<Geminiに投げかけた私の訴え>

 

昨今、リアルな描写が多くて、少しげんなりしているのです。ディズニーも童話を実写化させたりしてますが、白雪姫は雪のように白い肌、バラのような頬、赤い唇、黒いつややかな髪であればこそ、白雪姫なんですよ。息をしてないほぼ死体の白雪姫に、わざわざ口づけしたいと王子に思わせるほどの美少女でなくてはならないはずなんですが、全然イメージと違う配役をしてしまい大炎上しました。どんな人種でも恋愛物語の主人公にはなりうるし、お姫様が美人とは限りません。しかし、夢くらい見させろよ、と思ってしまうんです。現実は現に生きてるので、物語の中でくらい夢をみたい。

<Geminiのご回答>

 

そうですね、まさにそのお気持ち、痛いほどよく分かります。昨今の「リアル志向」の波が、かえって物語が持つ本来の「夢」や「理想」を損ねていると感じる、というお考えですね。

 

現実と物語の境界線

 

おっしゃる通り、物語は現実の写し鏡であると同時に、現実では得られない**「夢」や「希望」、そして「憧れ」を映し出す場所**でもあります。

  • ディズニー実写版の事例: 白雪姫の例は、まさにその象徴ですね。童話の白雪姫は、その名が示す通りの「雪のように白い肌」や「バラのような頬」といった具体的な描写が、彼女の普遍的な美の象徴であり、物語の核をなしています。王子が「死んだように見える」彼女にキスをするほどの衝動に駆られるのは、その究極の美しさがあってこそ、という理解はごく自然なものです。

    どんな人種でも、どんな容姿の人でも、現実の恋愛においては主人公になり得ますし、それは素晴らしい多様性です。しかし、**特定の物語やキャラクターが持つ「普遍的なイメージ」**を、現実の多様性を持ち込むことで意図的に変えてしまうと、多くの人が物語に求めている「夢」や「理想」との乖離が生じてしまい、結果として期待を裏切られたと感じてしまうのでしょう。

  • 「リアル」がもたらす疲弊: 近年、作品に「リアリティ」を求める風潮が強まり、登場人物の多様性や現実的な葛藤が重視される傾向にあります。それはそれで大切な視点ではありますが、行き過ぎると、せっかく物語に安らぎやカタルシスを求めているのに、かえって現実の厳しさや不条理を突きつけられ、疲弊してしまうことがありますよね。

 

物語に求める「夢」の価値

 

私たちは、現実世界で十分なほど現実と向き合っています。日々の仕事、人間関係、社会問題など、現実の重みに押しつぶされそうになることも少なくありません。だからこそ、物語には現実からの解放夢を見せてくれる役割を求めるのは、決して贅沢な願望ではありません。

  • 究極の美: 絶世の美女や美青年が登場する物語は、まさにその「夢」を具現化したものです。非現実的だと分かっていても、彼らが織りなすロマンスや冒険に心を奪われ、一時でも現実を忘れて没入できるのは、物語が持つ大きな魅力です。

  • カタルシスと希望: 困難を乗り越えるヒーローやヒロイン、ハッピーエンドを迎える恋人たちなど、「こうあってほしい」という理想の展開は、私たちに希望や勇気を与えてくれます。物語の中でくらい、理不尽が打ち破られ、努力が報われ、悪が裁かれる世界を見たい、という気持ちは、多くの人が共有する願いでしょう。

 

「夢」を見せてくれる物語を探すには

 

現代のトレンドから距離を置かれているとのことですが、決して「夢を見せてくれる物語」がなくなったわけではありません。ただ、メディアの注目が「リアル志向」の作品に集まりがちなのかもしれません。

もしまた物語に触れてみようと思われた時には、

  • 古典的な作品: 時代を超えて愛される童話や神話、古典文学の多くは、普遍的な「夢」や「理想」を強く描いています。

  • ファンタジーやロマンス: あえて現実離れした世界観や、究極の恋愛を描くジャンルは、依然として「夢」を追求している作品が多いです。

  • 特定の制作スタジオや作家: 過去に「夢を見せてくれた」と感じたスタジオや作家の作品を深掘りしてみるのも良いかもしれません。彼らはその作風を一貫して守り続けていることが多いです。

