私が思い出すことの出来る昔は五歳の頃である。
それまで、鏡町で生まれ、有佐町に引っ越し、引っ越し先のアパートが隣にあった映画館の火事で延焼してつぶれ、近くの一軒家に引っ越し、五歳を迎えるのであるが、それまでの記憶は一切残っていない。
五歳の頃の記憶は多い。
近くの畑で、正月、どんと焼に参加し、焼け跡からサツマイモを取り出して食べた。
町を歩いていて、お袋が道の反対側から手招きしたので、喜んで駆け出したら、三輪車が突っ込んできて、その下敷きになった。が、幸い軽症で、後日、三輪車の運転手がバナナを手土産にわが家を訪問した時、柱の陰からその様子を見ていた。
近所に住むカヨちゃんという独り身の女性の部屋に何人か集まり、丹前を着て炬燵に入って、花札を楽しんだ。
近所の同い年の友達と、近くのどぶ川に入り、大きなナマズを手づかみした。そのときのヌルっとした感触は今も覚えている。
私は、毎日、親父の経営する修理工場の従業員に、小型トラックで保育園まで送ってもらっていた。私は、極端な人見知りで、園に着き、トラックを下りると、迎えに来てくれたおなご先生のスカートをつかみ、一日中、その先生にくっついていた。
従業員の一人に、ススムちゃんという若者がいて、そのススムちゃんがバイクで営業に出るとき、いつもその後ろに乗っけてもらって、ついて行っていた。