ワーカホリック気味な塾講師が出来上がるまで~大学時代④~ | 大学受験 英語勉強法 〜灘高&京大卒 塾講師からの指南〜

大学受験 英語勉強法 〜灘高&京大卒 塾講師からの指南〜

中学受験に失敗…その後懸命に努力し高校受験で灘高に合格! 一時燃え尽き症候群で苦しむも再起し京大合格! 今ではその経験を活かし、塾・予備校講師として主に高校生・浪人生に英語を教える日々。そんな講師が具体的な大学受験の英語勉強法を提示する。

自分にとってすべき作業、努力の方向性は1つに決まりました。


それは自分が満足できるような、自分が好きな内容の勉強ではなく、
まずは『生徒の学力を高めることができるような指導法の勉強』です。


もちろん最初は「やっとこれで仕事として人に教えることができる!」
という達成感とも言える思いで臨みました。


また、たいていバイトでこのような塾講師の仕事を始める場合は
自分が入試をクリアーしたという成功体験を持ってして、
そこで培った経験をもとに教え始めるのが通例だと思います。


そうすると、自分が学んできて「良い」と思ってきたものを
「最善」のものだと思い込んでしまうことが多いと思います。



ただ注意しなければならないのは、
もちろん他の人にとっても、自分が経験してきた内容が
「最善」である可能性はあるのですが、
実際には、必ずしもそうではないのです。



というのも、自身の入試が終わってまでそれを人に伝えたいと思う人は、
かなりの割合で、世間的に「難関校」と呼ばれる学校に
合格していることが多いのですが、
実際に自分自身が教育する側に回ったときには、
必ずしもそのような人ばかりではないからです。


もちろん中には、いきなりそのような自分自身がたどってきた道と
同じような道を歩む後輩たちの面倒を見ることが
できるような人もいるかもしれませんが、
実際にはなかなかそのような人は少ないと思います。


そうすると、『自分の最善≠生徒の最善』
という構図が成立する場合が非常に多い
んですね。


実際に僕自身もそれを痛感したのです。


何せ京都大学は
「英文和訳問題+和文英訳問題(英作文問題)」だけで構成されている
やや特殊な大学です。


それにも関わらず、僕が1番最初に担当することになったのが
まさかの『英文法』だったのです。



それも幅広いどころか、もはや広大としか言えない英文法の全分野を
僕自身が担当した期間中で教えなければならないのです。



実際には、すでにそれまでに生徒が習っている内容もあるのですが、
そんなことを気にしている余裕なんて全くなく、とにかく
「英文法なんて教えたことないぞ!」「全く今までしてきたことと違うぞ!」
という驚きと危機感の連続でした。


しかしそのような危機感とは裏腹に
生徒は親御さんはお金を払っているわけです。



そうである以上僕はその期待に応えなければならないわけですよね。
そう、まさに『義務感・責任感』という文字では
済まされないだけのものを背負うことになった
わけです。


そうすると、『自分にとっての最善』は
いったんかなぐり捨てる必要があったわけです。



もちろん先輩の話も聞きます。
しかし、それだけでは時間的に間に合わないのです。


結局このときはひたすら本屋に行き、本を買い、本を積み、本を読みまくり、
それによって『生徒にとっての最善』を提供することができるように、
そのときの自分にできる最大限の努力でインプットをし、
ただそれだけでは生徒には良いものは提供できないので、
ひたすら家でブツブツとああでもないこうでもないとつぶやいたり、
何度も紙の上に板書計画を書いたりしながら、
生徒の前で実戦本番のアウトプットをする前に、
事前に何度もできる範囲の最大限のアウトプットをしていきました。



もちろんこれだけではダメで、
以前書いたような生徒に対する対応も必要だったわけですが、
ここでの技術に対する徹底的なインプット、
妥協なきアウトプットをしていたことで
最初ながら少しは生徒の最善に近づけた
のだと思います。


もちろんここでの経験を糧にしながら、次のステージに進んでいきました。