Titanium Art エヴァンゲリオン  EVA チタン製 隆基努斯 ロンギヌスの槍製作中 永遠のチタンブルーチタンアーティスト与吉 -134ページ目

ご署名 6000名を超えました。皆様感謝です。


財団法人 鳴門ガレの森美術館内の

ギャラリー与吉の

ご芳名の人数が、6000名をこのたび超えました。

本当に、感謝いたします。

これからも、皆様が見たことがない

美しい蒼を追及してまいります。

チタンアート

チタンアーティスト与吉を、ご理解くださいますよう

お願いいたします。

                感謝

                         与吉

全人生をチタンに賭けた私の不思議なお話 感謝です。チタンアーティスト与吉

よく私が、取材などでなぜ、誰もしていない

炎で、金属を焼き発色をさせる。

チタンアートに取り組むようになったかとのご質問を受けます。

そのお話を少しかいつまんで致します。


私は、6歳ぐらいの時から金属の焼けた時の色(青)に

異常に興味を示したようです。8歳ぐらいの時には、

家を建てている工事現場から、トタンの波板を拾ってきては

自宅のお風呂の、焚口(当時は材木とかでお風呂を沸かしていました。)

に竹の先にトタンを刺して、炎に近づけては高温で真っ赤になった

トタンを見てそのあとに訪れる青の発色に喜んでいたそうです。

そして、それを見たご近所の方が、この子は火遊びをすると

祖父に言いつけられました、怒った祖父が私のおしりに

ヤイト(お灸)をしました。  お灸は、2度ほどあったそうです。

私の記憶は、ヤイトをされたことは覚えていますが、

それより前の記憶は、母親から聞かされた事です。

自分のやったことですが、都合の悪いことは忘れています。


そんなに金属の焼けた青色が好きな子供になったのかは、

決定的な、出来事がありました。

だるまストーブ事件です。

私が6歳の時いつも遊びに行っていた、

近所の小さな映画館に石炭を燃料にする

だるまストーブがありそのストーブの煙突は、今までサビサビでした。

それが、ある日新品のトタン製の煙突に変わっていました

そのストーブにおじさんが火を付けてくれた時の出来事です。

ストーブの根元の所からゴールドになり、そのゴールドが

先のほうにどんどん進んで行きました。

その、ゴールドの輝きが七色のゴールドとでも表現するぐらい綺麗でした。

その、ゴールドが無くなってすぐこんどは、ストーブの根元から

ブルーが現れたのです、その時の感覚は今でも忘れることは出来ない

インパクトでした、それが、私の炎の蒼の

ファーストインパクトです。

そして、次の日にはその煙突はどんどん錆びていくだけで

2度とブルーが現れることは無かったです。

それから、火を見たら火遊びをする

危ない子供として、町内会で回覧板が回る札付きになりました。





そのように金属と炎に興味が凄くあったことは、間違いないです。

それから、時は過ぎて私が17歳の時にバイクのエンジンのすぐそばの、

パイプの部分が、ゴールドに輝いているのを見てまた忘れていた記憶が、

蘇りました、それからは、鉄 ステンレス などなどを

焼きまくりました、

なぜかと言うと、これで何か人が驚くのではないかと思い。

当時 学校は嫌いでしたので、これで生きていけるのではないか、

一人コツコツと、いろんな金属加工をしながら収入を得てきました。

ですから、私の技法はすべて、独学です

誰にも、溶接 切断 研磨 曲げ 絞り などなどは、

教えていただいたことがありません。

すべて、自分で考え、本とかテレビなどを参考に、見よう見まねです。

今でも、この方法が、(溶接、切断など)正しいのか間違っているのかさえわかりません。

でも現在では、不安などはありません。(思いあがっているわけではなく自分を信じている)

