球して3塁ランナー代官タッチアウト。そしてセカンド神雷に送球して、ホームに突っ込む神足に襲い掛かる。」
神雷「おりゃーーー。とどめじゃーーー!」
「神雷も足が速いぞ、神足に飛び掛って、タッチアウト!ト・トリプルプレーです。」
第十五話 人生は祭
堺田と火野は平監督就任に向けての説得を行っていた。そして4月半ば会議が行われた。議題は勿論監督交代についてだった。
堺田「このまま猛田に監督やらせても結果は目に見えとる。直ぐに交代するべきや、去年から言うとる事やけど平 源にすべきやと思う。」
結城常務「わざわざ素人を起用しなくても他にもっといい候補があるでしょう。」
火野「そんなのがいたらとっくの昔に交代しとるやろ。だいたい猛田を推薦したのは結城さんでしょ。今更いい候補なんていうのもおかしいで。平は無名かも知れへんけど監督としての才覚は十二分にある。」
結城常務「わざわざ素人を起用しなくても他にもっといい候補があるでしょう。」
火野の力説に周囲は閉口してしまった。球界のご意見番の見解を覆すことは出来なかった。
堺田「ほなら皆異議なしと言う事でええな。」
4月末の対ベイスターズ戦からの起用で行く事も決まった。そして広島との第三戦後正式にマスコミに報道された。
同日平自宅の近くにある居酒屋トラ・トラ・トラで祝宴が開かれた。タイガースは15-2と大敗したが、トラ・トラ・トラではまるでタイガースが優勝したかの賑わいだった。
「乾杯!平源監督就任おめでとう。」
満席御礼店に入りきれない状態。
平にとって人生でもっとも幸せを実感した瞬間だった。そしてそれと同じくらい幸せを実感した事が人生の中で一度あった。それは幸枝との出会いだった。人生最愛の人その幸枝との約束それは甲子園で優勝する事だった。しかしその約束は果たせないままだった。
高校3年、夏の甲子園の切符を手にしたものの出場辞退、そして幸枝は逝き絶望のどん底に突き落とされた。それでも約束だけは果たさんと決意し、監督歴任を繰り返すも後一歩で優勝できず。
あげくの果てに癌になってしまい、己の人生はこのまま終わってしまうかも知れなかった。
今この状況は夢かもしれない。しかし明後日には憧れの甲子園で指揮をとるのだ。日本国中の注目を一身に集めて幸枝との約束を果たすために野球をするのだ。
平「人生お祭りだーーーー。」
平は叫んだ。
平のテーブルには竹堂 久、藤井 由夫、森尾 亘が座っていた平を支えてきた「援虎会」のメンバーだった。3年前に結成された会で当初「タイガースを優勝するためにはどうする」会だったが1年前から「援虎会」と名称を替えて、平の監督就任と言う途方もない賭けを成し遂げる活動をしてきたのである。これも堺田オーナーと平の接触から盛り上がって来たことがきっかけである。
第14話 平の竹馬
平監督就任が進めれられている間平は東奔西走の日々を送っていた。選手コーチの候補を説得していたのだった。堺田からの連絡から1週間経ち自分の健康状態を知るため竹馬の友である主治医の佐竹の許に赴いた。
佐竹「よかったな。でもこれからが大変やな。」
平「ああ、100パーセントやないけどオーナーが動いてくれとる。」
佐竹「たとえ決まってもラストチャンスやよってにな、それよりだいぶと侵攻しとるで。」
平「そうか…・。後どれくらいやろか?」
佐竹「半年あるかないかやな。でもストレスで早くなる可能性もあるし。」
平「日本シリーズまでもってくれたらええんや。」
佐竹「あほ!ほんまやったら入院せなあかんのやど。」
平「ベットの上に行った時は死んだと同じや。」
佐竹「今のおまえにとってはまさにそのとおりやろけどな。けどなんかあったら必ず俺に相談せーや。」
平「わかっとる。」
平は癌に冒されていた。気付いた時にはもう手後れだった。余命半年残された時間は少ない、皮肉にも人生最大のチャンスが巡ってきたこの時に、いや後半年だからこそ最大のチャンスを引き寄せたのかもしれない。。
佐竹は平が小学校頃からの友人である。平はタイガースファン、佐竹はジャイアンツファンだった。二人は相反する野球ファンであるにも関わらず今日まで友人であり続けた。野球カードも平はタイガースの選手佐竹はジャイアンツの選手を集めて自慢しあった。
