5回目です
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学校は期末試験も終わり、あとは大学入試に向けてラストスパート。
みんな無駄口なく勉強に集中している。
ちょっと、ボクは取り残された感があり寂しい。
だからバイトを始めたんだ。
部活で一緒だった今島は北海道大学を狙っている。
ボクの高校は『なんちゃって進学校』なので、北海道大学はそうとう頑張らなければならない。
「おれさぁ~、北大行きたいんだ。あの大学の理念が好きなんだよ」
昔から熱い男だ。
例えて言うと、ブッチャーに額をフォークで刺されても勇敢に立ち向かうテリーファンクのような男だ。
一緒にスクワットを1000回したこともある。
「もし、受かったらチャリで遊びに行くよ」
どことなく、世界が違ってしまったみんなとは話が合わない。
ボクは本来勉強好き。
と言うと変と思われるかもだけど、音楽を聴きながらカリカリと勉強する雰囲気が好きなのだ。
集中すると音楽は気にならない。
図書館などシーンとした雰囲気で、カリカリと鉛筆の音を聞くのも心地良い。
やっぱり変?
今となっては赤点さえ取らなければいいので気楽なものだ。
就職することに決まっても、負けたくなかったので試験勉強はした。
だけど、大学受験するみんなにはモチベーションで勝てるわけがなく、
ずるずると順位は下がっていった。
ホントはね、大学でやることがあったんだ・・・
ボクの思う、大学で学ぶことは自分探し。
おかしなもので、大学の4年間の途中で未成年から成人となる。
普通なら2年生から3年生の間。
たぶん、たいして環境も考え方も変わらないだろうに、ある日から急に成人となってしまう。
20歳という年齢とともに酒もタバコもオッケーとなる。
法律も適用される。
犯罪を犯すと実名を報道されてしまう。
自分の気持ちの準備もできないうちに。
そんなモラトリアムな大人になるまでの時間を、大学という機関で準備する必要があるのかと思う。
ボクは高1の冬休みに、校則では禁止だけど、こっそりバイトしたことがある。
近くの工場でバイトしたのだが、働くということは、こんなに苦痛なのかと思った。
たった2週間だけど、来る日も来る日も部品を数えたあとに梱包作業の繰り返し。
バイトじゃなければもっと違う仕事もあったのだろうが、時間が止まってしまったのかと思うくらい長く感じた。
大学では今後の人生のために、3つ、やろうと決めていたことがある。
一つ目は自転車で日本一周。
趣味のサイクリングで日本を旅して、その土地の文化を見て、人と交流して、辛いときも頑張りペダルを漕いで精神と体力を鍛える。
二つ目はバイト。
自分に向かない仕事をすることは辛いので、いろいろなバイトをして自分の適性を見極める。
三つ目はキャンパスライフ。
都内のキャンパスで芝生に座り、サークルの仲間と夢を語りあう。
ときにはゴロンと寝て、青空を見上げながら話す。きっと大きな夢になるだろうな。
バイト7日目。
だんだん蝶ネクタイに違和感が無くなってきた。
それにつれてウェイターらしい振る舞いも身についてきた。
お冷やサービスやバッシングも、最初のころはキョロキョロしていたのが、さりげなくできるようになった。
今日の出番は福島店長に藤木と持田。
二人は小学校からの同級生。
ここのバイトは藤木に紹介してもらった。
藤木幸男はひょうきんのお調子者。
誰とでもフレンドリーなので、こういうバイトは向いているかもしれない。
女子から人気がある。
身のこなしもウエイターっぽい。
持田和義は物静かな頭でっかち。
この場合の頭でっかちは、知識ばかりで実践が伴わない意味でなく、単純に頭がデカい。
どのくらいデカいかと言うと、小学校のときに赤白帽子がかぶれなかった。
あと、たまに狂暴性を発揮する。
だから女子から人気がない。
どのタイミングで凶暴性を発揮するかは誰も分からない。
藤木は持田の一番の理解者なので、凶暴性を発揮した時になだめるのが彼の役目。
こんな持田でも横にいるとなんだか落ち着く。
ボクにとって実は癒し系。
落合も含めて、小さい頃は4人でよく遊んだ。
「幸ちゃん、やっと会えたね」
「ごめん、ごめん。教習所通いだしたんで最近バイト減ったんだ」
「どこの教習所?」
「新庄だよ」
「ボクは篠崎だよ」
「そうなん?何で遠いところに?まさかそっちに女がいるん?」
「違うよ。親戚の紹介」
「俺はもうすぐ卒検だよ」
「ボクは入ったばかりだよ」
やっぱり知り合いがいると楽しい。
ちなみに横には持田がいるけど、特に話には加わらない。
機嫌が悪いわけではない、それが持田。
ザッツ持田スタイル。
事務所から支配人がやってきた。
「岸くん、だいぶウェイターっぽくなってきたね」
「はい、なんとか」
「サーロイン3枚運んだ?あれができれば一人前だよ」
「まだ2枚までです」
「無理しないで。あっ、落としたら弁償だよ」
と、笑いながら去っていった。
気にかけてくれるのは嬉しいものだ。