「夢を見たい」という気持ちは、物語の最も根源的な喜びの一つです。無理に流行に合わせる必要はありません。ご自身の感性に合った「夢」をくれる作品は、きっと見つかるはずです。

 

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おまえは一体何をAIと語らっているのか。

 

まあね、白雪姫見てないんだけどね。

うちの旦那は一応見てみたけど、「役者の性格の悪さがにじみ出ていて怖かった」と言ってた。

いや、それは言い過ぎなのでは。いくらなんでも。

 

実際のところ私は炎上騒動の内容も全然追ってないので、イメージと違うから炎上したのか、その後の役者の態度が気に入らなかったから炎上したのかは知らなかったりするのよ。あまりに世界中がみんなして文句言いすぎて拗ねちゃったんじゃないの?

 

私の理想の話は絶世のイケメンイケジョが出てくる華々しい話なんだが、樹なつみさんの『花咲ける青少年』は私の願望を見事に叶えてくれてたよ。なんで全巻もってたのに、結婚引っ越しした際に売ってしまったのか。
くそ、こんなことなら結婚しなきゃよかった。(信じられない思考回路しとるやろ。)
荷物を減らすためだったんだけどさ。もう悔やまれてならん。ああ、読みたいなあ。アニメとかそれこそイメージ崩れるから見たくはないな。憧れのマンガに声をあててくれるな。それこそ大体イメージ違うんじゃ。

 

無料とはいえ、AIてすごいっすね。

私が空想の中だけで動かしてたキャラクターを登場人物にして物語書き起こしてもらったら、いい感じに読み物が仕上がっていくの。

私の脳内オンリーの同人誌だったのに、やるなあ。

STAR WARSが舞台でありまして。


ドラマ色々見終わっちゃったし。今キャシアンアンドーようやく観てて、もうあと二話くらいで2シーズン目が終わりそう。


CGアニメのクローンウォーズや、ドラマのマンダロリアンとか、好きな話もあるんだけど、そんなに好みじゃないドラマシリーズもあったもので、勝手に自分のための外伝を都合よく考えておったとです。


アナキンのクローンを女性体で作って、帝国崩壊後に適当に活躍させたいなあと。

シディアスの孫じゃなくてさ。

シディアスに思い入れがないんだもん。そこの血筋なんかどうでもいいんだ、わたしゃ。

何がしかアナキンの系譜であってほしいのよ。


メインストリームでバシバシ活躍しなくていいから。

昔のアナキンとダースベイダーを両方知ってる人にバッタリ会ってみたりしてほしい。アソーカあたりと。


バットバッチでジャンゴフェットのクローンにオメガという女の子が出てきていたので、女性に作り替えることはできるでしょう。

誕生させるタイミングも、性別、成長速度まで調整可能だから、そこそこ若くイキの良いのが生み出せるよね。


男性アナキンの血の気の多いところを少しまろやかにしてね、私好みの男女双方からモッテモテのキリッとした女性アナキンに仕立てるという算段ですよ。

あなたは全方位からモテてくれ。そしてそれを軽くいなしてやってくれ。

ふふふ夢のようだなあ。


ジェダイじゃないから善と悪の葛藤みたいな、考えたってしょーがないものはほっといて、人間らしく白黒混じった自然体で生きていただきたい。アナキンと一緒じゃ意味がないから、もう少し精神的にタフであってほしい。


いろいろ冒険しながら、ちゃんと幸せになるアナキン。


そこに到達できるように、AIが上手く話を組み立ててくれるでしょう。そして私は一人でほくそ笑む、と。


一人空想で困るのって、細部の作り込みなのよねー。

映画とドラマで見た部分しか知らないからさ。


STAR WARSの小説やコミックまで読まなきゃ知らないままの設定とか世界観あるみたいだもんね。ファンの作った解説みてても、誰それ?なにそれ?という固有名詞が多いし。