帽子も平はタイガース。佐竹はジャイアンツのものを被った。
中学生になって平は野球部、家業の病院を継ぐ意志のある佐竹は勉学に明け暮れた。それでも2人は竹馬の友だった。
平の悩みを聞き、励まし、相談相手になった。平の良き理解者である。第13話 堺田の賭け
堺田の言う通り平監督就任の話は着々と進んでいた。何故堺田は急に平の起用に対して精力的に働きかけるようになったのだろうか、実は平が堺田への説得を諦めた日の翌日、堺田の家に2年ぶりに訪ねて来た人物が堺田の気持ちを変えたのだった。
その人物とは堺田の旧友であり「豪腕の豪ちゃん」の愛称をもつ元タイガースのエース火野 豪太だった。
堺田の自室のダンボール箱に目をやり
火野「どうしたんやこのダンボール箱、とうとうかみさんに追い出されるんか?」
堺田「冗談言いなや、平源とかいう男が送ってきたタイガース再生プログラムや。その平ちゅうのがタイガースの監督をやらせとうるさいんや。できる限りの事はしたんやけど常識はずれの事だけに結局無理やった。送ってきた資料はダンボール5固もあんねん、処分せなあかんのやわ。」
火野「随分前に2軍監督やらせたって言うやつかいな、平源、俺その名前だいぶと前に聞いた事あんで。資料見てもええか?」
堺田「ええで、なんやったおまえにあげてもええし。」
暫く火野は平らの資料に目を通した。そして話し始めた。
火野「健ちゃん、この平、たいした奴やで、世間はこの男の事を知らんようやけど、ある企画で高校野球チームの調査があってわしも狩出されるはめになったんやけど、名門高校とか最近強くなったチームの調査をしたんや、それがなここ最近強うなったチームに同じ名前の監督がでてくるんや、さらにそのチームは廃部寸前とか出来て間も無いチームなんや、1・2年で地区大会の決勝まで進んで、その監督が辞めた後は甲子園の常連チームになっとるんや。」
堺田「ほんで、そのチームの監督いうのが平源ということなんか。」
火野「そや、その通りや。それに平の指導した選手にはプロや大リーガーになっとる者もおるんや。」
堺田「でも、なんやかんや言うても高校野球の監督とプロの監督のレベルは段違いやろし。」
火野「そりゃ偏見や。なあ建ちゃん、人にはプレーするのが得意なタイプと指導するのが得意な奴がおるんや。そりゃプロ野球の監督なんてプレーも上手い監督も上手いのがおおいんやけど。平は選手としてはパッとせんのやろけど、指導するに関しては天才的な能力をもってるんとちがうんかな。」
堺田「そんなもんなんかな、わしも猛田にやらせるよりはずっとええと思うとるんやけどな。」
火野「よう考えてみ、タイガースを優勝さすのは弱小の高校野球チームを1年足らずで決勝に進出さすより楽なんやで、いまタイガースが低迷してる言うてもプロなんや、平の潜在能力をもってすれば難しい事はないはずや。」
堺田「よっしゃ!豪ちゃん俺決心したで平 源を監督にするで。」
火野「そんなら、俺も球団社長連の石頭を柔らこうすんの手伝うし。」
堺田「おお!豪ちゃんがてつどうてくれるんやったら百人力や。ありがとう。もっと若かったら豪ちゃんに監督たのむのなー。」
火野「おだてるなよ。それにどうせ給料安いんやろ。」
堺田「また。それをいうなや。」
第12話 平起死回生
ミーオを拾ってから2週間ほど経ったころだった。4月ペナントレースが始まりタイガースは連敗していた。
突然堺田から電話があった。
堺田「平はん、わしや堺田や、あんさんにお願いしたい事がありますんや、タイガースの監督の件今度は本格的に考えさせてもらいたい思いますんや。」
平「ほ、ほんまでっか!それで何時からになりそうですか。」
堺田「今、会議中で、早々に就任してもらう事になりそうや。」
平「ありがとうございます。私のほうも準備しときます。」
堺田「冷とうして、もうしわけありませんでした。詳しい事は後日連絡しますよってに。」
平「ほなら、よろしゅう。」
平「やった!やったーーーー。」
平何事かと歩みよってきたミーオを抱き上げた。