物には、色々な方法があると思えるようになったので、

かなり、本筋からそれてしまい失礼いたしました。

なぜチタンにたどりついたかは、

来る日も来る日も、金属を焼いている時の最大の課題は、いくら綺麗な発色をしても

すぐにサビによる変色です、そのためにそれを止めるために、

クリア塗装をしたり、出来るだけ温度を高くしないでゆっくり焼いたり などなど

ありとあらゆる事をしても、完成した綺麗な蒼がすぐにくすみます。

そんな時にお付き合いしていた鋼材屋さんが、

はがきサイズのチタンを持ってきまして、このチタンと言う金属は絶対に酸化しないらしいです。

との事でした、それから26年間現在まで、試行錯誤の日々です。

その、26年間のお話はいずれ致します。

現在でも、3割ぐらいは私の目でみて、失敗は致します。

完璧かそうでないかは、私の間合いの問題でして、技術ではなく気持ちが

色に反映するようです。

不思議なもので、造形 研ぎが完璧でも炎をあやつる一瞬の間合いを見切る

そこが、極意なのかもしれません。

まだまだ、勉強です。

以上が、私がチタンアートに全人生をすべてそそぎこんでいる、大ざっぱなお話です。

今、改めて思う事は、一期一会でここまで来ているなと思います。

すべての方に感謝です。

                チタンアーティスト与吉

世界に一個の究極のシルバーの輝き、 お骨壺




これで、最終の研ぎ工程の完了です。

金属とは、思えない優しさ柔らかさを表現いたしました。

それでいて、金属の持つ最高のシルバーの輝きで、

未来に続く繁栄を、表現しました。

そして、最後は刹那の蒼をまといます。

その、焼きの工程は、

最も重要な工程です。

蒼のまといかたしだいで、すべてが終わる

私の、テンションの良い日に炎を入れます。

感謝です。

                   与吉

プラチナを越えた深みのあるシルバーの輝き、チタンアート3歩手前


16分の13工程の終了

あと、2工程を残すだけで研ぎのおしまいです。

すると、液体金属になります。

明日完了です。

ふぅ・・・・・・・・・・・・・・

            感謝
                     与吉

プラチナ Pt1000を軽く 越えるシルバーの輝き スパーメタル元素記号TI 


これで、中研ぎの完了です。

画像では判りにくいですが

このあたりで、貴金属 プラチナPt1000の輝きを超えています。

スーパーメタルと呼ばれるチタンは、

ご存じのように、地球上の金属の中でもっとも硬い金属です。



固い物は、研ぎにくい物です。

木とか、石にも種類があって 固い物は研ぎや加工がやりにくい物です。

しかし、その硬い物を研ぐ事ができれば、一番輝きます。

地球上で、一番固い物質はダイヤモンドです。

ダイヤは、 カットと研ぎで最高に輝きます。

チタンも、カットと研ぎで、金属の中では、

最高のシルバーの輝きを放ちます。


ここから、仕上げの研ぎに入ります。

ここからが、チタンアーティスト与吉だけの世界です。

誰も、何びとも、出すことが出来ない

輝く、透明感のある、永遠のブルー



その名は、刹那の蒼

最終章への、突入です。

本日は、劇画タッチで、自慢してみました。

お付き合いくださいまして、

感謝 感謝 感謝  です。

                 与吉

早い話が、最高の研ぎが出来る奴が磨けば、チタンは

プラチナの最高の輝きを軽く超えるのです。

そして、それが出来るのは私だけです、

銀河系をすべて探してもいませんよ、

と、暴言を与吉は言いたかったそうです。

           このコメントは、与吉ではありません 与作さんです。

与吉は、謙虚で慈悲深く、品格のあるお人です。

恒久の骨壺 中研ぎ終了の一歩手前 16分の7  与吉作品


お骨壺中研ぎの完了の一歩手前です。

研ぎ工程は16あります。

その内 7工程の完了です。

少し、刹那の蒼の片鱗が現れてきました。

これからが、微妙な刻みを入れながらの、研ぎです。

感謝です。
                 与吉

こだわりの造形美 荒研ぎでの成果 与吉作品


荒研ぎは、

この辺で

許していただきます。

チタンの精霊様

これより、中研ぎに突入致します。

イザ、尋常に勝負

        感謝
                 与吉

美学にこだわる、美をつむぎだす工程 チタンアート与吉作品




お骨壺の研ぎの、工程です。

この工程を、約4日 延べ時間40時間

私の納得のいく造形まで登ります。

一般の金属加工から見ると、60年前のやりかたですが

私の、ダンディズムです。

機械工作で、今までなっと出来ないので、仕方ありません

毎日毎日 ほとんどこの作業で一日が終わります。

本日のBGMは、 私のテーマソングにしている、(FMラジオ出演時)

前野曜子さんの、(亡くなっています) 蘇える金狼のテーマを

リピートで、繰り返し繰り返し 10時間聞きつずけての工程です。

ハタ迷惑ですが、周りはあきらめているようです。

それは、テンションとバランスを最後まで同じで

完成まで、持っていくための、私のダンディズムです。

                   感謝

                          与吉

いつの間に、こんな所に誰が、 おたまじゃくしサンが、


本日は、早朝から

なれない、スーツを着込んで

チタンアートに賭ける情熱と言う

講演をしてきました。

無事大役を終えることができ、

工房に帰りまして、一息付いていると

工房に沢山の来客様が、次から次とお見えになり

忙しい一日でした。

また、講演での一期一会がありまして、

大変良い方々に、チタンアートをご理解いただけたようで、

素晴らしく、充実した一日でした。


そして、先ほど使わなくなった、コンテナに

この間の、大雨で水が溜まっているのを、流そうと見ると

中に、小さい おたまサンが居ました。

数日の間に、かえるサンが一個の卵 ?????

これから、成長して出て行ってくれるまで、見守ります。

何を食べるのでしょうか、調べてみます。

それと、本日は作業が出来ていませんので

今から、戦います。

お骨壺さんと、

               感謝

                     与吉

お骨壺 ふたの溶接 チタンアート 与吉作品


ふたの部分が完成です。

この部分の溶接は神経を使います。

裏側を研ぎを完成していますので、

傷などを付けますと、あとで修正できない部分です。

今回も完璧です。

最近、やっまっただだだだが、無くなりました。

怖いほで、技がきれます。

何か、ひとつのヤマを越えたみたいです。

次のヤマまで、少し穏やかな日々が続くのでしょうか、

貧乏症ですから、落ち着きません。

明日は、苦手な講演の日ですが、

落ち着いています。

講演の題目が、チタンアートに賭ける 情熱なのですが、

落ち着いていては、聞いて下さる 社長様方に

情熱が伝わらないと思うので、これでは不安です。

20年前の私を思い出しながら、寝ることにします。

それでは、感謝です。

                   与吉