私、7月からドイツ語を始めている。

 

まずは、発音だ。発音は英語よりやさしい。スペイン語と同じで、ほぼローマ字を読むように発音すればよい。アクセントは原則として第1音節にある。そして、子音1つの前は長母音で、子音2つの前は短母音となる。これで8割がたドイツ語の文章は発音できる。

 

ただし、母音や子音に注意すべき発音がある。以下の通り。

 

【注意すべき母音】

ä:口を上下に開いてエーと発音

ö:大きく口を開け、オの口の形でエーと発音(ウーと聞こえる)

ü:小さく口をつぼめ、ウの口の形でイーと発音(ウーと聞こえる)

ei:アイ

eu:オイ

e:Dame(ダーマ)、Magen(マーグン)、Leben(リーヴン)、Bett(ベットゥ)

 

【注意すべき子音】

rの後ろに母音がない場合はア

母音が続かないb,d,g,sは清音

母音+hのhは無音

語末のigはッヒ

ß:ス

s:ズ

z:ツ

v:フ

w:ヴ

j:ヤ

ch:(a,o,u,auの後ろでハッ、それ以外でッヒ)

chs,x:クス

sch:シュ

sp:シュプ

st:シュトゥ

tsch:チュ

qu:クヴ

 

例えば、

 

“私がピアノを弾き、アンナが歌う。”

 

をドイツ語で書くと、

 

“Ich spiele Klavier und Anna singt.”

 

で、発音は、

 

“イッヒ シュピーレ クラヴィア ウント アナ ジンクト”

 

となる。Klavierの“v”はどうわけか、“フ”でなく“ヴ”と発音する。アクセントも第2音節にある。言葉に例外はつきものだから仕方ない。

『心霊と進化と』は、1858年に進化論の自然淘汰説をダーウィンと同時には提唱したA.R.ウォーレス(1823-1913年)が、1874年に上梓した著作である。ウォーレスは人一倍、実験や事実を重んじる博物学者であったが、そうであったがために、多くの心霊現象を間近で見せられると、どうしても疑えぬ事実と分かり、スピリチュアリズムに傾倒していったようだ。だからであろうか、進化論の第一発見者であるにもかかわらず、ダーウィンに比べ評判が宜しくない。

 

ウォーレスの考えは以下の通り、簡単明瞭である。

 

超人的存在によって演出されている出来事を「奇跡」と呼ぶとすれば、奇跡はありえる。心霊現象もその一つである。宇宙には人間の五感では感知できない物的形態とエーテル的運動様式がある可能性が高く、無限の宇宙では、物質とエネルギーの貯蔵庫も無限であるはずであり、その限りないエネルギーの一部を利用し、一見“創造”のように見える現象を演出したとしても別段驚くに当たらない。シェイクスピアの言うごとく、“天地の間にはまだまだ人間の想像の及ばぬことが幾らでもある”のである。

 

この考えのうち、今ではエーテルの存在は否定されているので、ウォーレスの根拠の半分は消えている。が、この宇宙が無限であるとすれば、視覚や聴覚などで感知できない未知の物的形態の存在は可能性としてはある訳で、これを感知できる知的存在がいても不思議ではない。

 

ウォーレスのように、超一流の学者でありながらスピリチュアリズムを信奉したケースは少なくない。有名どころでは、王立鉱山局監督官のスウェーデンボルグ(1688-1772年)、哲学者のベルグソン(1859-1941年)、精神科医のユング(1875-1961年)、物理学者のシュレーディンガー(1887-1961年)、脳外科医のペンフィールド(1891-1976年)などなど。

 

扨、私であるが、これまで生きてきて、ほとんど心霊現象みたいなことに出あったことはない。私の身内では、叔母は狐が憑依してぴょんぴょん飛び跳ねている娘さんを見たし、母は観音さんに願をかけて医者が見捨てた男の子の病を治癒せしめたし、娘は友達が山で撮ったデジカメに幽霊が写っていて、恐怖でふるえる友達を連れて下山したことがある。私が京都の鍼灸学校に通っていた時、同じバイト先にいた娘さんは、幼い頃、京都の町の路地裏でよく幽霊を見かけたよ、と言っていた。

 

私自身のことでは、二つだけ思い出すことができる。

 

一つは、大学生の頃、帰省して、妹の友達とコックリサンをしたときのことだ。まず、部屋のどこかの窓を開け、コックリサンが入って来られるようにしておく。テーブルに、大きな紙を広げ、そこに“あ”から“ん”までの50音を書き、下端に0から9までの数字、右端の中央に⛩、上に“はい”、下に“いいえ”を書いておく。紙の横に、小皿をおき、コックリサンの好物の油揚げ(なければ食用油でもよい)を乗せる。10円玉を一つ⛩の上に置き、その十円玉に各自の人差し指を乗せる。そして、皆で、こう言う。

 

コックリサン、コックリサン、どうぞお入りください。

もしおいでになりましたら、“はい”へお進みください。

 

10円玉が“はい”へ動いて止まったら、コックリサンのスタートだ! 各自、コックリサンに聞きたいことを聞いて行く。あのときは、いくつか質問したあと、妹が「**子ちゃんの結婚の相手は誰ですか」と聞いた。すると、皆の手を乗せた十円玉が動き始め、50音の平仮名のところをいくつか止まりつつ移動して、言葉となった。あのときは、私の名前が言葉だった。びっくりした。そしたら、**子ちゃんが、すかさず、「それは冗談ですか」と聞いたので、再び、10円玉が動き出し、右端の上にある“はい”まで行って止まった。皆で大笑いした。甘酸っぱい、苦い経験だ。

 

