大滝詠一を聴きながら 8 | コーヒーもう一杯

コーヒーもう一杯

日々を楽しく まったりと過ごせるといいよね。

最終話です






「あ~!大型バスから降りたお客さんがこっちにやってくるよ」


直美ちゃんのアンテナは常に高感度だ。


「それも2台です~」



まいったなぁ。


今日は福島店長に直美ちゃんとボク。


もうすぐ6時だけど、新入りの森君が加わるだけ。


森君は一つ下で、細見の気の弱そうなメガネくん。

藤木は風邪をひいてダウンだ。



いっきに店内は混雑してきた。


直美ちゃんはテキパキとレジ打ちをして、ボクにサインを送ってくる。


観光バスで来るお客さんは、郷土料理は何かを楽しそうに喧々諤々して注文を決められないので、良い時間調整になる。



ちなみにここの一番人気は、トン汁定食。

郷土料理では無い。



ボクらがバタバタやってると森君が加わった。


「すっごく混んでいますね」


「観光バス2台だよ、それもほとんど入ってきた」


「僕は何をやりましょう」


「とりあえずバッシングして」


何をやったらいいか分からない者には、片づけをお願いするのが一番効率よい。



団体客がやって来るということは、ほとんど同時に料理が出来上がる。


ここからが一番大変。


みんな料理を持って行ったり来たり。



厨房から料理ができると『チーン』と合図がある。


バッシングしつつ、他のお客さんのお冷の減りやデザートのタイミングを計りながら厨房に戻る。


こういうときって、リズムにのると妙に神がかりな動きができる。


自分のやるべき仕事は何か、優先順位を考慮して効率よく動ける。


我ながらウエイターが様になってきたな~




「さっきから違うって言ってるだろう!!」

罵声に振り向くと森君がお客さんに怒鳴られている。


「お客様、どうされましたか?」
すかさず店長がフォローにまわる。

「注文した生姜焼き定食が来ないで違うものばっかり持ってくるんだよ」

「申し訳ありません。すぐにお持ちいたします」

厨房のミスか、森君のミスか、それともお客さんの勘違いか分からないけど
お客さんを怒らせるわけにいかない。

他のお客さんもいるしね。


厨房にお願いして最優先で料理を作ってもらい、店長が持っていく。

「大変お待たせ致しました。申し訳ありませんでした」


森君が固まっているのをみて店長は
「さっきのお客さんに、お詫びのコーヒーを食後に届けて」
と言った。

店長の苦情処理は完璧だ。

相変わらず「チーン、チーン」と料理はできるので、どんどん運ばなければ料理が冷めてしまうので注意しないといけない。


ボクは頃合いをみて、森君にコーヒーを届けるよう伝えた。

森君はちょっとビビっていたが、勇気をだして持っていく。


「さきほどは大変失礼しました。よろしければコーヒーをどうぞ」

「あっ、そう、ありがと」
それを見て、とりあえずホッとした。


そのお客さんは帰り際、森君のところに行って
「コーヒーごちそうさま」
と声をかけたらしい。



気がつけば、お客さんもひけ、まったりとしたいつものレストランに戻った。


みんな、やり遂げたような良い顔をしている。

なんとなく、心がくすぐったいような良い気分に包まれた。


。。。。。。。。。。。。。。。


気がつけば もう2月。

立春も過ぎ、暦のうえでは春である。

気温はまだ低いが、日中はポカポカ陽気の日が増えてきた。


バイトはすっかり慣れた。

レジ打ちからサーロインステーキ3人前まで何でもござれ。

葉っぱを拭く作業は森君に交代した。



ボクはあと1週間でバイトを辞める。

元々支配人には2月で辞めると伝えてあった。

清水さんとはあれから会っていない。
もう一度、話してみたい気持ちもあるけどね。


「国鉄マン!君はいつも手を抜かないでやってるな。国鉄入っても出世するぞ」

突然マネージャーがやってきてボクに話しかけた。
思わず苦笑い。

「岸くん、森君の指導が上手いんだって?辞める前に森君を一人前にしてくれよ」

横から支配人も顔をだして突っ込む。


この和気あいあいとした雰囲気は上司が作ってくれるんだなぁ。


ボクはこのレストランでいろいろなことを学んだ。

学校では教わらない、人生に必要なことを。


人間にはいろいろな種類の人がいて、その人となりを知ったうえで合わせることが大事ということ。


また、自分という人間を客観的に知る機会にもなった。


そして、一番良かったことは、バイトを通して人生も悪くないと思えてきたことだ。


人って面白いね、ちょっとでも気にかけてくれる人がいると、幸せな気持ちを持てる。


そう、人生って簡単なんだよ。

ドンマイ!ボク。




接客の合間、直美ちゃんと雑談中に、気になっていたことを思いだした。

「ところで、なんでボクは妖精と呼ばれてたの?」

「あ~それはねぇ・・・」


「あっ!大変~バスが3台着いたよ」
直美ちゃんにはぐらかされた。


まぁいいか。

「いらっしゃいませ~」

店内のざわめきの中でふと耳を澄ますと大滝詠一の曲が流れていた。




※この作品はフィクションです。登場する人物、団体等は架空のものです。