前回の記事の続き。

 

 

 

 

とりあえず考えたこと9つ、のうち②と③について。

 

 

①責める態度が前面に伝わった

②家族にも自分を出せていない

③怖くて動けないけどまず伝える

④今の状況に拒否反応

⑤弟が一番辛いのかも

⑥それでも関わりたい

⑦何回もアプローチ

⑧家族のコミュニケーションスタイル

⑨私自身のコミュニケーションの課題

 

 

 

 

 

 

 

私は仕事をしている時、言いたいことが中々言えなかった。

 

 

でも、家族とならストレスなくいられると思っていた。

 

 

だけど、家族に対しても自分を出せていなかった。

 

 

外の世界に対してよりはストレスは基本的には少なかったけど、結局ストレス満載になっていた。

 

 

 

 

 

家族に伝えたいことがたくさんあった。

 

 

伝えたいことはいつか関係するような話になったら伝えようと思っていた。

 

 

でもその時はこなかった。

 

 

正確にいうと、そういうタイミングがあっても、私は伝えることができなかった。

 

 

母や弟が、「今日は何にも作業できていなから~」と言うことがあった。

 

 

それに対して、本当は言いたかった。

 

 

「何もしなくても体調が悪かったり、できない時もあるし、元気が出ないときは休んで好きなことしてればいいんじゃない。」

 

 

でも、伝わらないというか自信がなかったのか、これくらいいいや、と思ったのか、私は何も言わなかった。

 

 

なんだ、タイミングあっても言えないのか。

 

 

少し後悔して、次は言おうと思っていた。

 

 

でも、本当にその次に言えるのか?今は言える気もしているけど、言えるかな。

 

 

 

 

なんとなく「家族といるときの私」として振舞っている気がした。

 

 

家族が話している世間話やテーマについて話したり、質問して。

 

 

自分が普段考えている内容は、家族はピンとこないだろう。

 

 

本当に伝えたいメッセージはタイミングあれば伝えればいい。

 

 

でも、普段接している時から、本当の自分自身でいることが大切なのだという気がした。

 

 

普段の自分はいつもフレンドリーではないし、みんなの話していることに興味なかったりする。

 

 

弟のことでストレスが大きいと思われる母の負担を減らすため、できるだけ喋ってもらい、自分は聞こうと思っていた。

 

 

でも、家族に対しても、そのままの私でいたいと思った。

 

 

何気ない会話の中でも、私が考えていることをもっと伝えようと思った。

 

 

興味もたれなくて反応薄くてもいいと。

 

 

家族に合わせようとするのは、無意識に近い。

 

 

でも、自分の本当の望みにフォーカスする試みからは外れた行動だったと思う。

 

 

 

 

 

最近は自分軸で考えられるようになっているけど、まだ、合わせてしまっていたんだな。

 

 

誰かのために何かをするなら、まず自分を救うことなんだと何度も聞いてきた。

 

 

わかっているつもりだったけど、まだまだ自分を抑えていたところがあったんだな。

 

 

 

 

 

相手がどう反応するか考えると怖くて飲み込んでしまう。

 

 

でも言わずにいた方がよかったのか。

 

 

いや、いつか言わないといけなかった。

 

 

相手がどう反応しようが、まず、出す、伝えることが大事なんじゃないかと思った。

 

 

伝え方は大事だから今後の課題(また追って書きます)。

 

 

 

 

 

”自分がありのままの自分である”という時、言いづらいこともちゃんと伝える、ことも含まれていたのだ。

 

 

耳障りの良いことだけを伝える、ということはできないんだ、という気がした。

 

 

 

 

 

続きます。