雑誌 婦女界(大正11.07)第26巻第1号
雑誌『婦女界』は明治43年創刊。以降、いろいろ曲折があったものの戦時中終盤の休刊を挟んで戦後まで続いた。『婦人之友(婦人之友社、明治41年創刊)』の羽仁吉一・羽仁もと子夫妻も編集に協力したこともあって、戦前では一般的な〝良妻賢母〟を啓蒙する雑誌に数えられる。
ただ、雑誌『婦女界』は婦人総合誌として先行したが、戦前の四大婦人雑誌「(婦人画報(明38)婦人公論(大6)主婦の友(明41)婦人倶楽部(大9)」をしのぐことができなかった。
第26巻第2号(大正11.08) 第26巻第4号(大正11.010)
それでも『婦女界』には、泉鏡花、小栗風葉、谷崎潤一郎、菊池寛など錚々たる作家が寄稿している。また、大正10年度は近年再発掘された鰭崎英朋が表紙絵を担当。その後を、洋画系の加納川郁之助が引き継いだ。表紙は機械刷石版印刷で、加納川は鰭崎英朋の艶麗路線を引き継いで大正の時代感をよく伝える。
雑誌 婦女界(大正11.12)第26巻第6号
第26巻第5号(大正11.11) 第27巻第1号(大正12.01)
加納川郁之助は大正11年度『婦女界』表紙絵が担当しているが、その画歴や消息についての情報は寡ない。東京美術学校を卒業後、東光会の創始者熊岡美彦に師事、戦後は教師をしながら肖像画を描いたりしている。戦後にエドガー・ライス・バロウズの「ターザン」シリーズの挿絵などを手がけている。
加納川郁之助は大正〜昭和初期にかけて『婦女界』での活躍が多く、大正時代の雰囲気を良く伝えている。昭和11年は『婦人倶楽部』の表紙絵を描いているが、このころになるとやや時代遅れ感がする。もともと洋画系の出身なので、このあたりから肖像画の仕事が増えていったものではないだろうか。
第28巻第5号(大正12.11) 第29巻第2号(大正13.02)
先日、加納川郁之助の知合いという方から当ブログにコメントをいただいたので、この機会に忘れられた画家・加納川郁之助をもう一度まとめておきたい。印刷史上きちんと評価されたい画家のひとりだと思う。







