大滝詠一を聴きながら 6 | コーヒーもう一杯

コーヒーもう一杯

日々を楽しく まったりと過ごせるといいよね。

6回目です(全8話)



「まったく、あの客~」

持田が鼻息を荒くしてる。
ヤバい、凶暴性発揮のサインだ。

「どうした?」
藤木がすぐに持田のフォローに入る。

どうやら、お客さんからコーヒーの届くのが遅いと文句言われたようだ。

コーヒーが遅いくらいで文句言う客も客だが、それに腹を立てるようでは、
この仕事をしているとキリがない。


6時を過ぎて直美ちゃんが加わった。


ふと、大滝詠一のロングバケーションが流れてきた。
BGMの選曲はいつも彼女の役目のようだ。

うん、このアルバムを聴かないと調子がでないよ。
というか、このアルバム以外聴いたことないな。


「おっ、国鉄マン。どうだい調子は?」
厨房付近から声を掛けられ振り向くと、知らないスーツ姿の男性。

「あっ、なんとかやってます」

「支配人から聞いてるよ、頑張ってるね」

「あ~、ありがとうございます」

「サーロイン3枚でボーナスだすよ」
なんて言って去っていった。

ボクが4月から国鉄で働くことを知っている。
あの人誰だろう?

年齢は20代だろうけど、たぶん偉い人なんだろうな。


あとで直美ちゃんに聞いたら、
柿沼さんといってマネージャーだそうだ。

福島出身で支配人の次に偉いそうだ。

直美ちゃんは何でも知っている。


なんとなくボクの居場所ができた。

そんな気がする週末の夜。

。。。。。。。。。。。。。。。


家の近所にある立派な銀杏並木も、葉っぱがすっかり落ちて寂しくなった。

それに代わり庭の山茶花がピンクの花を咲かせた。

『焚火だ焚火だ落ち葉たき~』

本気で冬支度が始まり、もうすぐ冬休みがやってくる。


学校ではクラスメートとほとんど話さなかった。

あの日からボクの心は閉ざされてしまった。
親父を事故で亡くした6月のあの日から・・


葬式の翌日、藤木がチャリンコで家に来てくれた。
何を言われたか覚えていないが、慰めの言葉をかけてもらった。

そのときボクの元気指数が少しだけ上がったのはハッキリ記憶している。


喪が明けて高校に戻ると、仲のいい友達が気にかけてくれた。

だけど、このモヤモヤ感はなかなか消えず、ずーとつきまとわれた。

だから、このバイトがボクにとっての社会にでる前のリハビリみたいなものだった。


いろんな人から声をかけられ、いろんな人と話す。
もちろんお客さんとも。



今日はクリスマス。

世間も浮足立っている。

出番は大倉店長に落合と清水さん。

大倉店長は初めて会うが、事前に直美ちゃんから情報は聞いていた。

厭味を言うから気をつけるようにと。


清水美智子さんとは2度目。

同級生で隣町の高校に通っている。
落ち着いた女性なので年上と勘違いしそうだ。


BGMはさすがにクリスマスソングだ。


さあ、厭味言われないように働かないとね。

レジには大倉店長が入っている。

あっ、大倉店長はサインが通じるっけ?

お客さんが会計後にこちらへ歩いて来るが、大倉店長からのサインは無い。

そうか、サインはバイト仲間のものなのね。


このころになると、お客さんとも楽しく会話できる。

家族連れのお客さんで、子どもがチョコパフェを食べたいと駄々をこねている。

だけど、子どもの手には売店で買ったアイスクリームがある。

そうだよね。パフェのほうが美味しそうだよね。

結局、子どものわがままを聞き、パフェを注文することになった。


ボクのネームプレートを見て、お父さんから一言。
「岸さん、これ良かったら食べて」
アイスを差し出す。

しょうがない、一件落着のため頂いたよ。

「ボク、アイスありがとね」
と、子どもの頭を撫でながらお礼を言った。


このやりとりを遠目で見ていた清水さんが面白がっていた。

「岸くん、凄い!子どもからアイスを奪い取った」

「違うよ、子どもがパフェ食べたいって言うから」

「ムキになるとこ可愛い~」
あれ、からかわれたよ。




8時過ぎ、急にお客さんが減った。

手持ち無沙汰のボクと清水さんはセンターの後ろで待機している。

「この前、男の友達にスキー誘われたの」

「うん」

「それでね、泊りで行こうって言うんだよ。普通泊りで誘う?」

「いきなり泊りはないんじゃない?」

「でしょう?断ったけど」

「ふうん」

「岸くんならいいけどね」

「えっ・・・。ボクはスキーできないんだ」


そのとき、大倉店長が背後から現れた。
「お話し中ごめんね、お客さんが水欲しがってるみたいだよ」

うわぁ、これが厭味か。

慌ててお冷サービスをする。


ところで、今の清水さんの言葉って、なんだろ。
とても気になる。

だいたい、スキーできる出来ないの話じゃないような。

それから清水さんが気になり始めた。


チラチラ見てしまう。

センター下のグラスストックを取り出すためにしゃがんだときに、
スカートの中のお尻のラインが見えたとき。

ボ~と店内を見ているときの憂いをもった目など。


だけど、それ以上話す機会はなかった。


店内ではいつのまにか大滝詠一の『恋するカレン』が流れていた。