【月の神殿の巫女】 谷よっくる
1. 出会い
ここは、月の神殿。
月に宿る女神、セレニティを祀る場所。
この神殿に、満月の夜、赤子が捨てられた。
どのような理由により捨てられたのか、
誰も知らない。
この神殿に仕えている巫女が、
満月の祈りをしに、神殿にやってきて、
赤子を見つけた。
お腹がすいて、元気よく泣く赤子を可哀想に思い、巫女は赤子を神殿の中に入れた。
月の女神の像のある部屋は、祈りにやってくる人たちが集まる。
そこに赤子を連れて行くと、
『うるさい!』
とつまみ出されるだろう。
仕方なく、台所の方に行くと、信者たちに供するスープを料理人が煮立てていた。
(ここはダメ。仕事の邪魔になるわ。)
そう考えた巫女は、物置き部屋に赤子を連れ込むと、そこには窓辺から月明かりがさし、部屋の中を明るく照らしていた。
わらを敷き詰めて、赤子をそこにおくと、赤子は月の光に照らされて、にこにこと笑っている。
(よし、このすきに。)
巫女はあわてて自宅にもどり、ミルクを用意すると、神殿に急いで戻った。
赤子が誰かに連れて行かれないかとヒヤヒヤしたが、赤子は幸いなことに、その部屋にいた。
誰にも見つからなかったようで、ホッとした。
巫女はミルクを布に含ませると、赤子の口にあてた。
赤子は一生懸命、布をはむはむしながら、ミルクを少しずつ飲んだ。
(元気な子。
生きようと必死だ。
私が守らなければ。
でも、どうやって?)
巫女は少しずつ、ミルクを赤子にやりながら、自分の身の上を振り返った。
自分自身もまた、身寄りのない身で、この神殿に連れてこられ、ここで巫女見習いをするようになった。
多少の霊感があるのを見そめられ、巫女の修行をすることを許されたのだ。
ここでは、月の女神のお告げを巫女が取り次ぎ、信者に伝えることをなりわいとしていた。
お告げは大層人気があり、熱心な信者はなけなしのお金を持ってきては、お告げを聴いていた。
貧しい人ほど熱心なのだ。
たまにお金持ちの信者がくると、神殿の神官たちが出てきて、一生懸命接待し、耳障りのよいことを言って、お金を落とさせる。
神殿の経営も大変なのだ。
巫女はそうした神殿の裏側を知るにつけ、
(このままではいけない)
と思うようになった。
お金を得るために、有る事無い事を言うのは信者をだまして、お金を搾り取っているだけ。
そんなことを続けていたら、いずればちが当たるに違いない。
巫女は、女神様のお告げをなんとか聞き取れるように修行を重ね、やがて、たまにではあるが、祈っているときに、短い言葉が降りてくるようになった。
それを信者に伝えると、なぜかとても心に響くようで、大変感謝されるのだった。
そのようにして、巫女は信者たちの信頼を少しずつ勝ち得て、神殿の中でも一目置かれるようになった。
そんな巫女を神官たちは利用するだけ利用してやろうと思うのだった。
客寄せパンダくらいにしか思われていないのだ。
そんな状況だから、巫女は決して裕福ではなかった。なんとか食べていけるだけの暮らしをしていた。
でも、巫女は幸せだった。
月の女神に仕え、その声を聴き、信者たちのために伝える。
ただそれだけのことに生きがいを見出したのだった。
巫女には正直言って赤子を育てる余裕などなかった。
ミルクを買い続けるお金もなかった。
でも、自分を頼る赤子を見ていると、なんとかして育ててみせようと思うのだった。
巫女は家政婦などの日雇いの仕事をするようになった。
赤子を背中におぶって、掃除や洗濯をする。
この街には決して珍しくない光景だった。
そうして奉公する家には大抵子供たちがいて、その子守もするのだ。
巫女はとてもやさしく子供たちに接したので、子供たちも巫女によくなついた。
そして、巫女の育てる赤子の相手もしてくれて、とても助かった。
貧しくても、忙しくても、人のやさしさがあれば、つらくとも楽しい。
そんな毎日を送り、巫女は幸せを感じていた。
続きはこちら。