ボードレール:雨の歌 矢野峰人 訳
先日、矢野峰人(ほうじん)の訳詩によるアーネスト・ダウスン「シナラ」を紹介するに際し「矢野峰人の著書はなかなか手に入りずらい」と書いたが、彼の『矢野峰人選集/エッセイ・詩・訳詩(2007)国書刊行会』が本日届いた。うれしい
ざっと、ダウスン「シナラ」が所収された訳詩集『しるえっと』を拾い読みしていたら、堀口大學や訳したボードレールの有名な詩「巷に雨の振るごとく」の、矢野峰人訳が掲載されているのでちょっと紹介したい。まずは大學による
巷に雨の振るごとく
巷に雨の振るごとく
われの心に涙ふる。
かくも心ににじみ入る
この悲しみは何やらん?
やるせなの心のために
おお、雨の歌よ!
やさしき雨の響きは
地上にも屋上にも
消えも入りもなん心の奥に
ゆえなきに雨は涙す。
何事ぞ!裏切りもなきあらずや?
この喪そのゆえの知られず。
ゆえしれぬかなしみぞ
げにこよなくも堪えがたし。
恋もなく恨みもなきに
わが心かくもかなし。
堀口大学:ヴェルレーヌ詩集 白鳳社
初出:堀口大学訳詩集:月下の一群(1925年)第一書房
雨の歌
都に雨の降るさまに
涙、雨降るわがこころ、
わが胸にかく沁みてゆく
この倦怠(けだるさ)は何ならむ。
ああ地の上(うへ)に屋根の上(へ)に
やさしき雨のひびきかな、
つかれあぐみしこころにと
あはれひびくか雨のうた。
いわれもなきに涙する、
このいとはしき胸のうち、
背きし人もあらざるに
この哀傷(かなしみ)はなにごとぞ。
愛も憎も無きものを
なじ、かく、なげくわがこころ、
そのことわりのわかぬこそ
げにこよなくもかなしけれ。
矢野峰人:訳詩集 しるえっと(1933)文芸社
※わかぬ(分かぬ):はっきりしない。理解し得ない
上田敏の訳詩集『海潮音(1905)本郷書院』と、堀口大學の訳詩集は同系列にあり、矢野峰人は上田敏の弟子筋にあたる。訳詩の優劣は問わないが、矢野峰人はもう少し知られてもいいような気がしないかな?



