『心霊と進化と』は、1858年に進化論の自然淘汰説をダーウィンと同時には提唱したA.R.ウォーレス(1823-1913年)が、1874年に上梓した著作である。ウォーレスは人一倍、実験や事実を重んじる博物学者であったが、そうであったがために、多くの心霊現象を間近で見せられると、どうしても疑えぬ事実と分かり、スピリチュアリズムに傾倒していったようだ。だからであろうか、進化論の第一発見者であるにもかかわらず、ダーウィンに比べ評判が宜しくない。
ウォーレスの考えは以下の通り、簡単明瞭である。
超人的存在によって演出されている出来事を「奇跡」と呼ぶとすれば、奇跡はありえる。心霊現象もその一つである。宇宙には人間の五感では感知できない物的形態とエーテル的運動様式がある可能性が高く、無限の宇宙では、物質とエネルギーの貯蔵庫も無限であるはずであり、その限りないエネルギーの一部を利用し、一見“創造”のように見える現象を演出したとしても別段驚くに当たらない。シェイクスピアの言うごとく、“天地の間にはまだまだ人間の想像の及ばぬことが幾らでもある”のである。
この考えのうち、今ではエーテルの存在は否定されているので、ウォーレスの根拠の半分は消えている。が、この宇宙が無限であるとすれば、視覚や聴覚などで感知できない未知の物的形態の存在は可能性としてはある訳で、これを感知できる知的存在がいても不思議ではない。
ウォーレスのように、超一流の学者でありながらスピリチュアリズムを信奉したケースは少なくない。有名どころでは、王立鉱山局監督官のスウェーデンボルグ(1688-1772年)、哲学者のベルグソン(1859-1941年)、精神科医のユング(1875-1961年)、物理学者のシュレーディンガー(1887-1961年)、脳外科医のペンフィールド(1891-1976年)などなど。
扨、私であるが、これまで生きてきて、ほとんど心霊現象みたいなことに出あったことはない。私の身内では、叔母は狐が憑依してぴょんぴょん飛び跳ねている娘さんを見たし、母は観音さんに願をかけて医者が見捨てた男の子の病を治癒せしめたし、娘は友達が山で撮ったデジカメに幽霊が写っていて、恐怖でふるえる友達を連れて下山したことがある。私が京都の鍼灸学校に通っていた時、同じバイト先にいた娘さんは、幼い頃、京都の町の路地裏でよく幽霊を見かけたよ、と言っていた。
私自身のことでは、二つだけ思い出すことができる。
一つは、大学生の頃、帰省して、妹の友達とコックリサンをしたときのことだ。まず、部屋のどこかの窓を開け、コックリサンが入って来られるようにしておく。テーブルに、大きな紙を広げ、そこに“あ”から“ん”までの50音を書き、下端に0から9までの数字、右端の中央に⛩、上に“はい”、下に“いいえ”を書いておく。紙の横に、小皿をおき、コックリサンの好物の油揚げ(なければ食用油でもよい)を乗せる。10円玉を一つ⛩の上に置き、その十円玉に各自の人差し指を乗せる。そして、皆で、こう言う。
コックリサン、コックリサン、どうぞお入りください。
もしおいでになりましたら、“はい”へお進みください。
10円玉が“はい”へ動いて止まったら、コックリサンのスタートだ! 各自、コックリサンに聞きたいことを聞いて行く。あのときは、いくつか質問したあと、妹が「**子ちゃんの結婚の相手は誰ですか」と聞いた。すると、皆の手を乗せた十円玉が動き始め、50音の平仮名のところをいくつか止まりつつ移動して、言葉となった。あのときは、私の名前が言葉だった。びっくりした。そしたら、**子ちゃんが、すかさず、「それは冗談ですか」と聞いたので、再び、10円玉が動き出し、右端の上にある“はい”まで行って止まった。皆で大笑いした。甘酸っぱい、苦い経験だ。
もう一つは、福岡の気象会社に就職したはじめの頃、一人で、九州最後の秘境と言われていた大崩山(1644m)に登った時である。この山は、九州の中で最も奥深い所にあり、相当の山好きでなければ登らない山だ。登り始めた初日、大崩山頂上へと続く尾根に到達したときに夕暮れとなり、尾根のど真ん中にテントを張って寝た。翌日、夜明け前、人の声がするので目が覚めた。テントの前を、家族ずれと思われる4人組が話しながら通り過ぎていった。起きて、ようく考えてみると、こんな朝早くに麓から登ってくることは不可能である。私でさえ、前日、一日かけて辿り着いたのである。まして小さい子供を連れた家族連れであれば、絶対に不可能だ。きっと、幽霊だったのだろう。
その日、私は頂上を極めたのち、斜面を下りていたとき、沢沿いに飛行機の残骸を見た。後日、家に戻り、調べたら、昭和33年(1958年)5月21日に起きた航空機の墜落事故のものだった。山頂近いモチダ谷上部の沢に、航空測量をしていた大和航空ビーバー機が墜落し、乗員5名が死亡していた。私が、大崩山頂上へ続く尾根道で聞いた家族連れの声は、この事件とは関係ないかもしれないが、この山に漂っていた霊気はただものでなかった。飛行機事故以外にも、いくつか悲惨な事件が、この山で起きているのかもしれない。