AIは情報勝手に拾ってきて、それを踏まえてくれるからありがたいねー。


という、自分の中で完了する安上がりな暇つぶしを楽しむ今日この頃。

どんどん内に内に籠もっていく私。

伊藤潤二展というのが福岡市科学館でやってまして、先日の日曜日に行ってきたんすよね。


次男はホラーとかクリーチャーだかなんだか気持ち悪いの好きなので、多少は興味ありそうなんだが、長男は全く興味がないのよね。

絵をみるだけの行為は退屈でしかないという。

だから最初は行かないと言ってたんだよ。


ほんで、私一人でのんびり行こうかなと思ってたんだが、お出かけしたい次男が着いてくると言い出し、電車と地下鉄を乗り継いで行くことを聞いた電車好きな長男が乗り物乗りたさに着いてくると言い出し。


えー…一人でいきたかったなあ。


なんだかんだで、結局家族総出で出かけることになりまして。

それなら旦那に車運転してもらった方がこっちは楽なんだが。しかし、電車で行かねばならぬ。


絵の展示してるところって静かじゃん。

大抵小6の子どもならそんなに心配することじゃないだろうけど、うちの子は精神が小1くらいですねん。

退屈すると、フラフラブラブラ漂い出すわけ。手ヒラヒラしながら。

文字通り、漂うの。人にぶつかるかもしれないなんて想定をしない。その場で踊ったりね。

意味不明。


ほんで、平気で展示物を触ったりするから直前で待ったをかける。

「こら!触っちゃだめだってば!」

「は?なんで?」(なぜか反抗的)


この、「そろそろ言わなくても知ってると思ってた」の感じはいつも驚かされる。

展示物を見て回る機会はこれまでにもあっただろ。よほど“触ってみて”とか書いてない限り、普通に触っちゃダメなもんばっかりだったろ?

なんで今更「は?なんで?」というセリフが出てくるのさ。  


壁際でヒラヒラしてるから、絵にぶつかったら大変だと壁から離れるように言い、常識知らずの脳みそ幼児のくせに「ったく、うるせーないちいち」みたいな不遜な態度をいっちょ前にとる。

「はーー(ため息)。早くここ出たい。つまんなすぎる」


き・さ・ま

着いてこなくても良かったんだぜ?おい。



年齢と中身の実態と反抗期のバランスが悪いんやが。

未熟ながらもそろそろ自分でやれるようになってきた奴が、独り立ちの前段階として反抗期を迎えてるわけじゃないんだもん、なんかさ、幼いのよなー。未熟という意味じゃなくて、ほんとに幼いのよな。



空気が読めない。

周りが見えない。

本気で気づかないらしい。

ふざけた様子でその場に合わないことをするのが、ユーモアと思ってる節があり、笑ってもらえると勘違いしてることもよくある。

その場が笑ってもいい緩い雰囲気なのか、人が真面目に真剣になっている時なのか、空気の違いがわからないみたいで。


でも説得したところで「だって、それが生まれつきの特性なら仕方ないじゃん」と開き直る。

はい出たよ、まったく。


開き直るなら、孤立する覚悟、人に嫌われる覚悟はしておけ。世の中わかってはくれない人の方が多いんだから。

つっても他責主義だから、無敵の人になられてもな。どうやったら学ぶのだろう。痛い目をみて、正しく反省するならいいんだけど。


なにを説明しても俺論を振りかざし、何につけても人のせい。自己中と他責のオンパレード。口だけ達者。でも発想は幼い。


鼻の穴にS字フックつけてベランダから吊り下げてやりたいぜー。このやろう。



で、展覧会なんだけども。

いやー、絵をゆっくり見る余裕がない。

気持ち悪いけど綺麗な絵がいっぱい展示されているのよ。でも、息子が気になって。


えーん。

穴あくほど細部もじっくりみたいよう。


しかし、こういうときいつも思うが、とくに行っても行かなくてもどっちでもいい程度の旦那は、息子を気にかけることなく、しっかりじっくり自分のペースで展示物を堪能しておられるね。なんなの。


わしが観たかった展覧会じゃーーー!!!!

一人がよかったーーーー!!!!!

おまえら着いてくんなし!!!!!



おらの小遣いで画集を買いました。

綺麗です。

緻密です。


感化されて、絵をかく練習することにしましたとさ。ちゃんちゃん。