平「ミーオおまえは福虎や! あはははは! みてみいー。わしやったら出来るんや、わしやったら。」
第11話 ミーオ雨の中
雨足が更に増してきた。体も冷えてきた気分も悪くなってきた。今年の桜は人目にさらされず散ってしまうのだろうか、しかし、来年俺はこの世にいない、来年も咲く桜すら平に妬ましい。
平「今日は引き上げよう…・。」
どこまでも広がる曇天を見上げながらそう呟き、平は家路についた。重い足をひきずるようにして。
小猫「みゃーみゃー!」
小猫の泣き声が帰途についた平の耳に入った。小猫の声がする道端のダンボール箱に目をやった。
平「なんや!捨て猫か?」
寒くて辛くて捨て猫に構っているような気持ち余裕も無いはずだった。しかしなぜか放っておけなかった。ダンボールを覗き込むと生まれて間も無い痩せ衰えた虎猫が一匹泣き叫んでいた。小猫は誰かに助けを求めるかのようによちよちとダンボール箱を徘徊しては。立ち止まり箱から首を覗かせて泣いていた。
平「やっぱり捨て猫か。」
平はその捨て猫を放っておく事ができなかった。そのままだと衰えて死んでしまうだろうと思ったからだ。己の寿命が決めれらたせいか、やたら命の尊さを感じてしまう。
小猫「みゃー、みゃー。」
小猫は平の姿を見つけると懇願するように泣き叫んだ、どうやら平の事を親だと思い込んでいるようにも見えた。
平「そうか、おまえも捨てられたんか、捨てられた者どうし家に帰ろか。」
平は小猫を抱き上げ片手で胸に抱いて帰途についた。
小猫「みゃー、みゃー。」
小猫はすがり付くようにしっかり平の胸にしがみついて、もうはなれへんで、すてやんといてや、と言わんばかりに。
家に着いて、早速ミルクを与えた。
飢えていたのだろう小猫は必死にミルクを飲んだ。暫く鳴いていたが、くるまるようにように平らの膝の上で寝てしまった。平は暫く考え込んでいたが小猫に話し掛けた。
平「なあ、これから捨てられたものどうしで暮らしていこか。おまえ虎猫やな、虎に捨てられた俺が虎を拾うなんてほんまおもろい話や。」
平 「名前なんにしょうか…・。」
平「ドラ、ありきたりか、 虎夫、寅吉、虎平、古臭いな。ガオ、ミュウ、そやな、ミーオってどや、今風でええがな。」
小猫の名前はミーオになった。
平の切なる夢は費えたかのように思われた。
平も心身共に疲れていた。
「俺の夢は…、俺は死ぬのか…。」
涙が溢れて来た。
第10話 平切望
2年前だった…。
天王寺の温泉ワールドにおいて堺田が薬湯に浸かっていた時だった、目の前に野球帽を被った男が背を向けて浸かっていた。変わった男がいるものだと思いつつ堺田はその男に声を掛けてしまった。
堺田「変わったご人ですな、帽子を被ったままやなんて。」
男はその声の方向に向き直した。男は暫く鋭い眼光で堺田を見ていた。
男の帽子にタイガースのTHのマークが入っていたのを見て、更に話し掛けてみたくなった。
堺田「あんさんタイガースファンでっか、こんな所まで帽子被ってくるなんてよほどのファンとお見受けしました。」
無愛想に黙っていた男が返答した。
平「この帽子は随分前私が小学校の時に優勝した時のデザインなんですわ。」
堺田「良く見れば懐かしい、確かに随分昔のんですな。そりゃ骨董品や、タイガース記念館においときたい位ですわ。」
平「この帽子の頃のタイガースは強かったのに、今ははがゆうてはがゆううてたまらんですは。」
堺田「ほほーー。あんたもそう思うか、どうにかならんもんやろかオープン戦も負け越しよったし。」
平「ほな私がなんとかしまひょ!」
堺田「おもろい人や、一杯やりまひょか?」
意気投合した二人は湯上がりに酒を酌み交わした。
堺田「あんさん名前は?」
平「平 源と言います。平は平成の平と書きます。源は源の義経の源と書きます。」
堺田「平家と源氏が同居した名前ですな。」
平「そういわれればそうですな。」
堺田「それでわしやけど。」
平「タイガースのオーナー堺田 健二さんですな。」
堺田「おお!しっとりましたか。嬉しいな、嬉しいな、あんさんほんま者もんの阪神ふぁんや、まま一杯。」