もう一つは、福岡の気象会社に就職したはじめの頃、一人で、九州最後の秘境と言われていた大崩山(1644m)に登った時である。この山は、九州の中で最も奥深い所にあり、相当の山好きでなければ登らない山だ。登り始めた初日、大崩山頂上へと続く尾根に到達したときに夕暮れとなり、尾根のど真ん中にテントを張って寝た。翌日、夜明け前、人の声がするので目が覚めた。テントの前を、家族ずれと思われる4人組が話しながら通り過ぎていった。起きて、ようく考えてみると、こんな朝早くに麓から登ってくることは不可能である。私でさえ、前日、一日かけて辿り着いたのである。まして小さい子供を連れた家族連れであれば、絶対に不可能だ。きっと、幽霊だったのだろう。

 

その日、私は頂上を極めたのち、斜面を下りていたとき、沢沿いに飛行機の残骸を見た。後日、家に戻り、調べたら、昭和33年(1958年)5月21日に起きた航空機の墜落事故のものだった。山頂近いモチダ谷上部の沢に、航空測量をしていた大和航空ビーバー機が墜落し、乗員5名が死亡していた。私が、大崩山頂上へ続く尾根道で聞いた家族連れの声は、この事件とは関係ないかもしれないが、この山に漂っていた霊気はただものでなかった。飛行機事故以外にも、いくつか悲惨な事件が、この山で起きているのかもしれない。

最近、ジャニーズ性被害問題がかまびすしい。

 

昔、私の若い頃、フォーリーブスというグループがいた。コーちゃん、ター坊、トシ坊、マー坊の男性4人グループである。この中の一人が、渦中のジャニー喜多川氏と性的関係をもっていた。そのことは、フォーリーブスが解散した後から知ったのだが、あまり驚きはしなかった。それより、「女優さんたちは、役を得るために、監督やプロヂューサーや先輩俳優たちと寝てるんだ」といったようなうわさのほうが興味をそそられていたから、ジャニー喜多川氏とフォーリーブスのメンバーとの色恋沙汰は、男の子に手を出すなんて奇特な人もいるもんだ、なんて感じで、さほど深刻にも考えず、スルーしていた。

 

男が男を好きなって結ばれるってことは、高校時代、男子寮で育った私にとって、日常的に起こっていたことで、ちょっと気持ち悪いなあ、程度で、さほど違和感を持っていなかった。おそらく、昔の女優さんたちと同様、ジャニー氏の要望を聞き入れなかったらデビューさせてもらえない、ということで、なくなく受け入れた人が何人かいたのかもしれない。が、多くの人は、何が何か分からぬまま、異常な世界に放り込まれて困惑したのだろう。今になって、性被害を受けた人が数百人にのぼっていたなんて、ジャニー氏の信じられないほどの精力にあきれるくらいである。

 

私が生きた昭和の戦後、高度成長期の時代というのは、何もかもが混沌として、エネルギーに溢れ、しかも、平気でひどい差別が横行していた。周りの大人たちは、子どもが芸能界に入りたいと言うと、「やめとけ、あそこは朝鮮人と部落民の行くところだ」なんて言って、芸能人をまともな日本人の職業とは考えていない人が多かった。

 

先日、NHKのBSで、「ふたりのジョンの子育て日記」という番組を放映していた。同性婚をしたベトナム系でダンサーのジョンとイタリア系大家族出身のジョンが、2人の子供を預かり、子育てをしている。息子たちとふたりのジョンの関係はすこぶるよい。今はよい。が、ジャニー喜多川氏のことを思うと、将来、この子らが家庭内性被害にあわないか、心配になってしまう。

 

今でもそうだが、昔から、女子禁制のお寺のなかでは、男食が蔓延していた。それは、私が過ごした男子寮の比ではなかったようだ。もっと昔、古代ギリシアでは、一般家庭に奴隷もいたし、少年愛も認められていた。あのソクラテスでさえ、美しい少年には目がなく、言い寄って、「僕は君の外見の美しさではなく、君のたましいに惚れたんだよ」なんて、歯の浮くような言葉で口説いていたというから、あきれてしまう。

 

今、時代は変わった。芸能界もきれいになってきている。ジャニー喜多川氏みたいな汚い人は住んではいけないのだ。先日、コンサートの後で美川憲一が語っていたように、昔、ジャニー喜多川氏の性加害がスルーされていたのは、「そういう時代だった」のである。

 

ところで、9月7日の謝罪会見で、ジャニーズ事務所の新社長に東山紀之(のりゆき)氏が就任したことが発表された。イケメンでしかも好感度が高い。が、この非常事態に、彼のようなど素人を新社長にしていいのか? あまりにも安易な選択だったのではなかろうか? ちょっと心配だ。東山氏は、謝罪会見で、「役者をやめた私と、被害を受けた方たちと同じような立場で話し合いたい」という趣旨のことを語っていたが、そんなきれいごとではすまないだろう。片や人生を棒に振って悲惨などん底にある被害者、片や芸能界はやめても大きな会社の社長である。対等の立場場なんてありえない。今後の解決への道は混とんとしている。順調な出世コースを駆けあがって来られた東山氏で大丈夫だろうか。人生の酸いも甘いも嚙み分けたプロの交渉家が必要な気がする。

 

それにしても、大手企業のジャニーズ離れが急だ。マクドナルドもサントリーも広告にジャニーズ事務所のタレントを使わないと宣言した。マックをほおばるキムタクは見られなくなる。NHKはどうするのだろう? 大河「どうする家康」の主役は交代させられるのだろうか? 昔、勝海舟役では、病気のため渡哲也から松方弘樹に変わったし、最近では濃姫役が、麻薬所持のため池尻エリカから川口春奈に変わった。企業のジャニーズ離れが続くと、社名変更前にジャニーズ事務所そのものが倒産しかねない。

 

どうする紀之?