今年のGW期間の4月29日(木)~5月5日までの1週間を使って「2016年 上海 復旦大学武術協会 研修ツアー」を行いました。

2016年 中国武術文化交流大会を開催致します

帰国致しました!

上海 復旦大学武術隊、龍身蛇形太極拳総部の研修にて

龍身蛇形太極拳 日本本部として

2016年 上海復旦大学武術協会研修での動画

「上に天国あり、下に蘇州・杭州あり。(上有天堂、下有蘇杭)」


準備運動


1週間を使うツアーは2014年に続いて2回目、2年前の2014年には10月にも3泊4日の短期間でも行い、

今回で3度めになったので、様々な準備から手配など、かなり慣れて来たので今後は2年に1度のペースで行い隔年で武術大会と交互に行っていく予定です。

花苑

八卦掌の研修

私にとって中国は、武術の故郷、恩師の皆様は家族の一員のような感じで、復旦大学武術協会主席の花妙林老師とは、1989年から27年間ずっとよくして頂いています。

私達の日本で行う武術活動では、本場中国に限りなく近づけたスタイルとして確立して行っています。

当然「中国武術」は中国の国技でもあり、

正しく「武術文化」に則ったかたちを重要視しています。

こういったものにこだわる理由としては、

例えば、私達日本人が海外各国、あるいは身近な中国へ行き「寿司」という食文化に接してみた時に、

「これは寿司ではない」

こういう感覚や感触を想う時があると思います。


日本国内の武術活動にも、そうしたような感覚での違和感を、

31年前の本場で中国武術界の流儀を学んだ、私の感覚には伝統中国武術界との「不自然さ」や「道理に合わない」という意識を感じることが、とにかく沢山ありました。

※特にここ数年は違和感が「悪性新生物:がん細胞」のように感じます・・


しかしながら世の中、世界中には多くの生活があり、処世術があるのは理解しています。

日本国内の場合は、中国大陸との国交正常化以前には、米国やイギリスとの政財界との関係が深い、台湾や香港での武術界との交流などもあり、

中国武術の分野では、とても複雑化した世界観が日本国内には存在し、

政治問題も含めてマスメディアもややこしい感覚になっていました。


私は、そうした日本国内にある複雑な問題の解決として、

「標準化」を図ることのみに集中して、この2011年からの5年間に私自身のすべての時間と労力をかけてやってきました。

今回の研修ツアーは、周囲には言いませんでしたが、

多くの意味で競技大会ではありませんでしたが、中国武術文化的な勝負を決める年でもありました。

 上海 龍身蛇形太極拳総部の記事 

2016wushu


今回の私達、横浜武術院の研修団の使命としてでは、

「復旦大学武術協会 日本分部」

「上海龍身蛇形太極拳 日本分部」

の2つの証明を果たさなければならない「仕事」をきっちりこなす中国武術・武林界の流儀での試験的な役割がありました。

現代日本社会は戦後71年間で米国式資本主義の考え方での流儀を一番の善しとしてやってきました。

米国は1776年7月4日に独立宣言を果たし、今年で240年の歴史です。

その米国に71年前に降伏し、2000年ある日本の歴史の上に「アメリカ文化」が上書きされて、今日にまでやってきました。

これは「いいとか、悪いとか」ではなくて事実なだけです。

その事実のうえで日本国民1億2700万人の各々が判断して今日があります。

その現代日本社会における環境の中で、私の存在意義や意識感覚を貫くというのは、とても大きな労苦を受ける状況でした。

「遠くて近いアメリカ式」はいつでも何が何でも善くて、

「近くて遠い中国式」は、政財界にとって、特にここ数年はずっとネガティブ・キャンペーンでの敵対政策を執りマスコミを巻き込み多々行われたことで、私にとっては多くの「とばっちり」を受け続けました。

特にひどかったのは2014年の秋に上海へ訪れた時に、

花妙林老師は、そんな状況に置かれていて苦労していた私に、

「真実は強い」

「負けるな、お前が負けるはずがない、負ける人間は自ずから証明するはずだ」

そうして、花老師はありとあらゆる全面サポートをして頂き、

本当に多くの支持があり、力強い後ろ盾があったことで、

ありとあらゆる困難にも負けませんでした。


皆さんで一緒に


若き教え子たち

今年2016年、今回は晴れて今私のポジションは非常にいいかたちで、

武術活動が全面的に進むようになりました。

その恩返しは、しなければならない。

そう感じていたのが今年の研修ツアーでの演武会でベストを尽くすことでした。

それを参加した「教え子たちの面前」で証明をすること。

これが私の使命でした。

伝説の4ショット

花妙林老師の紹介で、2日めの夕食に以前に一度日本でお会いしたことのある特別ゲストが来てくれました。

それは、中国武術界1987年~1997年までのスーパースターの原文慶さん、でした。


私の左隣が花妙林老師、右の紺色のTシャツが原文慶さん。

原文慶さん


原文慶さん2




原文慶さんと、一緒に2次会までひたすらに語り証し合い、気付けばもう夜中の2時でした。

まだまだ話し足りなかった・・

原文慶さんからの激励は今回の宝物です。


中国武術界の掟には、

「水を飲む時に、井戸を掘った人のことを忘れてはいけない」

というものがあります。

私は常々に、中国への敬意を感じるのは歴史文化的に、私の中国武術界での恩を感じたこと故に、そういう感覚があります。

今の現代日本社会には、「水を飲む時に、井戸を掘った人のことを忘れてはいけない」どころか、

恩人でもある「井戸を掘った人」を追い出して「自分が井戸を掘った人間なのだ」というような行動を普通に行う輩が多々あると感じています。


それも現代日本社会によくある歪んだ「椅子取りゲーム」的で卑怯な方法でも善かれと思う輩が増えたことも関連すると思います。


でも「井戸を掘り、水を出す」ことが出来た人士は、何度も井戸を掘ることができる。

井戸を奪った人間は、奪うことはできても、井戸は掘れない、「水」を己で得られない。

そういう結末を迎えるのが、自然の道理と法則であり、

それが真実です。


私は「私」を辞めることや、諦めることはできない。

このことが、実は「私」にとっての最大の強みであり、

その「私」を育ててくれたのは「中国武術界:武林」でした。

私の前に、「私」のような人間に会ったことはありませんでした。


現代日本社会にある問題の数々を達観した時に思うことはよくあります。

「モノと金」に執着した末路は哀れな結末があるだけで、

「人:ヒト」に恵まれない人生も寂しいものだと思います。



生年月日が変わらないように、歴史は変えられません。

時たまに武術界でプロフィールを捏造する人がいますが、

辞めた方がいいでしょう。


現在、恩師の花妙林老師は中国武術段位八段、上海武術界のNO2の存在になりました。

実質、中国武術界での最高峰は九段です。


その花老師と、今回は沢山、たくさん話しました。

29年前のこと、日本で留学に来ていた時のこと、

事情があって、しばらく上海を離れていた時のこと、

2002年に上海に戻って来てからのこと・・・


想い出は宝です。

中国武術で、自分自身の身につけた武功は宝です。

そして「縁」も宝です。


今回の上海ツアーは、とてもとても思い出深いものになりました・・

学びほど素晴らしいものはない、そう実感しています・・・