平「どうも、頂きます。」
堺田「ファンの方に聞くのは心苦しい事なんやけど、タイガースどうやったら強うなりますやろか?」
平「ズバリ、監督を替える事ですわ。」
堺田「そやろ、そやろ、あんさんほんまようわかっとるわ。」
平「オーナーはんの気苦労をおさっしします。」
堺田「嬉しい事言うてくれまんな、ついでに聞いて申し訳ないけど誰が監督すればええやろか。今のそう猛田 烈、名前で選んだんが大失敗やった。わしはそやな、ライオンズでおった立上はんなんかどうかと思うんやけど…。」
平「…・・。」
堺田「悪かった、あははは!悪かった。難しいわな、このわしですら分からんもん。」
平「ズバリ言いいます。ええですか?」
堺田「ええがな、ええがな!きかせてえな。」
平[ズバリ…・。]
堺田「うん、ズバリ。」
平「この私を…。」
堺田「うん信じるがな、いうてみ。」
平「この私を監督にすることです。」
平「オーナーはん!」
堺田「は!」
平「冗談やありまへん、私がやってみせます。優勝させてみせます。」
堺田「……・・。」
平の言う事が本気である事に気がついた堺田は一気に酔いが醒めてしまった。
堺田「あんさん怒るで、せっかくええ気持ちで酔うとったのに醒めてしもうたがな。だいたいあんさんプロの経験ありまんのか、どこどで監督やってましたんか?」
平「高校野球の監督はやってました。」
堺田「冗談も休み休みにしなはれ、坊や達相手の監督がプロの監督できるかいな。」
平「オーナーはんそれはちがいまっせ、高校の下積みがのうて優秀なプロの選手はそだちません。」
堺田「理屈こねたかて、世間が許さへんがな。」
平「この通り、平源、お願いいたします。命に代えても優勝させてみせますよってに。」
平は手をついて懇願した。
堺田「もー、皆見とるよってに、やめーな。分かった、分かった。構想を家に送ってくれたらええし。」
平「ほんまですか!ありがとうございます。」
苦し紛れの一言だった。内心えらい事を約束してしまったと堺田は後悔した。
後日ダンボール箱が幾つも堺田の自宅に送られてきた。ダンボール箱の中には平のタイガース優勝に向けての構想が書かれたレポートだった。ダンボールは全て5個分あったために最初は目を通す気持ちさえ起らなかった。
断る理由も考えなければいけないのでしぶしぶ目を通す事にした。
目を通して行くと断る理由捜しどころか堺田を中々頷かせる野球理論が表現されており、タイガース選手一人一人の特徴から注意点活用方法まで事細かに書かれていた。また相手チームに対してもタイガーススコアラー顔負けのデーター収集及び分析がなされていた。
グラブ、ミット、バット、スパイク等の野球具に関しても研究がなされており、各選手の成績を上げる為の発案がなされていた。走塁に関しても斬新的なアイデアにより絶妙な機動性をあげる作戦や走塁手法が記されていた。
何名かのスタッフしかも優秀なスタッフにより作製されているものと言う事も感じられた。
堺田自身は野球に詳しくはないが、その堺田をのめり込ませるだけの内容であった事は確かだった。
起用したいスカウト選手リストもフロントがノーマークの選手も何人か入っていた。
「よう勉強しとるたいしたもんや。猛田に爪の垢でものませてやりたい。」
そんな言葉もついて出来た。
そで堺田は2軍の試合の指揮でもさせてみようかと思い付き、3戦ウエスタンリーグの指揮を執らせてみた。
三戦全勝したものの、これでは判断に欠ける。球団社長役員にも相談したがリスクの大きさを懸念し首を縦に振るものはいなかった。
確かに世間の注目を集めるだろう、しかしいい加減な人選で信用失墜もしかねない、堺田の苦労は報われず平の夢は暗礁に乗り上げてしまった。
堺田「平はん、わしも出来る限りの努力をしたんや、申し訳ないんやけど今回の話はなっかった事にしてくれへんやろか。」
平「オーナーはん諦めるなんていわんとなんとかお願いします。」
堺田「…・・。わしかてほんま努力したんや、これ以上はむりや。すんまへん。」
平は諦める事もまた来年よろしくという言葉もありえなかった。そう彼は後半年でこの世にはいないのだから。