カフェで作業をしていると、隣のテーブルで繰り広げられる70代ぐらいの女性二人の会話が面白くて、つい耳がダンボになってしまった。
(声がとても大きかったので、ダンボにしなくても
聞こえていたけれど)
その会話の内容というのが「幽霊が見える人と、見えない人の違いってなんだろうね」というところから始まった。
なにが興味深いのかというと
「これまで生きてきた中で50代のころは信じなかったけど、今ならわかるのよ」と、70代になったからこそ理解できるようになった、という会話がなんとも興味深くて。
その20年に、一体なにがあったのだろう、とひとり考えてしまった。
ところで、幽霊が見える人と見えない人の違いについてそのお2人の回答は、「見える人には見える“アンテナ”があるんだよ」ということだった。
「NHKのアンテナしか持っていない人と、NHKのアンテナもフジテレビのアンテナも持っているのと同じよ!」と話していたけれど、私もそう思う!と、会話に入りたいぐらいだった。だけど、お2人の女性のうち、ひとりは幽霊なんて信じないし、幽霊が見えるなんて気味が悪い話だわ!と豪語していた。それも素直な意見だな~。
信じる、信じない、というのは家庭環境なども大きく影響するし、これまでにどんな経験をしてきたかによっても変わる。宗教が当たり前の家庭に育てば神さまを信じるのは当たり前だと思うし、身近に幽霊を見る人がいれば平気で信じてしまうのかもしれない。
なんにせよ、そのお2人の素敵なところは
信じない人に対しても、無理矢理信じさせない余裕と
普通に信じている人に対して、否定しないことだな。
わたしの周りでは、幽霊ではなく
「未来」が見える人とか、
「もう一人の自分の声が聞こえる人」とか
いるけれど、
「そっか・・・すごいなあ~」と、信じるわたしがいるだけで
なんで、わたしには見えないんだ!
ずるい!
噓つき!
なんて感情はまったくありません(笑)
きっと、わたしにもなにかしらのアンテナがあると
信じているのかもしれません。
(おじいちゃんやおばあちゃんは死に際に会いにきたり
わたししかいないはずの家で誰かが歩いているのを見たりすることがありましたが・・・さて、どうだか)
カフェのおふたりは、そのあと
ジブリを書いている人も、ゲゲゲの鬼太郎を書いている人も
絶対に見えている人たちだ!
と話して盛り上がっていましたが
それも同じ意見で、会話に入りたくなった(笑)
ハリーポッターを書いているひとも
インスピレーションで物語を書いたそうですが
「すでにあったものを、掘り起こして書いた」
そんな感覚だと思います。
本当は、わたしたちも
なぜか、ふと浮かんだり
直感的に「こっちだ!」というようなインスピレーションを
もっているので、そんな感覚を大切にして生きていきたいですよね。